まともなやつがこのお話にいるはずないだろ、常識的に考えて……
見上げると、そこにはツーサイドアップの髪型をした、ひとりの女の子の姿があった。
白のベレー帽に黒マスク。肩にはピンクのカバンをかけ、白を基調としたゴシックな服にフリルのついたスカートという、オシャレではあるが深夜に差し掛かりつつある時間としてはかなり派手な格好だ。
所謂地雷系、もしくは「遊んでる」系の目立つ服装で話しかけてきたその子に、俺は軽く手を振ると、
「たっぷり一時間くらいはな」
「ありゃ、そうでしたか。待たせてしまってすみません。思ったよりミーティングが長引いちゃいまして」
軽く頭をペコリと下げて、そのまま対面の席へと座る女の子。
待ってないなんてお世辞も使わない、割とぞんざいな返しだったと思うが、気にしたふうでもないようだ。
まぁ向こうも同じくらい適当というか、謝罪に心がこもってなかったからお互い様と言ったところだろうか。
「いいさ、呼び出したのはこっちだからな。どうせ明日も休みだし、特に問題ない」
「そうですか。まぁおにーさんの場合、休みの間中ずっと遊んでそうですしねぇ」
失礼なことを口にしながら、席に座る女の子。
分かっていたことだが、俺のことを年上だと思ってないんじゃないだろうか。
「失敬な。休みじゃなくても年がら年中毎日遊びたいと思ってるぞ。それが俺の夢だからな」
「あは♪ さっすがぁ。ロクでもない夢ですね。変わりないようでなによりです。さて――」
そこまで話すと、女の子は言葉を区切った。その様子を見て、俺は少し姿勢を正す。
ここで意図を察せないほど、俺も鈍くない。ここまでのやり取りは、挨拶がてらの軽めのトーク。本番はここからだ。
勿論女の子もそれを承知しているのだろう。
彼女は帽子を外すと髪をかきあげ、そして付けていたマスクを、ゆっくりと外していく。
「どうでしたか。今日の『ダメンズ』のライブ――というより、アイドルとしてステージに立つルリを、改めて観た感想は」
赤い髪が重力に従ってゆっくり落ちていくと同時に、あらわになった素顔は、とても愛らしいものだった。
ニッコリと微笑みを浮かべるその顔は非常に整っており、雪菜やアリサにも引けを取らない。
間違いなくアイドルとしても、十分通用するだろう。いや、この言い方は良くないか。
なにせ目の前の女の子――
「んー。知り合いになったあとだと印象が大分違ったかな。なんていうかこう、すごく良かった。『ダメンズ』のライブは毎回参加してて、ルリのことも観ていたつもりだったけど、新しい一面に気付けたと思う」
「ふふふ、ルリの魅力に気付いたですか。ちょっと遅い気もしますが、まぁいいでしょう。でも、それだけじゃないでしょう? まだ言うことがありますよね?」
上目遣いでこちらを見てくるルリ。なにかを催促してくるかのような仕草に、俺は少し苦笑しながら、
「ああ。すごく可愛かった。俺から見ても、ルリはめっちゃ輝いていたと思うぞ」
「ですよね! ですよね! さっすがおにーさん! 分かってますね! 当然のことですけどね!」
言った途端、ルリが思い切り食いついてくる。
それも、今にもテーブルの向こうから身を乗り出してきそうな勢いで。
職業柄いくらでも褒められる機会はあるだろうし、言われ慣れてそうなものだがこの反応を見る限りどうもよほど嬉しかったらしい。
「良かった。俺の言葉でそこまで喜んでもらえると、ファンとしてもうれし……」
早々に出来上がった、この和やかな雰囲気のまま、話を進めようと思ったのだが。
「そうですよ! ルリはカワイイんです! やっぱりルリが、ルリこそが『ダメンズ』のセンターに相応しいです! それを分からない人が、あまりにも多すぎる!」
「え、あの」
なんか、様子がおかしい。
いや、喜んでくれるのはいいんだが、明らかにテンションの上がり方が凄いような……。
「あの、ルリ? 人がいないとはいえ、ここ店なんだが。ちょっと声がデカ……」
「なんで気付かないんですかねぇ! このルリこそが今世紀最強にして最高の、超絶カワイイ美少女スーパーアイドルであることを!!! おにーさんも、そう思いますよね! さっきルリのこと、めちゃくちゃカワイイって言いましたよね! ね!!!」
なんというか。その目はキマっていた。
グルグルとした目で、自分の可愛さを叫ぶルリは、明らかに関わってはいけない人のそれだった。
「え、いやそこまでは言ってな……」
「言いました! よね!!!」
「あ、はい」
俺は頷くしかなかった。圧がすごい。
その迫力は、この前の幼馴染ふたりを彷彿とさせるものであり、そうせざるを得ないナニカがあった。
「そう! このルリのカワイさに気付かないなんて、そんなのは世界がおかしい!!!」
言いながら、ガタリと音を立てて立ち上がるルリ。
なんと言えばいいのか分からないが、とりあえず一言。
(コイツもやっぱりキャラが濃いのか……)
最近知り合いになる人物は、何故こうも濃いキャラをしたやつばかりなんだろう。
そのことを嘆きつつ、俺は密かにため息をつくのだった。
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