エピローグ クズに微笑む小悪魔は好きですか?

 五月の空が、青く澄み渡っている。

 吹く風も心地よく、風に乗って聞こえてくる子供達のはしゃぐ声は、始まったばかりの大型連休を早くも謳歌しているようだ。

 学生にとって貴重な黄金週間の初日を、ひとり公園のベンチに腰掛け、時間をだらだらと消費している俺とは大違いである。

 悩みもなく、将来の不安もなく、ただ無邪気に友達と遊ぶことを楽しんでいるのは、正直素直に羨ましい。


「俺にもあんな時があったなぁ。いや、もうちょいひねくれてたか…?ま、どっちでもいいけどさ」


 適当なことをひとりごちながら、俺は再び空を眺める。

 そこには雲ひとつない青空が広がっているというのに、俺の気分は違う意味でブルーそのものだ。憂鬱と言い換えてもいい。

 待ちに待ってたゴールデンウィークのはずなのに、俺の現在の気分は、ひどくアンニュイなものだった。 

 そのせいだろうか、嘆息混じりの後悔が口に出る。


「なんつーか、失敗したなぁ俺…」


 伊集院の転校以来なんやかんやと色々なことが俺の周りで起こりまくっていたが、それらのイベントが吹っ飛ぶくらいの見返りとして、生涯財閥令嬢様に養ってもらえる契約になんとかこぎつけたことまでは良かったのだ。

 だがそれも、伊集院が雪菜に張り倒されたことで、全てうやむやになってしまった。


 あの後復活した伊集院に怪我がなかったことはなによりだったが、頭を打ったのか、授業中は雪菜のことをいつも以上にうっとりとした目で見て視線を外さず、俺の話に耳を貸してくれなかったことで、伊集院に養ってもらう計画は、早くも頓挫してしまった。

 俺にとって人生のターニングポイントとなるはずだったのに、なんとまぁついてないことだ。ため息だって、そりゃ出るってもんだろうさ。



 だがまぁ、それはいい。元から予定になかった契約だし、割り切ることは出来る。

 一番の問題は、雪菜とアリサが俺を監禁しようとしていることだ。

 雪菜が独占欲全開タイプのヤンデレ兼やべーやつであることはよく分かったが、アリサまで雪菜に感化され、ツンデレからヤンデレにジョブチェンジしたのは完全に想定外だった。

 幼馴染ふたりにハイライトが消えた目を向けられた光景はトラウマもんだし、両脇をふたりで固められ、教室から廊下に引きずり出された時は本気で身の危険を感じた。

 咄嗟に大声を張り上げて、他クラスのやつらが様子を見に出てこなければどうなっていたか、考えるだけでも恐ろしい。


 その後ふたりの前で土下座したり、なだめすかしたりしてなんとか監禁を思い止まらせることには成功したものの、代わりにある約束をさせられてしまったのだ。

 その内容とは、ズバリ夏休みの間はふたり揃って俺の家にずっと泊まるという、とんでもないものである。


 アイドルふたりが幼馴染とはいえ男の家に泊まり込むのは普通に問題大アリなうえ、俺の家には両親がいないから、実質ふたりの監視による監禁状態と大差がない。

 さすがにふたりの親も許してくれないんじゃないかという、一縷の望みに託すも、どっちもあっさり許可してきた時の絶望感はとても言葉で言い尽くせるものでない。


 なにが、「うちの雪菜をよろしくね♪助かるわ、将来の婿くん♪」だ!

 アリサの親も、「君にうちの娘を託すよ。いや、娘が養うから託されるのはむしろ私達の方かな?まぁ子供は相当な美形が生まれてくるだろうから、今から孫の顔を見るのが楽しみだよ!あ、私のことはグランパって呼ばせていい?」とか、妙にノリノリで言いやがって!俺は遊んで暮らしたいから、子供なんざ知るかっつーの!大体高校生に言うなや!それもアンタ等の娘はアイドルやろがい!


