知ってた(めそらし)

「…………え、ホントに?」


 たっぷり一分ほど経っただろうか。

 夏純の問いかけを首を振って否定した俺たちだったが、それを受けた夏純はものの見事にフリーズしていた。


「嘘をついてどうするよ」


「いや、こう、見間違いだったり……」


「見間違いだったほうがマシな内容だったかと」


「ルリ、面白いことは大好きだけどつまらないのは嫌いなんですよねー。時間返してくれません?」


「辛辣すぎる! もっと歯に衣着せて話せよぉっ!」


 目に涙を浮かべて憤る夏純だったが、そんなことを言われてもな。


「忖度なんてする意味ないだろ。この場にこの動画を投稿したVの中のやつがいるってならまた別だがな」


「あはは。いたらルリの配信見せてあげますよぉ。センスの違いってやつを分からせてあげます!」


「つまらないのは確かですので、少なくとも勉強し直してきたほうがいいでしょうね。芸人学校に入ることをオススメしたいところです」


「…………」


 それぞれ全く遠慮の欠片もない忌憚きたんなき意見を述べる俺たち。

 それを耳にし、露骨に押し黙る夏純。

 よく見ると、肌に冷や汗も浮かんでる。

 明らかな過剰反応を示す夏純に、さすがの俺でもピンとくるものがあった。


「おい、なんで黙るんだ……まさかとは思うが、もしやお前」


 だが、それを指摘するより先に、夏純はがバッと顔をあげると、


「ああ、そうだよ! ボクだよ! このつまんない動画を投稿したのはボクだ! 悪いかこらぁっ!!!」


 そんなことを一気にまくしたててくる。

 目もグルグルしているし、完全な逆切れだ。


「いや、悪いとは言ってないけど……」


「つまらない動画を見せてきたことへの文句は言いたいですねー。むしろルリたちのほうが怒っていいんじゃないです?」


「このメントスコーラ? といううのはよく分からないのですが、わざわざこのぶいちゅーばーという姿でやる必要があるのですか? コーラも映っておりませんし、ただひとりでむせてる音声だけを聴かさせても、反応に困るというのが正直な感想です」


「淡々と言わないでよ! ボクはキレてんだぞ! ちょっとは動揺しろよ! キミらは肝太すぎか!」


「そら人の家で堂々とバニーガールになっても全く気にしてないふたりだからな。図太いのはそらそうだ」


「いぇーい。アイドル業界の闇を知ってるこのルリには、この程度の逆ギレなんて無意味でーす」


「伊達に長年理不尽の権化のようなお嬢様に使えておりませんので。ぴーすぴーす」


「そうだった! ここにまともな人は誰もいないんだった! ちくしょうっ!」


 頭を抱える夏純だったが、その言い草は全くもって失礼だ。


「そんなことを言うんじゃない。少なくとも、俺はまともすぎるくらいまともな人間であるという自負があるぞ」


「人にバニーに着替えさせておいてそれ言う!? むしろキミが一番まともじゃないんだけど!?」


「お前がどう思おうが勝手だが、そんなまともじゃないと思ってるやつに、わざわざ相談しに来るのはどうなんだって感じだけどな」


俺の指摘に、「んぐっ!?」と呻いて押し黙る夏純。

図星を突かれたと思ったのかもな。

なんにせよ、黙ってくれているならこっちにとっても都合がいい。


「はぁ。とりあえず確認するぞ。今画面に映っているVの中身は夏純で、この動画を投稿したのもお前。その認識であってるよな?」


 問いかけると、夏純はコクリと頷いた。


「そうか。一応だが、なんでVtuberをやってるのか聞いていいか? 多分その理由が、今回の相談に繋がっているんだよな?」


 でないと、わざわざ自分からあんな動画を見せてきたりはしないだろう。

 状況からの推測ではあるが、そう外れてはいないはず。


「……話してもいいけど。引いたりしない?」


「しないしない」

 おそるおそる聞いてくる夏純に、俺は即座に首を振って否定で返す。

 そもそもさっきの逆ギレで、そこらへんの感情は既に底値を割ってる感があるしな。

 てか、ここにいるメンツがメンツだし、なにを言われても重い空気にはなりそうにないんだから、さっさと話を進めてもらいたい。


「ふたりも大丈夫だよな」


「モチのロンです。こう見えてエグい話はたくさん知ってますし、ルリを引かせたら、むしろ大したものですよ」


「わたしはプロのメイドですよ。口の固さには自信があります」


「なんか微妙に信用できないんだけど……」


 胡乱な目で見てくる夏純だったが、このままでは埒が明かないことは分かってるのだろう。


「……はぁ。まぁいいや、じゃあ言うね」


 ようやく話す気になったようで、重たい口をゆっくりと開いた。


「あのね、ボク、働きたくないんだ」  


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