言わなくてもいいことを言わないことがコツなんですよ

「いやー、いいライブだったなぁ、っと」


 現在時刻は夜の9時。人気のない夜のファミレスで食事を食べ終えた俺は、若干くたびれたソファーに寄りかかりながら、スマホをのんびりいじっているところだった。


「今回の新曲も良かった。やっぱりダメンズは最高だ! ルリちゃんのダンスがカッコカワイくて僕はもう……! ふむ、評判は上々、か」


 クラスのKANEケインに書き込まれたクラスメイトたちのメッセージは、どれもこれも高評価なものばかり。

 かくいう俺も、とても良かったと思っている。結果から言うと、ミニライブは成功していた。

 新曲を含め、今回のライブで用いられた曲が盛り上がり重視のものであったことも大きかったんだろう。会場は大いに盛り上がり、その流れのままサイン会に移行。最後はファンとの記念撮影で締められた。皆が笑顔で満足できた、良いライブであったと言えるだろう。


「変なトラブルとかもなかったし、そういう意味でも良かったよなぁ」


 一般客が多い祝日のモールにて行われたため、多少の不安がなかったといえば嘘になるが、思い返せば何事もなく終われたのは当然のことだったかもしれない。

 なんせ会場には伊集院財閥のお嬢様がいたのだ。俺たちには分からないよう、SPが各所に配置されていたのかもしれない。

 伊集院のことだし、『ダメンズ』になにかあってはならぬと独自に警備を強化していただろうことは容易に想像できる。

 実際、間近で『ダメンズ』を直視した伊集院が興奮しすぎて、ぶっ倒れかけた時には、いつの間にか現れたいつもの黒服さんが支えたことによって事なきを得ていたからな。

 根性でライブは乗り切っていたようだが、終わり際はフラフラだったし、しばらくは寝込むかもしれない。もっとも、伊集院からすれば本望だろうし、俺が気にする必要はないことだ。


「ま、姫乃は苦労するかもしれないけどな」


 そこはメイドでもあるし割り切ってもらうしかないだろう。

 そんなことを考えていると、スマホがブンと音を立てて振動する。

 来たかと思い画面を見るも、そこに表示されてる名前はアリサのもの。

 アテが外れたことに若干肩透かしの気分を味わうも、すぐにスマホを操作し耳に当てる。


「もしもし」


「あ、和真? アタシだけど」


 聞こえてきたのは聴き慣れた声。あの時とは違い、いつも通りのアリサだ。

 そのことに内心胸をなで下ろしながら、話を続ける。


「お、アリサ。お疲れさん。打ち上げ終わったのか?」


「うん。ミーティングも軽くやったけどね。雪菜と一緒に今から帰るから。和真はご飯食べた?」


「ああ、今ファミレスにいるとこ。先輩に奢って貰って、今はひとりだ。もう少ししたら帰るよ」


「……アンタ、外食ばかりしていちゃダメって言ってるじゃない」


「はは。今日くらいはいいだろ? なんせライブを観たんだからさ。誰かと語りたくなるのがファン心理ってものなんだよ。聖先輩も褒めてたけど、今日のアリサもすごく良かったよ。クラスメイトたちの前でも堂々と歌っていて、思わず見惚れちまった」


 俺がそう話すと、アリサは少し間を置いて、


「……バカ。あんまり遅くならないよう、早く帰ってきなさいよ」


 そう言い残し、プツリと電話は切れた。

 暗くなった画面を見ながら、俺は小さく息を吐く。


「フゥ。余計なこと言われずに助かったな」


 会話が短く済んだのはありがたい。

 実際、俺は嘘は言ってないのだ。少し前まで聖と一緒にいたのは事実。

 だが、それももう一時間ほど前までのこと。今ここにひとりとどまっているのは、とある理由があってのことだ。


 カランコロン


「お、来たか」


 入口から響く誰かの入店を告げる音と、続けざまに入るメッセージ。

 素早くスマホを操作すると、一分もせずにその人物は姿を見せた。


「お待たせしちゃいましたか、おにーさん」

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