フラグ作りって大事だから……
「うん、無理だこれ」
椅子の背もたれがギシリと鳴る。
それはなんとも鈍い音で、まるで今の俺の心情を表しているかのよう。
出てくる言葉も自然と弱音に近いものになってしまう。
「ああは言ったけど、これはキツいぞ。どうすりゃいいんだ……」
時刻は夜の九時を過ぎている。
夏純たちも既に帰宅しており、現在我が家にいるのは俺ひとりだ。
賑やかだった昼間と打って変わってなんとも静かなものである。
物音も特にせず、聞こえてくる音といえばヘッドホンから漏れる声くらい。
数時間ほどかけて、投稿されていた夏純の動画をいくつも見たのだが、出てきた結論はこりゃ無理だという、最初に感じたものとなんら変わりないものだった。
「というか、そもそも無理があるんだよな。つまらないものを面白くするとか、そんなの簡単に出来たら苦労しないっての」
人には持って生まれた才能というものがある。
それが本人のやりたいことと合致していればいくらでも伸ばしようがあるのだろうが、ない場合はどこまでいっても無理なものは無理。
トークは微妙だし歌もそんなに上手くない。
あと、そもそもの企画選びからして間違ってる動画も多数見受けられるし、サムネも興味を惹き付ける要素が特にない。
夏純の動画からは人気配信者になれるようなセンスを、まるで感じ取ることが出来なかった。
一応ツッコミのセンスはあるんのだが、それは相方あってのこと。
ひとりでやる配信とは相性が悪いと言わざるを得ない。
ボクっ娘ギャル属性といい、つくづく持っている個性とのかみ合いが悪いやつだ。
ここまでくると、逆の意味で才能を感じるまである。
「メンタルはかなり強いようだし、そういったところを活かせればいいんだがな……」
武器がないわけではないんだが、かといってそれを活用する術が俺にはどうも思いつかない。
「はぁ、やめやめ! こんなんでアイデアとか出るはずないわ。気分転換にゲームでもやろう!」
このままではドツボにハマりかねないと判断した俺は、開いていた動画タブを消すと、ゲーム画面を起動した。
こういう時はすっぱりと頭を切り替えたほうがいい。
考えれば考えるほど、「やっぱこんなん無理じゃね?」という気持ちが膨れ上がっていく一方だったからな。
ネガティブな感情をかき消すためにも、気分転換は必要だ。
「ひとりでやるのもあれだから、フレンドを……」
確認しよう。
そう考えが至った時、俺の脳裏にあるひらめきが見えた。
「フレンド……仲間、か」
俺ひとりじゃアイデアが生まれない。
それなら、いっそ発想そのものを変えるべきだ。
「……うん。とりあえず、これでいくか」
頭の中で軽く考えをまとめると、俺は再びパソコンへと向き直る。
どのみちゲームはするつもりだったのだ。
目処がついた以上、このまま続行してもなにも問題はない。
「誰かフレンドがやっているといいけど……」
ざっとフレンド画面を眺めていると、そこに見知った名前を見つけてしまう。
「おっ! ハルカゼさんがログインしてるじゃん!」
これはラッキー。嬉しいサプライズだ。
思わずテンションが上がってしまい、そのままの勢いで俺はハルカゼさんへメッセージを飛ばす。
ただ、送った後によく考えたら既にログインしていたのなら、他のフレンドと先に遊んでいる可能性が高いことにふと気付く。
まぁ、その時は仕方ないか。
こういう場合、割り込むのは御法度だ。
無理だったらその時は仕方ない……そう自分を納得させている最中、ハルカゼさんからメッセージがくる。
若干緊張しながら確認すると、そこにはOKの二文字が。
「よし、やった!」
思わずガッツポーズを取ってしまうのも、仕方ないと言えるだろう。
すぐに互いの段取りを決め、ボイスチャットを起動した。
俺からほんの少し遅れて、ハルカゼさんも入室してくる。
「久しぶりだね、クズマくん。元気にしてたかな?」
聞こえてきた声は、相変わらず綺麗だった。
ヘッドホン越しにだというのに、まるで脳を溶かされてるような気分になる。
「ええ、ハルカゼさんはどうでした? ゴールデンウィークはやることがあったんですよね」
「うん、そっちのほうは一段落ついたよ。大変ではあったけど、いい経験にもなったかな。とりあえず成功には終わったよ」
「おお、それは良かった!」
「ふふっ、ありがとう。でも、ちょっと問題も生まれてね」
ハルカゼさんのトーンが明らかに下がる。
「問題?」
「うん……あの、クズマくん」
「なんです?」
「……ううん、やっぱりいいや。まだ、自分の中で整理がついていないことがあるから」
どうにも歯切れが悪かった。
こういう言い方をするということは、なにか悩みを抱えていますと暗に言っているようなもの。
「あの、ハルカゼさん。なにか悩みがあるんじゃないですか」
「…………」
「もしそうなら、俺は相談に乗ります。だから……」
「ありがとう、クズマくん。でも、まだ大丈夫だよ。私、クズマくんよりお姉さんだから。もう少しひとりで考えてみたいんだ」
「……そうですか」
納得はいかないが、そう言われたら引かざるを得ない。
「今日はゲームに集中しよう、私も気分転換がしたくてログインしたし、あまり時間を無駄にするのは良くないよ」
「分かりました」
それからしばらくの間、俺とハルカゼさんは一緒にゲームをプレイした。
でも、楽しめたとは正直言えなかっただろう。
対戦相手にはことごとく負けたし、ハルカゼさんは終始上の空だったのだから。
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