忖度って嫌いなんだよね……

「さて、そろそろ真面目に話を始めるか」


 ひと通り同級生のギャルバニーを鑑賞した後、俺は話を切り出すことにした。

 冷静になって考えると、わざわざ貴重な休日を利用しているわけだし、これ以上時間を浪費するのは良くないからな。

 ただ、女の子座りで床に座る夏純はなにか不満げに俺を見てくる。


「ボクは初めから真面目な話をするつもりで来たんだけど」


「まぁ細かいことはいいだろ。俺としては知らなかった夏純の新たな一面を知ることが出来て満足できたしな」


「新たな一面もなにも、それただバニー姿を見たってだけじゃないの……?」


「さて、確かプロデュースがどうとか言ってたな。それってどういう意味なんだ?」


「あ、スルーするつもりだなコイツ。話聞けよ」


 ジト目でこっちを見てくる夏純を、俺は敢えて無視した。

 しばし視線を合わせずにいると観念したのか、ため息をつくと、どこからともなくスマホを取り出した。


「まぁいいや。とりあえずさ。これを見てくれるかな」


 少しの間画面を操作すると、こちらに向けて見せてくる。

 言われるままに覗き込むと、


『お金大好き大天使! エンジェル☆カスミンの動画を見に来てくれてありがとー! まだまだ再生数は少ないけど、皆からお金をたくさん搾取できるよう、カスミン頑張っちゃうからね!』


「……なんだこれ」


 そこには天使をモチーフにしたような、CGで動くキャラクターが可愛くポーズを決めている姿が映し出されているところだった。


「もしかして、Vtuberの動画か? 言ってること随分ゲスいな」


 てかこのキャラ、ちょっと見覚えがあるような気がする。

 引っかかるものを感じ、思い出そうとした矢先、


「ご主人様、Vtuberとはなんでしょう? この動いているキャラクターの名前ですか?」


「ん? なんだ、姫乃はVtuberを知らないのか」


 姫乃がそんなことを聞いてくる。


「ええ、普段は家事などで忙しいですし、お嬢様から入ってくる知識は『ダメンズ』に関するものばかりでしたので」


「ああ、なるほど」


 そう言われて納得する。

 確かに興味がなければ知らなくても無理はないか。

 伊集院は『ダメンズ』のオタクではあるが、あくまで推しているのは生のアイドルだしな。

 意識がそれたせいでモヤモヤは残ったままだが、答えないわけにもいかないし、とりあえずかいつまんで説明することにした。


「そうだな。Vtuberっていうのは分かりやすくいえば、二次元のキャラクターを使って配信や動画投稿をしている人たちの総称だ。大抵美少女にデザインされたアバターを用いて活動するのが特徴だな」


「アバター、ですか」


「ああ。キャラに応じてそれぞれ設定があって、それに準じた演技をするタイプも多いんだ。そういう意味では、Vtuberも一種のアイドルと言えるかもな」


 登場当初の黎明期は懐疑的な目も多く向けられていたそうだが、時間が経つにつれその存在は広く知られるようになり、現在では登録者100万人を超えるなど、多くのファンを抱えるVtuberも少なくない。

『ダメンズ』が現実に存在するアイドルだとしたら、Vtuberは実在しない架空のアイドルだ。

 いや、偶像という意味では、こちらのほうが本来のアイドルにむしろ近いのかもしれない。


「ふむ、そういうことですか。教えてくださりありがとうございます、ご主人様」


「納得したか?」


「はい。ですが、何故わざわざそのようなことをするのでしょう? 見たところそれなりに手間がかかりそうですし、本人が直接出ればいいだけでは?」


 不思議そうにウサミミごと首をかしげる姫乃だったが、それは答えられない質問じゃあない。


「確かに初期投資で費用もかかるようだが、メリットもある。身バレといったリスクを極力避けることも出来たり、炎上した場合の被害を抑えることができたりとかな。アバターが防波堤になり防いでくれる役割を担ってくれるってわけだ」


 姫乃の疑問は至極もっともなものだったが、今はどこから身バレするか分からない時代だ。

 ネットで特定もされやすかったりするから、リスク管理という意味では十分アリだと俺は思う。


「役割……なるほど……」


「他にも単純に顔出しを嫌う人もいれば、アニメが好きだからキャラクターを用いたいって理由の人もいるはずだ。ま、それぞれ事情があるってわけだな」


「ルリからすれば素直に顔出しすればいいと思うんですけどねー。カワイくておっぱい大きくてトークもゲームも上手でなんでも出来れば、マシロセンパイみたくアイドルとしてデビューできるかもですし」


「それはそれで結構な特殊例だろ……」


 確かに『ダメンズ』のリーダーであるマシロはネット配信経由でスカウトされたみたいだが、ぶっちゃけあそこまで全て兼ね備えている人間はそうはいない。

 とてもじゃないが参考にならないし、あくまで例外だと考えたほうがいいやつだ。


「てか、マシロってゲーム上手いの? あんまりそういうイメージなかったんだが」


「アイドルになる前はよく配信でやってたみたいですよ。今は『ダメンズ』の活動に専念したいからって控えてるみたいですけどね」


「ふーん……」


「あ、でもたまに息抜きにフレンドとゲームやってるとは聞いて……」


「あの、ちょっといいかな」


 夏純が割り込んできたのは、姫乃との問答にひと区切りがつき、ルリと会話をし始めていた時のことだった。


「ん? どしたよ」


「ボクさ、動画見てっていったよね」


 声が微かに震えている。

 どうも怒っているかららしい。


「なんで誰も見てないの! 今すっごくいいとこなのに!」


「え、なんでって……」


 夏純はスマホを指さした。

 釣られるように画面を見ると、先ほどのVtuberがテンション高く声を張り上げている最中だった。


『えーとね、今からメントスコーラ飲んじゃいまーす! それもね、なんとタダ飲むんじゃありません! 鼻から飲んじゃいます! いくよ、ボクの頑張りを見て昇天しながらお布施しなさいぐふぉえあっ!!』


 Vは盛大にむせていた。

 画面の向こうで、ただひたすらに苦しんでいるようだった。


「………」


「おお、身体張ってる! すごい、撮れ高抜群だよこれ! 頑張った甲斐があったなぁ!」


 俺たちは無言だった。

 ただ夏純だけは、画面を食い入るように見つめていた。

 白けた雰囲気を漂わせ始めた俺たち三人。そんな俺たちに気付かない夏純。

 彼女は目を輝かせて振り返ると、


「どう、この動画、すっごく面白いよね!」


「「「いや、全然」」」


 そんなことを聞いてきたので、俺たちはバッサリぶった切った。

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