あ、やっべ(白目)

「和真をこれ以上ダメ人間にするのは良くないもの。アタシが矯正しないと。そのためには、やっぱり監禁が一番だわ。和真を野放しにすると、他の女の子に養ってもらおうとするのはこの前で分かったもの。駄目よ、そんなのは、駄目。和真がこんなふうになっちゃったのは、きっとアタシにも責任があるもの。だからアタシが責任を取って、和真を真人間にしないと。その間に和真がアタシのことを好きになるかもしれないし。ううん、そうすべきよね。だって、アタシが悪いもの。和真をクズにしちゃった責任を取って、和真をアタシのものにするのは間違ってない。うん、そうだ。全然間違いなんかじゃない。むしろ正しいことよね。アタシと和真が付き合うことになるのは、ずっと前から決まってたことなのよそうに決まってるわ。そう、これからはちゃんと素直になるって決めたんだから。自分にも和真にも、アタシは素直になるの。和真をアタシの、アタシたちのものにしてずっと一緒に暮らすのよ。アタシの子供は三人で、男の子ひとりに女の子がふたり……」


「あ、あのアリサさん? さっきからなに怖いこと言ってるんです?」


 ハイライトの消えた目で、なにか空恐ろしいことをブツブツ呟くアリサに、俺はおそるおそる声をかけた。

 本当ならヤンデレと化した幼馴染から目をそらし、今すぐダッシュして家に閉じこもるべきなのかもしれないが、その選択肢は敢えて選ぶことはしなかった。

 後々のことを考えると、ここでアリサを放置するのは怖すぎるからだ。

 ただでさえ嫌すぎる監禁ルートが夏休みからさらに早まるなどという可能性を見過ごすほど、俺だって馬鹿じゃない。こう見えて俺は、夏休みの宿題に早めに手をつけるタイプなのである。


「養ってあげるとは言ったけど、子供のことは考えてなかったしそうなるともっとお金を稼がないと駄目よね。もっと頑張らないとだけど、そうなると和真を監禁し続けるのはちょっと厳しいかしら。夏休みは稼ぎ時だけど、もっと人手が……」


「あの、アリサ。ねぇアリサ。俺の話聞いてる?」


 だが、俺が勇気を奮い立たせたところで向こうにその気がなければ意味がない。

 俺の呼びかけが届いていないようで、アリサは完全に自分の世界に入っていた。

 それも明らかに危険な方向に思考がエスカレートする方向で。俺の第六感が、このままではマズいとハッキリと告げてくる。


「そうなるとたまきあたりに頼んで監視も……」


「くっ、落ち着けアリサ!!」


 もはや言葉での説得は不可能と判断した俺は、次の瞬間アリサを思い切り抱きしめていた。同時に、服越しに柔らかい感触が伝わってくる。

 焦っていたため、思っていた以上に力強く引き寄せてしまったらしい。

 もっともそれだけのことをした効果はさすがにあったようで、アリサは目をしぱしぱさせていた。黒いオーラも、すでにどこかに吹き飛んでいる。


「か、和真……?」


「落ち着けってアリサ。俺はここにいる。お前がなにに焦っているかは分からないけど、俺はちゃんとお前のそばに、ここにいるよ」


 言いながら、俺は左手でアリサの頭をそっと撫でた。勿論右手はアリサを抱きしめたまま。

 アイドルに対してしていい行為ではないことは百も承知だったが、俺だって命は惜しい。


「言いつけ守らなくてごめんな。もっと早く帰ってくるべきだったよな。アリサは俺のこと心配してくれていたってのに」


「和真……」


「俺って、ホントダメなやつだよな。自覚はあるんだ。アリサに頼ってばかりだって。そんなのは良くないって、治さなきゃいけないってことも、ちゃんと分かってる」


 目を伏せる。反省していることを伝えるためのアピールだ。

 頭を撫で続ける手は止めず、だけど僅かに震わせる。これも勿論演技である。

 長年の努力で得たスキルだったが、俺の偽りの想いはアリサにはしっかり届いたらしい。


「…………」


 無言で見つめてくるアリサ。

 肩口から俺の顔を覗き込む瞳は、明らかに揺れていた。

 それが動揺によるものなのか、あるいは困惑しているのか。それは分からない。だけど、どちらでもいい。心が揺らいでいるのには変わりはない。


「でも、さ……どうしても、ダメなんだ。分かってるんだけど、ダメなんだよ」


「ダメって……?」


 俺の言葉に、アリサが反応した。

 釣れた。食いついた。

 その事実を前に、俺は内心ほくそ笑んだ。

 ようやく巡ってきた好機。それを逃す俺ではない。畳み掛けるべく、口を開いた。

 ここだ。ここで、主導権を我が物にする。


「こんな俺でも、アリサなら許してくれるんじゃないかって考えが、どうしても捨てきれないんだ。俺の心の中にいるアリサが、こんな俺でもいいんだって、そう言ってくれるんだよ」


「和真の中の、アタシが……?」


「ずっと昔から、アリサに面倒を見てもらってるからかもしれない。アリサなら、どんな俺でも受け入れてくるんじゃないかって、思ってしまう俺がいるんだ。情けないよな……」


 自嘲しながら、俺は両手をぶらりと下に落とした。

 わかっていても、どうしてもアリサに頼ってしまう。俺にはアリサが必要なんだ。

 言葉にはしなかったが、そう思っていることが伝わるであろう俺の行動に、アリサはどんな反応を示すのか。


「……馬鹿ね、アンタは」


 その答えはすぐに出た。

 だらりとうな垂れる俺の背中に、アリサの両手が回された。


「ホント、和真はダメなんだから。女の子にそんな顔を見せるなんて、男の子失格でしょ。もっとシャンとしなさいって、いつも言ってるじゃないの」


「……悪い」


「いいわよ。いつものことだもの」


 コツンと、肩にアリサの額が当たるのを感じた。

 アリサは下を向いていて、その表情は分からないが、口調はひどく穏やかだ。


「和真は本当に、アタシがいないとダメなんだから」


 まるで悪いことをした子供を許すような、包容力が確かにあった。



(いよっしゃああああああああああああ! セーフ! 俺の勝ち! バッドエンド回避だあああああああああああああ!!!)



 そしてそんなアリサの態度を見て、俺は内心雄叫びをあげていた。


(YES! めっちゃYES! イ○ス・キリスト! 俺はヤンデレに勝ったんだ!!!)


 自分の口の上手さに惚れ惚れする。

 こんなあっさりとヤンデレ化を阻止し、フラグを折った男は過去にいないのではないだろうか。

 やはり俺は持っている男。そうだ、なにも恐れる必要なんかない。

 今日はルリや夏純のことも含め色々あったが、神に愛されしこの俺なら、どんな困難だろうと必ず乗り越えることができるだろう。


「スンスン、スンスン。和真の匂いがする……あれ? この匂い……」


 確信を得て満足している俺だったが、アリサがまだ下を向いたままだったことにふと気付く。


「ん? どうしたアリサ」


「ねぇ、和真」


 なんにせよ、もう危機は去ったのだ。なにも問題はないだろう。

 高揚した気分のまま、笑顔で話しかけたのだが。



「和真の服から、他の女の匂いがするんだけど、どういうこと?」



 そこには再びハイライトの消えた目で俺を見上げる、幼馴染がいた。


「…………………」


 あ、やっべ。

 危機、全然去ってなかったわ。


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