先行逃げ切り。いい言葉ですね……

「え、働きたくない?」


「うん、働きたくない。絶対に働きたくない。一生遊んで暮らしたい。それがボクの、長年の夢だったんだ」


 予想外の言葉が出てきたことに驚き、聞き返すも、夏純はハッキリと頷いた。


「働きたくない、ですか」


「なんかクズおにーさんみたいなことを言うんですね」


 後ろのふたりも意外に思ったのか、目を丸くしているようだ。


「まぁ、クズ原くんの影響があることは否定しないよ」


「俺の?」

 

唐突に名指しされ、少し驚く。

影響といきなり言われても、思い当たるふしはまるでない。


「うん。クズ原くんは、小学校の時にあった授業参観のことを覚えているかな」


「授業参観? えーっと」


 なんかあったっけ。

 いや、あったような気はするが、それはあまり思い出したくないような出来事だったような気がする。


「うーむ……」


「忘れちゃってるかな? ホラ、小学五年生の時、親の前で将来の夢について書いた作文を朗読する授業があったじゃん」


「え、あっ! あれか!」


 言われてようやく思い出す。

 頭の中に当時の記憶がフラッシュバックのように映し出されるが、それはハッキリ言って非常に良くない内容の記憶だ。


「思い出した? あれ、凄かったよね。教室中がざわついてたもん。皆驚いてたっけなぁ」


 懐かしそうに語る夏純だったが、俺はとてもそんな顔をする気にならない。


「俺は全然思い出したくなかったんだがな。むしろ記憶を封印してたし、親には散々怒られたんだぞ。ハッキリ言って黒歴史だわ」


「だろうね。あの時はクズ原くん、朗読終わると同時にお母さんに首根っこ掴まれてたもん。凄い顔してたなぁ」


「だからやめてくれ。あれはホントトラウマなんだよ……」


 クスクスと笑う夏純と落ち込む俺。

 見事なまでの対比だったが、俺たち以外のふたりはキョトンとしたままだ。

 話の流れが掴めず、よく理解出来ていないといった顔をしている。


「あのー、過去バナ地元トークで盛り上がられても、リスナーはついていけないんですけど。視聴者にも分かるよう、きちんと説明してくれませんかぁ?」


 やがて痺れを切らしたのか、事情を話すようルリが促してくるが、俺の口からは話したくない。

 あれはそういう類の出来事だからだ。

 夏純は俺に話して欲しそうだったが、知らんとばかりに無視すると、やがて観念したのか自分の口で語りだした。


「えっとね、ボクとクズ原くんって、同じ小学校に通ってたんだ。同じクラスだった時もあるんだよ」


「あ、そうだったんですね」


「やっぱりおにーさんって、昔からクズだったんですかぁ?」


「おい、やっぱりってなんだ」


 それでは俺がガキの頃からどうしようもないやつだったみたいじゃないか。

 当時の俺は聡明で賢い、神童といっても差し支えない利発的なイケメン美少年だったんだぞ、多分。


「うん。クズだったよ。しかもオープンなクズだったから、今と大して変わってないね」


「へー、やっぱり。おにーさんは生まれついてのクズだったんですね」


「さすがご主人様です。根っからのドクズでないと、こうはならないでしょうからね。素敵です……」


「こら、即答するな。それと、またやっぱりとか言うな。姫乃も姫乃で感心しないでいいから、もうちょっとオブラートに包め」


 どいつもこいつも遠慮というものを知らなすぎる。

 ストレートすぎる物言いは、時として人を傷つけるんだぞ。

 繊細な十代男子のことをなんだと思っているんだ、バニーを着ているからって、流石にいい気になりすぎではないだろうか。


「それでね、ある日授業参観があって、将来の夢を朗読しなくちゃいけなくなったんだ」


 だが、憤慨する俺を置き去りに、夏純の話はまだ続いていた。


「夢の朗読、ですか」


「うん。皆はプロ野球選手だったり、医者だったりアイドルだったりと、普通のことを書いてきた。勿論ボクもそうだったんだけど……クズ原くんは違った」


 夏純は一度、言葉を区切る。


「クズ原くんは皆の前で言ったんだ。将来絶対働きたくないって。皆の前で、養ってくれる人を募集中とまで言い切ったんだよ」


「え、それは凄いですね。生粋のあれすぎてちょっと引きますけど」


「さすがです、ご主人様……!」


 引いた目で見てくるルリと、キラキラした目で見てくる姫乃。

 両極端な反応を占めす両者だったが、対する俺はまともに取り合いたくないくらい、現在辟易真っ最中である。

 苦いほど苦い、過去の記憶が蘇ってきたからだ。


「あれとか言うな。あの時は俺なりに真剣だったんだよ」


 働きたくなかった若き日の俺は、いい機会だと思いクラスの前で自分の夢を語ったのだ。

 もっとも、それは見事失敗に終わり、親に怒られまくるという悲惨な結果に終わった。

 一応幼馴染たちは慰めてくれたものの、人前で素直に言い過ぎるのも良くないと学び、中学時代はそれなりに大人しく過ごすことになったというわけだ

 今はふたりもアイドルになり、収入も増えたことから色々と隠さなくなったが、過去の失敗はあまり思い出したくないものである。


「うん、あの時のクズ原くんは、本当に真剣だった。働きたくないという心からの願いが、ボクの心にも響くくらいにね」


 まっすぐな目で、夏純が俺を見つめてくる。


「あれ以来、ボクは心に決めたんだ。自分の本当の気持ちに従うって。将来働かずに済む人間になりたい。それがボクの夢なんだよ」


「そうなの? お前って、結構流されやすいタイプだって思ってたけど」


 小中と学校は一緒だったが、夏純が自発的な行動を取っていた記憶はない。

 俺の中で夏純紫苑は、取り巻く環境、また周囲によって立ち位置が変化する典型的な取り巻きタイプだと思ってただけに、そんな信念を持っていたことが素直に意外だ。


「うっ、まぁそれは否定しきれないけど、とにかくボクは働きたくないの! でも、ボクにはクズ原くんみたいに養ってもらえる相手のアテなんかない」


「ふむ……」


「だから、ボクは必死になって考えた。どうすれば働かずに済むのかって。ううん、働くにしても、なるべく労力はかけたくない。社会に出ることになるまでに、生涯年収を稼ぎきる。目指すとしたら先行逃げ切り。それしかないって思った」


「そうか。つまりお前はそのために……」


 言葉の続きを察したのだろう。夏純は頷く。


「そう。Vtuberになったんだ。JKのうちに一生分のお金を稼いで、将来働きにでる同年代の子たちを哀れに思いながら、万札片手に左うちわでタワーマンションに住み、お金に不自由しない勝ち組として、最高にして安泰な人生を歩むために」

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