「はぁ…親連中にはもう頼れんな…」


 いつの間にか外堀が完全に埋まっていたことに頭が痛くなるが、それを差し引いても当面の問題は、やはり夏休みにふたりによって監禁される件だろう。

 夏休みならダメンズの活動も活発になるはずだが、あの様子だとふたりで交互に仕事を入れるようにするなりで、俺への監視を常に行ってくる可能性が高い。最悪既成事実を作られる可能性もある。


「監禁は嫌じゃ…俺は遊んで暮らしたいんじゃ…監禁などされとうない…」


 出来れば逃げたいところだが、あの二人から貰える小遣いは、既に俺にとってなくてはならないものとなっているため、それも出来ない。

 ふたりには俺を養ってもらうために、アイドルを続けてもらわないといけないのだ。

 そのためには、手を出すなんて御法度だ。スキャンダル程度なら伊集院に相談すればなんとかもみ消せるだろうが、妊娠だけは洒落にならん。

 絶対に監禁生活だけは避けなくては。そのためには、やはり味方が必要だ。


 そう心に決めると、俺は早速頭の中に味方につけることが出来そうな人物を描いた。

 あと二ヵ月ちょいで、どれだけの人間を引き込めるかの勝負だ。

 雪菜とアリサに対抗できる、強い味方を作る必要がある。


「姫乃は俺の言うことを聞いてくれるだろうが、伊集院はダメだろうな…ユキちゃんはイマイチ頼りにならんが、先生だし候補としてはアリだな。猫宮には嫌われてるから無理…か?いや、アイツ常識人だし、アリサのことを餌にして協力してもらって、後々強引に口説けば落とせるかもしれんな…とりあえず保留にはするが…くそっ、やっぱ一手足りねぇな…」


 だが、次々とリストアップと精査を行っていくも、どうにも良い結果が見えてこない。


(学校メンバーだけじゃ限度があるな…雪菜達の活動を詳しく知っていて、スケジュールに割り込むことが出来るようなやつがいれば、格段に楽になるんだが…)


 そんなことできるのは、同じダメンズのメンバーか事務所のお偉いさんくらいだろう。

 ダメンズの残りのふたりはライブ映像で顔こそ知っているが、俺との接点はまるでない。

 俺達と同じ学校に通っていることは知っているが、会話するきっかけもなかったからな。

 雪菜達に紹介してもらうことも一瞬頭に浮かんだが、今はタイミングが悪い。また他の女に手を出すのかと、警戒されるだろう。間違ってないから否定しづらいのがつらいところだ。


 なにより、俺の悪名はどうやら他学年にまで届いているようだから、会いに行ったところで向こうのクラスメイトや友人にブロックされ、徒労に終わる可能性が高かった。

こうしてダメンズとの接触には見切りをつけたわけだが、しばらく頭の中でシュミレーションしてみたものの、やはりどれも良くない結果ばかりが浮かんでは消えていく。


「畜生、このままじゃダメだ。でも、今の手札じゃどうにもなんねぇ…参ったな…」


 俺は思わずベンチを背を預けて天を仰ぐ。

 頭を使ったのもあってか、なんだかなにもかも面倒になってしまった。


「あー、誰か俺を養ってくれないかなぁ。それも、文句言わずに金だけ出してくれて、困ったときに必ず助けてくれて、面倒事は全部笑顔で引き受けてくれて、おまけに面倒なこと言ってこないで俺を癒してくれるような、そんな子がどっかにいないかなぁ」


 言っててなんだが、さすがにこんな子は、ちょっと都合が良すぎるな。

 でも欲しいなぁ。どっかにいないかなぁ。ヤンデレになったり監禁してきたりなんてしないで、俺だけにめっちゃ都合のいい、そんな女神みたいな女の子…


「おにーさん。なにしてるんですか?」


なんてことを考えてる時だった。


「ん?誰だ?」


 いきなり近くから、誰かの声が聞こえてきたのだ。

 すぐに顔を正面に戻してみると、ベンチに座る俺の前に、女の子が立っている。

 黒の野球帽を目深に被り、黒のマスクで顔の半分を隠しているが、声の感じとスカートを履いていることから間違いない。

 咄嗟に左右を見回すも、他に人影はなかった。そうなると、話しかけれたのは俺ってことか。

 

