私達が、一生養ってあげるんだからねっ!

「雪菜、それにアリサも来たのか…」


 来ること自体は分かっていたものの、今来るとは。

 なんてタイミングの悪い…いや、考えようによっては逆にいいのか?

 どの道説得はするつもりだったし、この流れに乗って話をするのはアリだろう。

 そう思い直していると、ふたりが俺の方へと近づいてくる。


「うわ、一万円札が舞ってるねー」


「どうアンタ絡みでしょ?いったいなにがあったのか、説明しなさいよ和真」


 物珍しげにヒラヒラと宙を舞う一万円札札を眺める雪菜はいいとして、俺を端から関係者と決めつけているアリサはどうかと思う。

 まぁ間違ってないんだが、俺のことをもっと信用してほしいもんだな。

 日頃の行いは確かに良くないかもしれんが、きっかけを作ったのはそもそも伊集院であって、俺ではないのだ。

 そんなことを考えながら、ひとまず来たばかりで事態を把握していないふたりに、簡単に説明することにした。


「まぁ色々あってな。細かいことは後で話すが、とりあえず問題は解決していて、締めに入ってたところにふたりが来たって感じだな」


「その色々が気になるんだけど…」


「まぁいいじゃないアリサちゃん。カズくんが解決したっていうなら、それでいいんだよ」


 深堀りしてこようとしてくるアリサに、雪菜がフォローを入れてくる。

 こういう細かい気配りをしてくれるのは助かるな。

 監禁だのなんだの言っても、なんだかんだ俺に甘いのが雪菜のいいところだと思う。


「雪菜はいつもそうよね…ハァ、とりあえず話が終わってるっていうなら構わないけど、それなら席に座ったほうがいいんじゃないの?もうすぐHRの時間も終わるじゃない」


「あっ!そうよね!先生、授業の準備もあるから早く職員室に戻りたいし、皆席について…」


「待った。その前に、ふたりに話があるんだ」


「話?」


「なんの話よ?」


「ってまたなのぉっ!もういいじゃない!早くしないと、私また主任に怒られちゃうのよぅっ!お願いだからHR進めさせてぇっ!」


 半べそをかくユキちゃんをスルーし、俺は幼馴染ふたりを真っ直ぐに見据える。

 せっかくの機会だ。このタイミングを活用しない手はない。HRなんて毎朝やってることだし、学生にとっては今しか出来ないことをすることのほうが重要なのである。

 先生なら、是非そこらへんを配慮してもらいたい。この経験はきっとユキちゃんの糧になるだろうし、悪いことじゃないだろう。どこで役に立つかは知らんけど。


「実はな、ふたりに重大なことを言わないといけないんだ」


「どうしたの?あっ、ひょっとして、お金がないとか?ならちょっと待って。すぐに渡すから」


「全くしょうがないわね。今いくら持ってたかしら…」


「いや、違うんだ。今は小遣いの話じゃない。俺が話したいのは、もっと別のことだ」


 財布を取り出そうとするふたりを制する。

 確かに小遣いは欲しいが、今優先すべきはそっちじゃない。


「じゃあなに?」


「うむ。実はな…」


「勿体ぶらないでさっさと言いなさいよ。どうせ大したことじゃないんでしょ?」


 胡乱げな目で俺を見てくるアリサ。

 昔から変わらない、幼馴染の辛辣な態度に、俺は思わず苦笑する。


「まぁそうかもしれないな。ただ、今は黙って聞いてくれ。結構大事な話なんだ」


「そうなの?」


「ああ。実はさ…俺、ふたりと距離を取ろうと思うんだ。そのほうが、お互いのタメになると思ってさ」


 そう、あっさりと言い切った。

 途端、ふたりは目を丸くする。


「え…?」


「なに言ってるの、和真…?」


「いやな、ちょっと複雑な事情があるというか、輝かしい未来のためというか、まぁそんな感じだ。悪いな」


「悪いって、なによいきなり!事情もなにもないでしょ!?いきなりそんなこと言い出すとか、どういうつもりよ!?」


 なるべく話が重くならないようにという、俺なりの配慮のつもりだったのだが、アリサは肩を怒らせ、こちらに食って掛かってくる。


「落ち着け、アリサ。だから事情があるんだって」


「これが落ち着けるはずないでしょ!?なに!?お小遣いが足りなかったの!?なら、もっとあげるわよ!!!欲しいなら欲しいって、そう言えばいいじゃない!距離を取りたいとか、いきなり言われても意味わからないんだから!」


 アリサが怒るのは予想していたが、この怒り方は想定以上だ。

 もはや激怒と言っていいほどの勢いと剣幕で詰め寄ってくる幼馴染に、俺は思わずたじろいでしまう。


「そんなの絶対認めないんだから!アンタは私がいないと、なにも出来ないししようとしないじゃない!和真にはね、私がついていてあげないとダメなの!アンタがなにを言おうと、私は絶対和真から離れないから!!!」


