働きたくないという覚悟はあるか?
働きたくないというのは簡単だ。
実際に働かないことも、周りの目とか世間体とか、他人がどう思うかを気にしなければ、結局は本人の意思次第。
若い時の苦労は買ってでもしろとか、働くのが当たり前だとか、今の時代にそぐわない頭のおかしいことを言うやつも多いが、一生働かずに生きていける金さえあれば、働く奴はそうはいないだろう。
見栄を張ったところで、結局人は誘惑に抗うことはできないのだ。
苦痛に耐えるより、楽なほうに逃げたいと思うのは、人として正常な思考なんだからな。
だが、働きたくないと思っていても、何故大多数の人間は働くのか。
それは突き詰めた話、金がないからだ。
仮に自分ひとりなら問題なく生きていけるだけの蓄えがあったとしても、結婚して子供が出来て、家族が増えれば、その分働き続けざるを得なくなる。
親になったことで生まれる責任感を、社会は働かせるための潤滑油として利用してくる。
家族という人質を取られ、働かなくてはいけなくなり、一生を会社の歯車として労働力として使い潰されるというわけだ。
そして子供は、そんな親の背中を見て育つことで、働くことは当たり前だと刷り込まれる。
その結果どうなるかは、言うまでもないだろう。辿る道は差異あれど、結局親と同じ結末を迎え、人生の幕を閉じるのである。
まさに搾取に次ぐ搾取。負の無限ループだ。俺たちの済む世界のシステムとして既に組み込まれており、逃げ出すことは出来ない。
例え納得出来なくても、人は慣れる生き物だ。同時に流されやすい生き物でもある。
抗うよりも、周りに合わせたほうが楽だからだ。搾取してくる側の人間に従い続けながら、愚痴をこぼしているだけで、社会のシステムから外れることを良しとしない。
だからいつまでも上の人間が肥え続け、下の人間は働き続けるしかない。
目には見えない明確な線引きがなされた理不尽な世界のまま、いつまでも回り続けている。
さて、ここで話を戻そう。
要するに俺が言いたいのは、働きたくないというなら、それ相応の努力が必要だということである。
例え幼馴染ふたりをアイドルとし、小遣いを貰えて養ってもらえる環境が整っていたとしても、そこで満足するつもりはなかった。
なぜなら俺は、絶対働きたくないからだ。
絶対、絶対、絶対に働きたくない。
働きたくないといいながら、働かなくていい環境を構築しようともせず、いざ働くことになってから、『働きたくない』と今更愚痴るような連中とは、覚悟そのものが違う。
確かにアイドルは学生のうちから大金を稼げる可能性がある、希少な職業のひとつではあるが、同時に人気商売だ。
上がり調子の今は良くても、来年、再来年と、先を見据えれば落とし穴はいくつもある。
ダメンズ自体の人気が突如急落し、稼げなくなるかもしれない。
もしくは怪我をして、ライブが出来なくなるかもしれない。
あるいは病気。あるいは事務所のスキャンダル。エトセトラエトセトラ。
例を挙げればキリがない。そうなったら、俺は養ってもらえないだろう。
これまで養ってもらったんだから寄り添って支えてやれとか、見当外れの綺麗事を言うやつもいるだろうが、そんなんアホかだ。
そうならないために、俺は普段からちゃんとふたりに気を配ってる。
ライブ等も逐一チェックしている。だが、それでも不幸は突然襲ってくるものだ。
今は良くても、未来に絶対はない。
なら、絶対の確率自体を引き上げる方法を模索するのは、当たり前のことだろ?
