女難の相が出てますねこれは……
「ねぇなんで女の匂いがするの? どういうこと? ファミレスにいるって言ってたけど、嘘ついて女の子と会ってたっていうこと?」
早口で、だけど感情の篭っていない淡々とした口調で詰め寄ってくるアリサに、俺は内心冷や汗をかいていた。
な、なんでバレた? 女の匂いとか言ってたが、服に香水の匂いが移っていたのか?
いや、それなら俺だって気付いたはず。アリサだけが分かるなんて、そんな漫画みたいな展開早々あるとも思えないが……。
「今日はアタシのライブだったのに、なにしてんの? この前アタシが一生養ってあげるって言ったばかりなのに、まだ足りないの? そんなにアタシに養われるのが嫌なわけ?」
「お、落ち着けよアリサ。ほら、冷静になろうぜ。な?」
「アタシは落ち着いてるわよ。ひどく冷静に考えを巡らせてるわ。どうやってそのことを、和真から吐かせようかってこともね……」
底冷えする声とともにアリサから底なし沼のようなダークな瞳を向けられ、俺は思わず「ひぇぇ」と小さく悲鳴を上げていた。
怖いというより恐ろしい。ここまで恐怖を感じたのは、この前ヤンデレ化した幼馴染ふたりに監禁されかけた時以来だ。
「さぁ言いなさい和真。アンタ、誰といつどこでナニを……」
「いやいやいやちょっと待て! 俺が女の子と会ってたとか言ってるけど、そんなわけないだろ!」
さらに踏み込んで聞いてこようとしてくるアリサに待ったをかける。
女の勘とでもいうべき鋭さを見せてくる幼馴染に、もはや俺は悪い予感しかしなかった。
「匂いがしたって言ってたけど、それは多分ライブを見に行ったときのやつじゃないか? 人も多かったし、すれ違ったときにでもうつったんだろ。俺は着替えてもいないからきっとそう……」
「それはないわ」
取り繕うように放った俺の言葉を、アリサは一言で切って捨てた。
「え」と思わず声を漏らすが、そんな俺を無視して再び服に顔を埋め、
「クンクン……うん、やっぱりそう。匂いが新しいわ。絶対ライブの時からの鮮度じゃない」
「せ、鮮度? 新しい?」
聞き慣れない単語を耳にして、俺は思わず訝しむ。
自身ありげに断言してるが、警察犬でもあるまいし、匂いの鮮度とか分かるもんか?
困惑する俺をよそに、アリサはますます顔を近づけ、鼻を擦りつけるように匂いを嗅ぎ続けている。
プニプニ。プニプニ。
「…………」
するとまぁ当然というか。
お互いひどく密着することになるわけで。
「絶対ついさっきついた匂いよこれ。それも相当至近距離でくっついてるわね……ん? ひとつじゃない……?もうひとり誰かと会ってた? でもこの匂い、どこかで……」
「あの、アリサ。そのさ」
「なによ、もう少しで誰か分かるところ……」
「その、実はさっきから色んなところに色んな部分が当たってたりするんだが」
具体的には柔らかいあれこれが、俺の胸に押し当てられる形になってたり。
「…………へ?」
俺の指摘を受けたアリサは、ここでようやく動きを止めた。
それから数秒。あるいは数十秒だろうか。
固まったまま視線だけを動かし、自分と俺を交互に眺め、やがて顔を真っ赤にすると、勢いよく俺を突き飛ばした。
「うわっととと。あっぶね」
「~~~~っっっ!!! バカ! 変態! アホ和真! 最っ低!!!」
バランスを崩されたたらを踏む俺に、暴言を吐きつつ去っていくアリサ。
耳まで真っ赤だったあたり、相当恥ずかしかったのだろう。
純というか、ウブというか。個人的にはバニーを着るほうがよほど恥ずかしいと思うんだが、なんにせよ今はアリサのそういうところに助かったことに変わりはない。
「まぁ一旦危機は回避できたとして……どうすっかなぁこれから。アリサもあの調子だと、きっと後でまた色々言ってくるよなぁ」
思わずため息をついてしまうが、とりあえずこうしていても仕方ない。
明日からやることは色々あるのだ。考えをまとめるためにも、今はとりあえず休みたい。
そんなことを考えながら、俺は玄関の中へ入ると扉を閉めたのだった。
「…………ふぅん。カズくん、またなにか考えてるんだ。カズくんは私のなのに、隠し事とか、良くないと思うよ。ふふふふ……」
後ろでアリサに負けないくらいの負のオーラを放っていた幼馴染が立っていたことに気付かないままに。
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