「アリサ…」


「雪菜もなにか言ってあげてよ!和真がこんな馬鹿なことを言い出すなんて、なにか理由が…」


 目尻に涙まで浮かべるアリサだったが、ここで雪菜に向かって振り返る。

 ふたりで俺を説得をするつもりなのだろう。だが、生憎と俺はどんな言葉にも耳を貸すつもりはない。


 幼馴染への情<<<<(超えられない壁)<<<<生涯養ってもらうこと


 これが絶対だからだ。

 俺にとって金と養ってもらうことは、なによりの優先事項なのである。

 そのために、幼馴染を切り捨てることだって俺は厭わない。

 まぁ実際はこの場で伊集院にアピールすることが目的なので、後でこっそり事情を説明して口裏を合わせてもらい、いつも通り裏で金を貰い続けるつもり満々だったりするのだが、さすがにそのことを伊集院の目の前で話すわけにはいかないからな。


(敵を騙すためにはまず味方からとも言うし、悪いがこの場は嘘を突き通させてもらうぜ!)


 そう密かに覚悟を決めたのだが…




「監禁、しなきゃ」


「へ?」


 雪菜がポツリと、なんか不穏なことを言い出した。


「カズくんが私から離れたいとか、そんなことを言い出すはずないもん。おかしいよ。カズくんはお金が大好きなクズで、私に寄生しないと生きていけないのに」


「あ、あの?雪菜さん?」


「きっと、誰かに誑かされたんだ。他の女の子にも寄生しようとしてるんだ。やっぱり監禁しなきゃ。クズなカズくんも大好きだけど、私だけがカズくんを見放さないで一生養ってあげれるんだって、身体に教え込まないと。私から離れるなんて考えられないようにしてあげないと、やっぱり駄目だったんだ。カズくんは私だけのもので、私もカズくんだけのものだって躾てあげないと、クズなカズくんにはやっぱりわかってもらえないんだよ。うんそうだ、そうだよ。やっぱり監禁が、私達が一番幸せになれる方法なんだもん」


 ハイライトの消えた目で、なにやらブツブツ呟いている黒髪の幼馴染に、俺は思わずビビってしまう。


「ねぇ、カズくんもそう思うでしょ?」


「えっ!うぇっ!?」


 ギョロリと眼球だけを動かし俺を視界に収める雪菜だったが、ハッキリ言ってめちゃくちゃ怖い。


「監禁。されたいよね?」


「え、あの」


「私に、監禁、されたいよね?」


 圧が。圧がすごい…

 あの日も大概だったが、今はより一層プレッシャーを増しているように感じる。

 こんなんビビらないほうがおかしい。豹変した雪菜に引いていると、アリサが割って入ってくる。


「ゆ、雪菜!さすがにそれはやりすぎじゃ…」


「アリサちゃん。アリサちゃんはいいの?このままじゃ、カズくんを他の女の子に取られちゃうよ?」


「え…」


 雪菜の言葉に、アリサは固まる。


「私は嫌だよ。絶対、絶対カズくんを譲りたくない。カズくんは私のなんだから」


「そ、それは。私だって…!」


「なら、協力しようよアリサちゃん。ふたりでカズくんを監禁しよう」


「え゛」


 あ、あの雪菜さん?

 なにとんでもないことを言い出しておらっしゃるのです?


「私も…?」


「うん。本当は嫌だけど、今は緊急事態だから特別に許してあげる。私達ふたりで、カズくんを監禁して私達だけのカズくんにするの」


「で、でも。そんな…」


「カズくんが、他の女の子に養われてもいいの?そしたらもう、カズくんのお世話をしてあげることも出来ないんだよ?アリサちゃんはそれでいいの?」


「っ!?」


 雪菜の問いかけに、肩を震わせるアリサ。

 露骨に大きな反応を見せていたが、それを見て雪菜はアリサの顔を覗き込むように目を合わせる。


「アリサちゃん。自分に素直になりなよ。本当はアリサちゃんだって、カズくんのことを独占したいんだよね」


「…………それは」


「なら、やらないと。カズくんはクズだから、すぐにフラフラして、他の女の子を口説いて養ってもらおうとするんだよ。そんなの、私は嫌だよ。カズくんは私がダメ人間にしてあげるの。他の子には譲れない。アリサちゃんだって、そうだよね?」


