クズが何故モテるのかって?そりゃクズだからですよ

「戻ってきたんですねおにーさん。お帰りなさいです」


「あぁ、お待たせ……って何してるんだ?」


 席に戻ると、なにやら熱心にスマホを覗き込んでいるルリの姿があった。

 俺の言葉にルリは一瞬だけチラリとこちらを見ると、


「話す前にお茶くださーい。喉渇いてるんで。アイドルは喉を大事にしないといけないんですよー」


「あ、悪い。すぐ渡すよ」


 言われてすぐにグラスを手渡す。

 養ってもらう身としては、金を稼いできてくれる宿主に逆らうという選択肢は基本存在しないのである。


「ありがとうございます♪」


 一言お礼を口にして、ウーロン茶を飲み始める一方で、空いているもう片方の手で、ルリはスマホを操作し続けていた。

 器用なことをするもんだと思いつつ席に座ると、ルリは一度グラスから口を離してふぅっと息をつき、


「あれです、エゴサですよ。毎日夜になるとネットの反応を確認するのがルリの日課なんです。特に今日はライブがありましたから、ちょっと気になって見ちゃってました」


「なるほど。エゴサか」


 すぐに合点がいった。

 エゴサーチ。通称エゴサは、ネット上で自分に対する世間の反応を知る行為のひとつだ。

 SNSで検索をかければ、リアルタイムで感想を目にすることができるため、芸能人でも行っていることが多いと聞く。


「てか、アイドルでもそういうのやるんだな。悪口とか書かれてる可能性だってあるし、気にならないのか?」


 だが、調べるにあたって、当然リスクも存在する。

 出てくる感想が絶賛だけならいいが、否定する感想を書き込む者――所謂アンチが紛れ込んでいることがあるからだ。

 なかには誹謗中傷や人格否定までしてくる輩までおり、うっかりそれを見てしまったためにトラウマを負ったりメンタルが傷付く人も多いと聞く。

 事務所によってはSNSの活動を制限するなどの対策をしているところもあるそうだが、『ダメンズ』の事務所は違うのだろうか。


「そもそもルリはアンチとか気にしませんからねー。むしろ可哀想な人たちだなって思ってます。ルリの魅力に気付いていないんですから。ルリのカワイさを理解出来ていたら、アンチなんてせずにこんなにカワイイ美少女がアイドルをしていることがどれほど幸運なことかを神様に感謝してルリを推さずにはいられなかったはずなのに……」


 言いながら目尻を拭うルリ。どうやら本気でアンチに同情してるらしい。

 なんとなくわかっていたが、この子自分が好きすぎなんじゃなかろうか。


「お、おう。ならいいんだが……てっきり事務所の方針とかで禁止されてるかとおもってたわ」


「うちはそういうの緩いんですよ。社長さんが独立してまだそれほど経ってない新設事務所ですからね。人も少ないからやれることも限られてますし。ルリたちも売れてきたとはいえ、利用出来るものは利用しないとって感じなんですよねー」


「世知辛い話だなおい……」


「ま、それはいいです。ルリたちがもっともーっと人気者になって、事務所を大きくすればいいだけですから。それよりも」


 カタリと、硬い音が僅かに響く。見ると、テーブルにルリのスマホが置かれていた。

 だが、そのことに気が向いたのはほんの一瞬のこと。


「おにーさんはセツナセンパイやアリサセンパイと、そういった話はしないんですかぁ?」


 次の瞬間ルリが発した言葉に、視線が吸い寄せられていたのだから。

 

「……いや、したことはない。ふたりとも、そういうのあんまりやるタイプじゃないからな」


「確かにルリもおふたりとその手の話題について話したことはありませんね。ネットでの評価も、特に気にしてるふうでもないですし」


 ふむふむと指を口元に当て、思い出すように話すルリ。

 どこかあざとい仕草だが、妙に良く似合っていると思えるのは、やはり目の前の女の子も優れたアイドルだからだろうか。


「これまではあまり興味ないのかなと思ってて、そのことについてあまり深く考えてこなかったんですけど……その理由がおにーさんと知り合って、ようやく分かりました」


 ルリが言葉を区切る。


「本命の相手がいるから、他の人からの評価をあまり気にしなかったんだなって。

 ホント、セツナセンパイたちの気持ちがよく分かります。こんな面白い人、手放すなんて有り得ないですもん。アイドル三人から貢がれるなんて、果報者ですね、クズおにーさん♪」


 悪戯っぽく笑うルリの顔は、ひどく楽しそうだった。

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