「お兄さんって俺のこと?」


「はい。ひとりで空見上げてなにしてるのかなーって、気になって声かけちゃいました。迷惑でしたか?」


「いや、そんなことはないけど…」


「あは♡なら良かったです♡」


 俺が答えると、何故か目の前の女の子は機嫌を良くしているようだった。

 マスク越しでイマイチ分かりにくいが、少なくともこっちに悪い印象を持っているわけではないらしい。


「なんか嬉しそうだけど、なにがいいんだ?」


「おにーさん、すっごくルリ好みの顔してるんで♡嫌だなーって思われるより、好印象のほうがいいじゃないですか。それに…」


 白のパーカーの上から羽織った、黒のスタジャンのポケットに手を突っ込んだまま、女の子は目を細めると、グイっと顔を寄せてくる。


「うわっ、やっぱりすっごいイケメン…業界にも、こんなカッコイイ人滅多にいませんよ。ただ、ちょっと目が濁ってるのがひっかりますけど、それもむしろ好みドンピシャなんでOKです。こんな人、初めて見たかも…」


 褒めてるのかそうでないのかよくわからないことを言いながら、女の子はなにやら目を輝かせていたが、それはそれとして顔が近い。帽子のつばが、こっちの頭に当たりそうだ。


「おい、顔近いぞ。もうちょっと離れてくれ」


「あっ、ごめんなさい」


 追い払う仕草をすると、あっさりと距離を取る。

 案外素直な性格なのかと思ったが、なにやら感心しているようだ。


「でも、へぇー…全然動じてないんですね。こんな可愛い女の子がすぐ近くにいるんだから、もう少し照れたっていいと思うんですけど。もしかして、女の子と遊ぶの慣れてます?」


「別に。可愛い子なら単純に見慣れてるってだけだ。それに俺は、女の子を外見で判断してるわけじゃないしな」


「ふーん。そうなんですかぁ。じゃあ、なにで判断してるんです?ちょっと聞かせてもらえませんか?」


 そういうと、また顔を近づけてくる。

 ただ、その目に隠しきれない好奇心を宿していた。


「なんなんだよお前。初対面なのに、さっきから距離が近いぞ」


「すみません。昔からよく言われるんですよ。ルリは好奇心旺盛だねって。興味を持ったことに全力を持っちゃうタチみたいなんです。今はルリ、おにーさんに興味深々なんですよ」


「興味?」


「はい。顔は超好みのタイプですけど、ルリはなにより、面白い人が好きなんです。ルリを退屈させてくれない、そんな人がいいんです。顔が良くてもつまらない人なら、ルリは興味を失くします。そういう子なんです、ルリは」


んなことしらんがな。最近はどうも、面倒なやつらに絡まれるがちな気がするな。


「ふーん。まぁとりあえず答えたら、どっか行ってくれるってこと?」


「ええ。全てはおにーさんの答え次第ですね」


 女の子は頷くも、随分一方的な言い草だ。

 まぁ別にいい。答えるだけでいいなら答えてやろうじゃないか。

 そう思い、俺は口を開くと、


「金だ」


「へ?」


「だから、金だ。どれだけ金を持っていて、俺に貢いでくれるかが、俺にとって女の子の判断基準だ」


「え?お、お金?その顔なら、いくらでも女の子と遊べるんじゃ…」


「顔とか身体とかどうでもいいから、俺は俺を一生養ってくれて、一生遊ばせてくれるだけの金を持った女の子ならそれでいい。誰でも何人でも大歓迎。これが俺の答えだ。これで満足か?もういいなら、さっさとどっか行ってくれ。こっちは悩み事多くて疲れてんだよ」


