男のプライド<<<<(超えられない壁)<<<<働かないこと

「そりゃ友達のライブだし来るでしょ…てか、クズ原こそなんでいるのよ。普段はライブになんて来ないじゃん」


 確かにいつもはライブには参加しないが、今回ばかりは事情が事情だ。

 特に嘘をつく理由もないし、怪訝な表情をする猫宮に、モールまで来た理由を素直に伝えることにした。


「俺は雪菜に言われて来たんだよ。来なきゃ監禁するって脅されたら来ない選択肢はないからな…」


「ああ…そういうこと…そこはまぁ、大変だなって同情はするけど…うん…」


 引きつった顔をしながらも、納得したのか頷く猫宮。

 まぁ友人が幼馴染を監禁するとか言われて、「へー、そうなんだ」と流すやつがいたらソイツは頭がおかしいからな。

 こういう反応をするあたり、やはりコイツは常識人なんだろう。

 久方ぶりの一般的な感性を持っている人間との会話にホッとしながら、俺も猫宮へと聞き返した。


「それはともかくとしてだな。猫宮達はこれから昼飯食うの?結構人数いるようだけど、ライブの場所取りのほうは大丈夫なのか?」


 ガチのアイドルファンはいい席を確保するために労力を惜しまないというか、何時間も前から待機するやつも多いと聞く。

 そういうやつらはあらかじめグループを組んでたりするらしいが、うちのクラスの女子でそこまでのガチ勢がいるかはちょっと記憶にないため、なんとなく気になったのだ。

 俺と聖先輩は男だし、それなりに長身だから立ち見席でも構わないし、ここに来たのは雪菜へのアピールが目的なので、向こうが気付いてくれたらそれでいい。

 混雑していようと、アイツなら俺のことは遠目からでも見分けは付くだろうと踏んでいたので、こうして余裕を持って過ごしているけど、猫宮達はどうなんだろうかと思ったのだが…


「そっちは伊集院さんがしてくれてるよ。あの人、自分に任せろって言って、黒服のSPさんたくさん連れてきて、ガッチリ席をキープしてるから…」


「ええ…あいつなにしてんの…」


 目をそらしながら猫宮が話した内容に、俺はちょっと引いていた。

 たかがミニライブでガチすぎるだろ。そりゃアイツなら人海戦術はお手の物だろうが、そこまでするか?


「前に金を使えばいいわけじゃないと言ったばかりなのに、アイツ相変わらずだな…」


「お嬢様はもう開き直ってますので…ダメンズのためになることならなんでもすると、昨日のうちから鼻息を荒くしていましたよ」


「そりゃまたタチ悪くなってんな…」


 この分だと物販のほうにまでSPを派遣してるんじゃないだろうな…

 お付の人達も、そんなことをするために体鍛えてるわけじゃないだろうに。

 さすがにちょっと不憫だぞ…てか。


「あれ、姫乃もいたのか?」


「ええ。お久しぶりですご主人様。お元気にしてましたでしょうか」


 猫宮達の後ろからスススと抜け出し、挨拶をしてくるのは、伊集院のお付きのメイドである一之瀬姫乃だった。

 色々あって俺のことをご主人様認定して色々動いてくれるようになったのだが、ゴールデンウィークに入ってからは会っていなかったが、数日ぶりの再会に、無表情な顔を僅かにほころばせているように見える。


