今、なんでもするって言ったよね?

「なに言ってんのお前!? いやマジでなに言ってんの!? 上手いこと話まとまりそうだったじゃん!? なんでそんなこと言うの!?」


「いやぁ、ここでホントのこと話したほうが面白くなりそうだなって思ったらつい♪」


「つい♪ じゃねーよ! 可愛く言ったところで誤魔化せると思ってんのか!? それは世の中舐めすぎだろ!!」


 そんなんで許すのはせいぜい伊集院とかうちのクラスメイトとかその他大勢の『ダメンズ』ファンのやつらくらいだぞ!

 ……そう考えると結構いるな。いやいやいやそうじゃない!


「えー、女の子からお金貰って働かずに生きていこうとするおにーさんよりはよっぽど真剣に生きてるつもりなんですけどぉ」


「俺だって真剣に生きてるわ! 貢いでくれる相手をいつだって探してるんだぞ! むしろ俺以上に将来のことを真面目に考えているやつなんて早々いないと断言してもいいくらい、人生遊んで暮らすことに賭けてるわい!」


「それを真面目に考えている時点でどう考えてもクズだと思うんですけど……」


「違うっつってんだろ! だから俺はなぁ……!」


 ここまでルリの相手をしていた俺だが、ふと気付く。


「へー……さっきまでの話嘘だったんだ。そっかぁ」


 言い争う俺たちの上から、見下すような目をした夏純からの冷たい視線が注がれていることに。


「葛原君は、ボクを騙そうとしたんだね」


「いや、待て夏純。これはだな」


「もういいよ。キミの話をまともに聞こうとしたボクがバカだったんだ。たまきちゃんに連絡するね。葛原君がまた、ロクでもないこと考えてるよって」


「やめてぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 こちらへ軽蔑の眼差しを向けたのち、反転してきびすを返す夏純の腰に、俺は全力で抱きついた。

 クズ原呼びに加え、今後セク原と呼ばれる可能性も一瞬脳裏に浮かんだが、そんな考えはすぐにかなぐり捨てる。大事なのは未来ではなく今なのだ。


「ちょっ、なにすんのさ。離してよっ!」


「頼むから猫宮に連絡するのだけはやめてくれ! 確実にアリサの耳に入るし、そうなったら俺は今すぐにでも監禁されてしまう! それだけは嫌だ!」


「なんでさ。監禁されるならいいじゃん。クズ原くんの望み通り、一生養ってもらえるし」


「ぜんっぜん違う! 全く俺の望み通りなんかじゃない! 俺はそういう重い関係嫌なの! 自由がいいの! 自由に思うがまま、俺は遊んで暮らしたいの! 縛られたくないんだよぉぉぉっっっ!!!」


 下手すりゃ物理的に縛られ、拘束される可能性のある未来のどこに幸せを見い出せというのだ。

 断言する。ありえん。換金ならともかく、監禁だけは絶対に嫌だ!


「そんなことボクに言われても……」


「お願い! なんでもするから! 働く以外にできることなら、俺なんだってやるからぁぁぁぁっっっ!!!」


 渋る夏純に、俺はひたすら泣きついた。

 恥も外聞も知ったことか。これでバッドエンドを回避出来るというのなら、俺はどんなことでもやる覚悟がある。


「あははははは! さっすがぁ! そこまでするとか、やっぱりおにーさん最高ですね! ルリが見込んだだけのことはありますよ! あははははは!!!」


 そんな俺の切望をまるで知らず、ルリは爆笑していたが、アイツに構っている暇はない。


「…………」


 ルリの笑い声が響く中、夏純はその場で足を止めていた。

 身動きもしない。ただ眉をしかめ、じっとしている。

 なにか考え事をしているのだろうか。だとしたら、それは好機だ。


「なぁ夏純。頼むから……」


 俺の懇願を受け、迷いが生じたというのなら、それは交渉の余地があるということ。

 ならばと顔をあげ、再度頼み込もうとしたのだが。


「…………ねぇ、クズ原くん。今、なんでもするって言ったよね?」


 夏純と視線が交錯した。

 さっきまでの見下すような冷たい視線とは違う、どこか迷いと困惑が入り混じったような、そんな表情。


「え、それは……」


「なんでもするって、確かに言ったよね?」


 念押しするかのように聞いてくる夏純。

 まるで今度は本当のことを言っているのかと、確かめているかのよう。

 いや、事実そうなんだろう。ここで俺が「違う」と首を横に振れば、すぐにでも猫宮に電話をかけるに違いない。

 それだけはダメだ。ここで逃したら、確実にバッドエンドが待ち受けている。


(監禁だけは嫌だ! 絶対に嫌だ!!)


 なら、俺に取れる選択肢は事実上、ひとつしかなかった。

 困惑しながらも、俺は夏純の問いかけにゆっくりと頷く。


「あ、ああ。確かに言ったが」


「なら、ボクのお願い聞いてくれないかな?」


 間髪入れず、そう言ってくる夏純。


「お願い?」


「うん、あのね……」


 まるで迷いを吹っ切るかのように、夏純は言葉を続けた。


「ボクのことを、キミに――クズ原くんに、プロデュースして欲しいんだ」


 と――――。

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