そう上手くいかないんだな、これが

 人気のない夜中のファミレス。そこでの同級生との遭遇。

 全く予期せぬ形での再会に、俺とルリは封筒を受け渡しするポーズのまま、思わずフリーズしてしまう。


「葛原くん、だよね。なんでここにいるの?」


「いや、その、これはだな」


「てかその子って、確か昼間ライブしていた『ダメンズ』のルリって子だよね……?」


 俺がなんとか取り繕うとする前に、夏純の視線がルリへと移る。


「なんで葛原くんがルリ……ちゃん? と一緒にいるの? ていうか、なに受け取ってるの? それってもしかして、お金……」


 質問のようで質問になっていない独り言を、矢継ぎ早に呟く夏純だったが、彼女の目がルリの顔から俺たちが持ってる封筒に移動した時、ようやく止まっていた俺の思考が動きだした。


「待て、違うんだ。これは誤解だ」


「ご、誤解?」


 俺の発した言葉に釣られるように、こちらを見てくる夏純。

 その瞳は揺れていて、動揺しているのが手に取るように分かる程だ。

 思考が定まらず、考えもまとまらない。そんな状態なら、説き伏せるのはそう難しいことじゃないはずだ! いや、そうに違いない! 違ったとしても、俺ならやれる!


「誤解って言われても……もし葛原君がクズな行動取ったの見たらすぐに連絡してくれって、たまきちゃんに言われてて……」


「待て、落ち着け! 誤解! 誤解なんだって! 勘違いしないでくれよ。ルリとは前から知り合いで、今は雪菜とアリサのプライバシーに関わることについて話をしていたところなんだ!」


 スマホを取ろうとしているらしく、ポケットに手を突っ込んでいる夏純に焦りが募るが、ここで慌てすぎては台無しになる可能性が高い。

 内心自分を落ち着かせながら、上手い言葉を慎重に選んで口にしていく。


「神に誓って断言してもいい! 決してやましいことはなにもしていない! 金だって貰っていないんだ!」


「そ、そうなの?」


「そうなんだよ! 実はさ、この封筒にはふたりに内緒の極秘事項が入っているんだよ。決して金なんかじゃないんだ。誤解を生む行動をしていたのは事実だけど、それはふたりに余計な心配をかけたくなかったからで……俺はさ、アイドルをしているふたりのことを、本当に心の底から心配しているんだよ」


「え、あ、そ、そうだったんだ……意外なような、そうでもないような……」


「そうなんだよ……なぁ夏純、これだけ言っても、まだ信じてくれないのか……?」


 言いながら、俺は夏純を見上げてまっすぐに見つめた。


「信じてくれ夏純。これがお前には、嘘をついている男の目に見えるっていうのか?」


「そ、それは……」


 俺のイケメンアイとイケボを直に浴び、僅かに頬を紅潮させる夏純。

 迷いが生まれているのは明白で、ほんのひと押しで誤魔化せると直感する。

 嘘を真実にするため、そして押し通すためには、今ここが正念場だ。


(よし! イケる! さすが俺! あとコイツ、かなりチョロイぞ! さすがギャルだぜ!)


 いや、あるいは俺の話術があまりに巧みすぎるせいかもしれない。


「よし。じゃあもういいよな? 夏純はなにも見なかったことにして、今すぐここから立ち去……」


 己のハイスペックっぷりを自画自賛しつつ、突然訪れた山場を上手く回避できそうなことに、俺は安堵しつつあったのだが。


「あ、そういうんじゃないですよこれ。おにーさんの言ったこと、全部嘘です。これは百万円の入った封筒で、今丁度ルリがおにーさんに貢ごうとしていたところでーす♪」


「ってちょ、おおおおおおおい!!!」


 次の瞬間、さっきまでの流れを全てをぶち壊され、俺は思わず叫ぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る