「というか、こんな場所でもお前メイド服姿なんだな」


「一応まだお嬢様のメイドですので。嗜みのようなものですね」


 言いながら俺の隣にちゃっかり座る姫乃だったが、フードパークでメイド服はあからさまに目立つ服装だ。

 普段滅多に見るものじゃないだけあってか、周りの客から注目を浴びているし、家族連れの中に「メイドさんだー!」と指差して興奮している子供までいた。


「あ、一之瀬さん!わざわざクズ原の隣に座らなくても…」


 そんな中、慌てた猫宮が注意してこようとしてくるが、既に時遅し。

 俺達の周囲には多くの視線が集まってるし、客の多いこの時間帯は身動きも取りづらいに違いない。

 そう考え、俺は人のいない隣の席を指差した。


「猫宮達も座ったらどうだ?隣の席空いてるぜ」


「………むぅ」


「ま、仕方ないよね」


「別にいいじゃんたまき。ここしか空いてなさそうだし」


 下手に動くよりはいいだろうと気を効かせたつもりだったが、猫宮達はお互い顔を見合わせると、渋々と席に着いていく。


「うう、クズ原なんてスルーするつもりだったのにぃ…」


「ま、ご愁傷様だな。見知ったクラスメイト同士、今は仲良くしようぜ」


 気を紛らわせてやるつもりで軽口を叩いたつもりだったが、猫宮はキッと鋭い目で俺を睨んでくる。


「言っておくけど、私はクズ原がアリサ達にしていることを許してないからね。幼馴染達になんてことさせてんのよ」


「何度も言うがそれは誤解だぞ。アイツ等が俺を養いたいから金をくれるんだ。俺はそれをありがたく受け取るだけだし、そしたらアイツ等だって嬉しくなる。お互い損をしない、win-winの関係だ。ギブアンドテイクってやつだな」


「なにがギブアンドテイクよ…!クズ原が一方的に得するだけじゃん!女の子に貢がせて、アンタ男として恥ずかしくないわけ!」


 なにやら憤慨している猫宮だったが、こっちからすればなにを言っているのやらだ。俺は胸を張って宣言する。


「当たり前だろ。全く恥ずかしくなんてない。むしろ誇らしいな。俺は生涯働かないと、そう決めたんだ。ちっぽけなプライドなんざ、とうに捨てたわ」


 男のプライド<<<<(超えられない壁)<<<<働かないこと


 こんなの考えるまでもなく明白じゃないか。

 男としてのプライドとやらのために、働かずに生きていける今の環境を蹴って、何十年も働き続けるってのか?

 それもアイドルやってる幼馴染達よりずっと低い給料で?

 なんもしないで遊んで暮らせるっていうのに?

 なんのためにわざわざ?

 俺からすれば疑問しかない。


 故に断言する。ありえん。


 たかがプライドのために人生棒に振るとか、正直頭おかしいだろ。

 たった一度の人生をイージーモードで過ごせるってのに、見栄のために自分から苦労する道を選ぶってのか?

 そんな人生クソくらえですわ。

 俺は他人の目を気にして生きていきたくなんてないし、社畜なんぞにもなりとうない。

 俺は俺の好きなように生きると決めている。働くなんて絶対ありえん。


「うわぁ…」


「ク、クズじゃん!やっぱクズ原は生粋のクズじゃん!とんでもないゴミクズ野郎だよコイツ!」


「さすが師匠だぜ!そうこなくっちゃな!俺も見習って、女に貢がせてやるぜ!」


「それでこそです!さすが私の見込んだご主人様!あぁ、やはりこの方はこうでなくては…!これでこそ仕え甲斐があるというものです…」


 俺の宣言を受けて、周囲の反応は二極化していた。

 猫宮のグループはすごい目で俺を見てくるが、聖と姫乃は俺を尊敬と崇拝の目で見つめてくる。


「ふっ…そんな目で見てくるなよ。照れるだろうが…って、ん?」


 後者の視線だけを有り難く受け取りながら改めて周囲を見渡すと、ひとつ引っかかる視線を感じ、目を向けると、猫宮のグループの座る席の端で、俺のことをじっと見てくる女の子がいた。


「おい、夏純。どうしたんだ?」


「え!?ボ、ボク!?」


 そのことが気に掛かり、俺はつい声をかけたのだが、そんなすっとんきょうな声をあげられても困るんだが。

 なにも知らない相手でもあるまいに。


「そ、お前。さっきから俺のこと見てきてるけど、お前もなにか俺に言いたいことでもあんの?」


 そう言ってもう一度話しかけたのは、長い髪をポニーテールにして、派手な茶髪に染めたギャルと化した同級生。夏純紫苑だった。

 雪菜達ほど付き合いがあるわけでもないが、一応同じ小学校の出身で、今はそこまで話す仲でもなかったが、それでも顔見知りは顔見知りだ。


「え、いや、ボ、ボクは特にないよ?うん、働かないのはいいことだと思うし!」


 だから気軽に声をかけたつもりだったが、何故か夏純は大いに慌てながら、俺の言葉を肯定してくるのだった。

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