「………………」


 おい、ちょっと待て。正気かお前。

 なんてやべーことを言ってるんだコイツは。

 雪菜がやろうとしていることは洗脳に近いぞ。周りをみれば、クラスメイト達も明らかに引いている。ダメンズファンの男連中でさえ、頬を引きつらせてるのだから、相当だ。


「はぇー…小鳥遊さん、いいこと言うわね。監禁かぁ。浪漫あるなぁ…ストレスひどいし、私もやってみようかなぁ…」


 なにやらユキちゃんだけは感心しているようだったが、それ以外の皆は若干後ずさり、距離を取りまくっている。

 教室のど真ん中にライブステージさながらの注目が集まっているが、巻き込まれているこっちは色んな意味でたまったもんじゃなかった。

 明らかにヤバイ空気が教室を包み込む中、空気を読まないやつが約一名、雪菜に向かって動き出した。そいつが誰なのか、今更言うまでもないとは思うが、金髪縦ロールお嬢様の伊集院である。


「セツナ様!」


 なにやら覚悟の決まった顔で、伊集院は雪菜の前に立ちはだかると、両手を広げて俺を見えないように隠してくる。


「セツナ!もう和真様に拘るのはお辞めください!貴方はトップアイドルとして、アイドル界の頂点に立つべきお方!和真様から離れ、正しい道を歩む時が来たのです!この方のことは、どうかお忘れ下さい!セツナ様の分まで私が責任を持って和真様を生涯養いますから!」


「…………」


「ですからどうか、セツナ様はどうかダメンズの活動に専念「邪魔」ぴぎゃあっ!」


 裏拳一閃。

 雪菜は右手を造作もなく振るうと、伊集院を軽く一蹴した。

 ドンガラガッシャンと、豪快な音を立て床に転がる伊集院。


「お嬢様!?」


 姫乃が即座に駆けつけ抱き抱えるも、その顔にどこか恍惚の色が浮かんでいたように見えたのは気のせいだろうか。


「ちょっ!おまっ!?」


 目の前で振るわれた幼馴染の暴力に、さすがの俺も慌ててしまうも、何事もなかったかのように雪菜はもうひとりの幼馴染へと目を向ける。


「アリサちゃん、答えは出た?」


「…………ええ、出たわ。雪菜…確かに、和真は監禁しないとダメなみたいね」


 釣られて俺もアリサを見るのだが、普段勝気だった幼馴染の目から雪菜同様ハイライトが消え失せていた。


「ひぇっ…」


「そっか。なら、答えは一緒だね」


「そうね…ねぇ、和真?」


 そして幼馴染ふたりの黒い眼差しが、そのまま俺へと向けられる。


「あ、あの、雪菜さん?アリサさん?」


「働きたくないんだよね?」「働きたくないのよね?」


 同時に聞こえるその声は、地獄の底から響いてくるような闇を感じさせる、アイドルとは思えないデスボイス。

 逆らえない何かを感じ取り、俺は思わず頷いてしまう。


「え、あ、はい」


『一生、働きたくないんだよね?』


「う、うん」


『一生、私達に養ってもらいたいんだよね?』


「そ、そうです」


 ふたりの問いに、俺はただ頷くしかない。

 まるで生まれたての小鹿のように、足もカクカクいっている。

 気分はもう、悪魔の儀式で捧げられる貢ぎものそのものだ。


『なら、私達だけでいいよね?』


「は、はい?」


「私達だけが、カズくんを、和真を養ってあげられるの」


「なら、私達以外の女の子なんて必要ない。そうよね?」


 ふたりが、ズイっと顔を寄せてくる。

 とても精巧に整った美貌のはずが、今は悪魔もかくやの恐ろしさだ。


「そ、それはその。養ってくれる人数と保険は、お、多いほうがいいかなーって…」


『ひ・つ・よ・う・な・い・よ・ね?』


 底のない暗い瞳がそこにある。

 メチャ怖い。それが俺のシンプルな感想で、


「は、はひ…」


「うん♪ならよし✩」


「和真なら、頷いてくれると信じてたわ」


 ふたりの声に、俺は逆らえなかった。

 頷いた途端、パッと離れて明るい声を出す幼馴染達が、とても恐ろしい存在に思えてくる。


「ねぇ、カズくん」


「和真」


「は、はひっ!」


 上ずった声で答える俺に、ふたりは満面の笑みを向け、


『私達が、ずっと、ず―――――っと!養ってあげるからね!』


 働きたくない俺にとって、とても有難い宣言をしてくるのであった。





「一生逃がさないからね♪…絶対」


「アンタは私が養うの。いいわね、和真?」


「は、はい…」


 もしや、寄生されたのは俺のほうなのではないかと、そんな考えが脳裏に浮かんでしまったのは、また別の話であったり。








というわけで、一章はここまでとなります

後はエピローグが挟まりますが、二章はVtuber編となる予定です

一応冒頭に手をつけてはいますので、折を見て投稿しようかなと考えています

投稿したら読んでもらえると幸いです

 

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