二章 Vtuberプロデュース編~シンデレラドクズ~

プロローグ クズがクズに出会った日

 働きたくない。


 それはボクが小さい頃から、ずっと抱いている想いだった。

 きっかけは覚えてない。ただ単純に、働きたくないって考えだけが、ボクの中にあったんだ。でもそれは、決して珍しいことじゃないと思う。


 だってさ。誰だって、夏休みがずっと続けばいいって思うよね?

 遊んだり寝たり、いつまでも好きなことをしていたいって、絶対皆思うじゃん。

 最終日に宿題を必死にやったり、休みが終わることに憂鬱になって、ため息をつくなんてしたくないって思ったことも、絶対あるはずだよ。

 少なくともボクはそうだった。

 めんどくさいことやことは、ぜーんぶ後回しにして、楽しい気持ちだけで生きていきたいって、昔からボクは思ってたんだ。



 …………でも、すぐに分かっちゃった。

 そんなこと、絶対に無理なんだって。



 ボクの家は、大きくも小さくもないごく普通の家だった。

 クリスマスプレゼントの時は多少奮発してはくれたり、一年に何回か家族旅行に行けるくらいの余裕はあるけど、別に特別裕福ってわけでもない。

 ボクがあれが欲しい、これが欲しいってワガママを言っても、それが高いものだと両親は買ってくれなかった。

 困った顔をしながら、ウチじゃ買ってあげることは出来ないの、ごめんねって謝られて、ボクの家は、ボクのワガママを聞いてくれるほどお金持ちじゃないんだって分かってしまった。


 一般的な良識を持ったごく普通の両親は、毎日当然のように働いていたけど、それでもお金がたくさんあるわけじゃなかったんだ。

 あんなに遅くまで働いてるのに、お金が貰えるわけじゃない。

 だけど、働かないと、人は生きていけないんだ。

 そんな自分ではどうしようもない現実を、幼かったボクは知ってしまった。


 そのことに気付いてから、そのうちボクはワガママを言わなくなった。

 言ってもどうしようもないんだって分かったから。

 そういう意味では、ボクは周りの子より、ほんの少しだけ早く大人になったんだと思う。

 大人というより、諦めたって言ったほうがいいのかな。


 働かないで生きていきたい。

 そんなささやかな望みが永遠に、叶うことはないって分かった時のボクの気持ち、皆には分かる?

 分かってもらえなくてもいい。ただ、ボクはなにもかもが嫌になった。

 働きたくないのに働かないといけないって知って、ボクは自分の人生に、ただ絶望していったんだ。


 そうして全てを諦めたボクは、気付けば人に合わせるようになっていた。

 ワガママが通じないなら、周りに合わせていった方が楽だったからだ。

 小学生だった当時、ボクの所属していたグループは、所謂リア充のそれで、毎日ファッションやコーディネート、テレビに出る有名人やネットの話題について語り合い、会話に華を咲かせてた。


 中でも特に盛り上がったのは恋バナだ。

 リーダー格の子がその手の話が好きだったこと、さらに噂好きの友人達がどこからか話を嗅ぎつけて、他のクラスの誰がどの子と付き合っているかって話を、いつも面白おかしく盛り立てるものだから、いつの間にか一番の話のタネになっていったのだ。

 年上の男の人と付き合っている子がいる。しかも大学生!なーんて話を誰かがしたものなら、いつも皆で大盛り上がり。

 大人ぶりたい子が多かったからか、年上の男の人と付き合うイコール、自分も大人って考えがあったんだろうね。

 同級生は子供なんて、馬鹿にする子も多かったけど、ボクはいつも適当に相づちを打つだけだった。


 まぁそれはさておき、それでも同級生の中で付き合うとしたら誰がいいかって話になると、必ず話題に挙がる男子はいた。

 その子は葛原和真くんっていう、ボクから見てもすごくカッコイイ人で、足が早くて、運動会ではいつも一等賞。勉強も出来て性格も明るい、まさに理想的な男子だった。

 彼だけは、いつも皆から憧れの目で見られてた。

 グループのリーダーだった子も、葛原くんをいつも目で追ってたし、きっと好きだったんだと思う。

 でも、葛原くんの周りにはいつもふたりの女の子がいて、彼に好意を持っている子でも、中々近づくことが出来なかった。

 その子達が普通の子だったらまた違ったんだろうけど、残念ながらふたりともすごく可愛い容姿した美少女で、気後れしちゃったんだと思う。

 いつか三人でテレビに出るような芸能人になるんじゃないかって噂にもなったっけなぁ。


 それは見事に当たってたけど、ボクはというと、あまり葛原くんに興味はなかった。

 というか、付き合うこと自体に興味がないって言ったほうが正しいかな。

 だって、誰かと付き合うとしたらお金がかかるじゃん?

