やだ、この子タチ悪いわ…
「私、私は…」
伊集院は答えない。
いや、答えられないと言ったほうが正しいか。
自身のアイデンティティーといえるものを、過去の自分の行動によって否定されようとしているんだからな。
それは誰のせいにも出来ないものだ。言い訳をさせるつもりはない。
したところで、俺がその矛盾を突きつける。どう足掻こうとも、最終的に伊集院には受け入れる以外の道は存在しない。
「私、は。私は…」
だから認めろ、伊集院。
自分のやろうとしたことの浅はかさを。いかに短絡的な行動を取ろうとしたのかを。
それを理解すれば、お前は先に進むことが出来るのだから。
「―――悪かったな、伊集院」
そのために、俺は少しだけ手助けをしてやることにした。
「え…………」
「ちょっと言い過ぎたわ。なんかみんなの前で、責めるみたいになっちまったよな。そんなつもりはなかったんだ」
そう言って頭を下げる。
「答えづらいことを聞いちまったよな。お前はわざわざアイツ等のために転校までしてきたんだから。ダメンズへの情熱は本物なのに、疑うようなこと言って本当に悪かったよ。素直に謝るわ、ごめんな伊集院」
「い、いえ、そんなことは」
「だからさ―――」
少しだけホッとする様子を見せた伊集院に、俺は穏やかに微笑むと、
「この一億、俺は受け取るよ。伊集院」
諦めたように、そう言った。
「―――――え?」
「こう言っちゃなんだけど…伊集院財閥みたいなデカイ組織相手に歯向かうとか、俺怖いんだ。俺なんてただの小市民だし、伊集院のところに逆らう力や手段なんてないからな…」
目を伏せて、自嘲するようにそう呟く。
伊集院はなにを言われたかわかってないようだが、それでいい。
ここから、嫌がおうにも理解することになる。いや、させる。
「この一億は、伊集院なりの慈悲だったんだろ?手切れ金を渡すから、大人しく引き下がれって、そう言うことなんだろ?そうじゃなければ…いや、言う必要なんてない、か。分かってるよ、俺はお前に従う。そうすれば、なにもしてこない。そういうことで、いいんだよな?」
「え、い、いいえ。そんな、私、そんな…!」
俺が言外になにを含ませているのかを理解した伊集院は、否定してくるが、もう遅い。
「いいって。わかってるから。俺はお前に逆らうつもりなんてないからさ。だから、この金を貰って、大人しく引き下がる…だけどさ、これだけは約束してくれ」
周囲の視線には、俺に対する同情が含まれ始めている。
そのことを感じながら、俺は続ける。
「アイツ等のこと、大切にしてやってくれ。俺は確かに金こそ受け取っていたけど―それでもあのふたりは、俺にとって、本当に大切な存在だったんだ」
「――――!」
「それとさ。ふたりから離れることを俺は受け入れるけど…さすがに、説明自体は必要だろ?だから悪いけど、その理由は言わせてもらう」
大きく目を見開く伊集院に、俺は意識して諦めた笑顔を向けた。
「伊集院に言われて、お前たちと離れないといけなくなったってさ。一億を渡されて離れるように言われたことも。あぁ、ふたりがそれぞれ5千万円の価値を伊集院に付けられたことも、言わないとダメだよ、な…」
「え、あ…!」
「仕方ないだろ?だって、そうしないと、ふたりだって納得してくれないだろうからさ。説明はどうしたって必要だ。その後ふたりが、伊集院のことをどう思うかは、俺のあずかり知らぬとこだけど…そこはまぁ、頑張ってくれ。ただ…」
言葉を区切る。
「俺ならそんな値段で無理矢理幼馴染から引き剥がされて、今後ソイツに従わないといけないって分かったなら…絶対ソイツのこと、許さないだろうけどな」
内心口元がニヤけそうになるのを、抑えながら、俺は告げた。
「ぁ…………!」
「ああ、あと言い忘れてたけど、アイツ等は俺を養ってくれるためにアイドルやってたんだ。俺から引き剥がされたら、もうアイドル続ける理由もないかもしれんが、そこはファンクラブナンバー一桁の意地を見せて、なんとか説得してくれ。ファンのために歌ってもらうように…って、そういや、そのファンから歌う理由なくされるのか。ま、そこはお前の頑張り次第だろうな」
伊集院の知らない情報を織り交ぜて、話を続ける。
「そ、そんな…」
「え、伊集院さんが原因で、ふたりともアイドル辞めちゃうってこと…?」
「お、おい!なにしてくれてんだよ伊集院!」
ざわめく教室。この場に置いて、もはや俺を責めるようなやつはいない。
ダメンズのファンが特にこのクラスには多かったからな。全ての敵意は、伊集院へと向けられている。
「ま、コイツ等の説得も、お前のやるべきことだ。頑張れよ、伊集院。この金を受け取ったら、俺にはもう関係ないことだ」
そう言って、俺はアタッシュケースへと手を伸ばす。
―――さぁ、どうする伊集院?ここが最後のチャンスだぜ?
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