 言い切って、俺は三度空を見上げる。

 相変わらず、雲ひとつ見えない青空だ。

 これを見ていると、ちっぽけな悩みなんてどうでもよくなる、なんてことはないが、今のうちにさっさとどっかに行ってくれるとありがたい。

 そう思っていたのだが、


「ぷ、く、くくく…」


 聞こえてきたのは立ち去る足音じゃなかった。

 なにやら笑いをこらえているかのような声が聞こえてきたので見てみると、女の子は腹を抑えて下を向いている。


「あは、あははははは!お、おにーさん!面白っ!それは全然予想してなかったです!お金って!面と向かってそれ言います!?クズすぎますよ!最高ですよおにーさん!」


 そしてそのまま爆笑し始めるが、こっちとしては反応に困る。


「そんな面白いか?別に笑わせるつもりはなくて、至って真面目な本音なんだがな」


「真面目なら尚更タチ悪すぎますよっ!ル、ルリみたいな可愛い女の子にも言えちゃうなんて!ヤバッ、こんななにもかも好みドンピシャな人会ったことないっ!ホントヤバイですってクズおにーさん!レ、レッスンまでの時間潰しのつもりだったのに、こんな人に会えちゃうなんて、やっぱりルリって持ってますよ!ホントクズすぎっ!」


 クズクズ連呼しすぎだろ。失礼なやつだな。付き合ってられん。


「はぁ…なんか疲れたし、俺が先に帰るわ。あばよ、見知らぬ爆笑女ちゃん。もう二度と会わんだろうけど、達者でな」


「あっ、ちょっと待ってください!」


 ベンチから立ち上がり、外に向かおうとしたのだが、何故か呼び止められてしまう。


「なんだよ。まだなにかあんのか?」


「ええ。ルリ、クズおにーさんにすっごく興味あるんです。こんな面白い人、会ったことないですもん。これっきりだなんて絶対嫌です」


「えぇ…んなこと言われてもな。さっきの話聞いてたか?俺、金がないやつには別に興味なんてないんだが」


 まして面倒くさいそうなやつにはもっとない。

 そう告げる前に、女の子は言った。


「ルリ、お金ありますよ」


「へ?」


「薄々思ってはいましたけど、やっぱり気付かれてなかったんですね。ちょっとショックですけど、まぁいいです」


 言いながら、女の子は帽子を外す。

 途端、隠れていた茶色い髪と、長めのサイドテールが姿を見せる。


「なにせルリはこれからもっともーっと輝いて、人気者になるんですから。センターの座だって、すぐに奪ってあげる予定ですもん。『ディメンション・スターズ!』の本当のエースは、このルリなんですからっ!」


 そして、黒いマスクに指をかける。

 細い指先が下がると同時に、隠れていた素顔が顕になる。


「お前は…!」


「さすがにわかってもらえましたか。そう、ルリは『ディメンション・スターズ!』の次期エースこと、未来のトップアイドル立花瑠璃です!」


 そこにいたのは、雪菜とアリサの所属する『ディメンション・スターズ!』のメンバー、ルリだった。

思いがけない人物との邂逅に、俺は驚きを隠せずにいた。


「ルリとクズおにーさんは、長い付き合いになるんですから、これからはルリのこと、よく覚えておいてくださいね、クズおにーさん♪


「長い付き合いだと…?」


「ええ。ルリ、クズおにーさんのこと、すごく気に入っちゃいました。だから、ルリがおにーさんにとって、都合のいい女の子になってあげます。ファンも皆には内緒の、特別大サービスですよ♡」


 まだ事態の飲み込めていない俺に、ルリは満面の笑顔を見せると、


「トップアイドルの座もおにーさんも、全部ルリが頂きですっ♡ルリがクズおにーさんのこと、養ってあげちゃいますからっ♡」


 そう言って、小悪魔のように微笑んだのだった。






ダメンズにはダメンズをぶつけるんだよ!


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