働きたくないことと、楽をしたいことは別問題だ。
試行錯誤を忘れ、ただ楽な方向に逃げて、そこで思考停止するようなやつに、働きたくないなどと言う資格はない。
少なくとも、そんなやつ俺は認めない。ただ他人に寄生し、盲目的に幸福な未来だけしか考えないようなクズとは、俺は違う。
以前の俺はギャンブルでの一発逆転を否定したが、他人に人生を預けることも、ある意味一種のギャンブルだ。
だからこそ、養ってくれる人数と金は、多ければ多いほどいい。
それだけ穴を潰せるし、絶対をより確実なものに出来るからな。
今回の件だって、その一環だ。
人気商売であくまで人気アイドルユニットとしての階段を登り始めた雪菜達と、財閥令嬢に生まれつき、一晩で億の金を動かせる伊集院とじゃ、現段階じゃ住んでる世界のステージそのものが違う。
アイドル<<<<(超えられない壁)<<<<財閥令嬢
これは絶対の方程式だ。
安定感も違うし、なにより使えるコネやツテが段違いだろうからな。
追加で金を引き出すだけなら簡単だったが、そこで関係が切れてしまうし、なにより伊集院の俺に対する心象は悪いままで固定されることになる。
「それがお前の覚悟か。伊集院、二言はないな?」
だからこそ、伊集院を揺さぶり追い詰め、動かざるを得ない状況を作り上げた。
自分から俺を養うという言質を取ることこそ、一億のアタッシュケースを見た瞬間に脳裏に描いた計画だった。
「勿論ですわ。伊集院財閥の名に賭けて誓います」
「本当だろうな?毎日高級寿司やA5ランクの肉を食わせてもらうぞ?ガチャだっていくらでも回させてもらうし、スパチャもやりまくる。日本中に遊び用の高級マンションだって買わせてもらうからな」
「構いません。A5だろうと本マグロだろうとガチャ1000連だろうと最高級ロイヤルスイートホテルだろうと、億ションだろうと。いくらでも食べて寝て買って、そして利用してください。貴方がなにをしようが、全てを受け入れる覚悟が出来ました」
俺を真っ直ぐ見つめる伊集院の瞳に、迷いは見受けれられなかった。
それが世間的には間違った道を進もうとしているのだとしても、だ。
「……その目。嘘じゃないようだな」
「ええ。全ては、『ディメンション・スターズ!』を守るため。そのためだけに、私はここにいるのですから」
伊集院は『ディメンション・スターズ!』と心中する覚悟を固めている。
姫乃が忠告したとしても、きっと受け入れられることはないだろう。
「迷いはもうない、か。いい顔してるぜ、伊集院。今のお前なら、『ディメンション・スターズ!』に加入してアイドルだってやれるんじゃないか?」
「フッ、ご冗談を。私などが、あの方達に並ぶなど恐れ多い…ただ、その言葉、お世辞だとしても、有り難く受け取っておきますわ」
「お世辞なんかじゃないんだけどな。本当に今のお前は、誰もが見惚れる美人だと思うぜ、伊集院。胸を張っていい。俺が保証してやるよ」
「……本当に、ひどい人ですわね、和真様は。こういった出会いでなければ、私はきっと…」
顔を赤くし、縦ロールをいじる伊集院を微笑ましく思いながら、俺は内心己の勝利を確信していた。
計画は今、成就の時を迎えようとしている。残っているのは、最後の仕上げのみだ。
「…………お前の覚悟は伝わった。なら、俺もそれに応えないとな」
「ぁ…………」
「ふたりを説得してみるよ。ちゃんと話したら、きっとふたりも納得してくれるはずだ」
苦笑しながら答えると、みるみるうちに、伊集院の瞳に大粒の涙が浮んでいく。
「あ、ありがとうございます!」
「ただ、忘れないでくれ。契約を破ったら、俺は即効でまた雪菜とアリサにタカるからな?そのことだけは、頭に入れておいてくれよ」
そう言いながら、俺は右手を伊集院へと伸ばした。
握手による契約成立をアピールするためだ。
俺の意図に気付いた伊集院もまた、自分の手をこちらに向かって差し伸べてくる。
「ええ。それでは…」
「契約成立、だな」
そうして、俺達はガッチリ握手を交わそうとしたのだが―――
「皆、おはよう!」
「おはよ。って、皆なにしてるの…?」
ガラリという盛大な音とともに、眩い煌きを放ちながら、ソイツ等は現れたのだった。
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