 当時貯金を趣味にしていたボクにとって、友人達と遊ぶことによる散財は、密かに頭が痛くなる悩みのひとつだったのだ。

 だから付き合ったりしたらますますお金が飛んでいっちゃう。

 それは嫌だ。将来のために、少しでもお金を貯めておかないといけないって考えが、ボクの中にはあったんだ。



 働きたくないけど、働かないといけないなら、少しでも働く時間を減らしたい。

 所謂、将来に向けての貯蓄だ。誰かに頼るって考えは、頭になかった。

 だって、働かずにお金を貰って生きていこうなんて、それはクズの考えだもん。

 お父さんやお母さんは、あんなに仕事を頑張って、ボクのことを育ててくれてるんだ。

 それは、ボクが普通に社会に出て、普通に生きていけるようにするためなんだ。

 その気持ちを裏切るのは、きっとすごく悪いことなんだ。

 そう自分に言い聞かせた。



 だから、授業参観の日に、将来の夢について両親やクラスメイトの前で発表する課題を渡されても、ボクはちゃんと自分を誤魔化して、皆と同じような内容を書いて、皆の前で発表した。


「ボクの将来の夢は、ケーキ屋さんになることです。いつもお仕事を頑張ってくれてるお母さんに、美味しいケーキを食べさせてあげて、笑顔にしてあげたいと思ってます」


 そう言い終わると、教室のあちこちからパラパラと小さな拍手が送られてきた。

 席に座って後ろを見ると、お母さんも嬉しそうに手を振ってくれた。


 …………うん。やっぱりこれでいいんだ。ボクは間違ってない。

 ネットで調べて、ケーキ屋さんはすごく大変そうだって知っても。

 残業が多くて、休みも中々取れないって分かっても。

 そうでない職業だって、どれも遊んで暮らせるわけじゃないって絶望しても。

 ボクの本当の夢が、働かないで生きていきたいだとしても。


 それを表に出しちゃいけないんだ。

 だって、こんな考えは間違ってるんだから。

 気持ちに蓋をして、皆に合わせて生きていけば、いつかきっとボクは普通になれるはずだから。


「じゃあ次は…葛原和真くん。お願いします」


「はい」


 自分に言い聞かせていると、次の人の名前が呼ばれた。

 葛原和真くん、か。きっとあの子も、ちゃんとした将来の夢を言うんだろう。

 カッコイイから、モデルとか芸能人とかかな。運動神経もいいから、サッカー選手だったりするのかもしれない。


 なんにせよ、普通の夢を語って、皆から拍手されるのは間違いない。

 働きたくないなんて、クズなことを考えるのは、ボクだけだ。


(ボクは、ダメなやつだな…)


 自分が自分で嫌になる。

 将来の夢もない。お金が欲しい。ずっと遊んで暮らしたいよ。

 こんなクズな本音を、ボクは隠し続けられるんだろうか。

 まともに生きていくことが、出来るのかな。

 この広い教室の中で、ボクは一人ぼっちだった。



 だけど―――



「俺の将来の夢は、働かないで遊んで暮らすことです」



 聞こえてきた言葉に、ボクは一瞬自分の耳を疑った。


「俺は働くのが嫌です。絶対働くつもりはありません。一生働くつもりはないです。でもお金は欲しいし、遊んで暮らしたいので、その分雪菜とアリサに頑張って働いてもらうつもりです」


 教室がざわめいた。

 教壇に立っている先生も、口をパクパクさせている。


「たくさんお金はあったほうがいいので、もし俺を養ってもいいって人がいたら、どうかこの後俺のところまで来てください。俺からはなにもするつもりはないけど、養ってくれたらとにかく嬉しくなるのでそれが報酬です。お金は一切返却するつもりはないので、そこはご了承ください」


 皆が戸惑っているのに、その声はどこまでも堂々としていて、そして自信に満ち溢れていた。

 この人は、自分が正しいって思って、疑ってないんだ。

 気付けばボクの身体は震えていた。目からは涙も流れてくる。

 これは感動?それとも…

 よくわからない。それでも、ボクは後ろを振り向いた。



 そして、ボクは―――運命に、出会ったんだ。



「とにかく働かないで生きていくことが俺の夢です。それが俺にとって、一番の幸せだって、信じてます」



 そう言い切った彼の顔は、とても満足そうで―――とても優しい顔をしていた。


「ぁ…………」


 そうか。


 そうなんだ。


 自信を持って、いいんだ。


 だって、こんな綺麗な表情で、言い切れる人がいるんだから。


 そうだ、ボクは、ボクも………



「働きたく、ない……」



 その日。ボクは救われた。


 そして、改めて思った。


 絶対に、働かないって。


 それがボク、夏純紫苑かすみしおんと、ボクを救ってくれたカミサマとの出会いだった。

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