やっぱこの子ってクズだわ!

 ヤベェよヤベェよ。修羅場だよ修羅場。


「うー!」


「むぅ…」


 白と黒のバニーガールが、至近距離でにらみ合う光景を、俺は戦々恐々とした面持ちで見守っていた。

 美少女バニーが対立する構図はこんな状況でなければご褒美だが、取り合う対象が自分なのが笑えない。

 こういうのは他人事なら笑えるが、自分の身に降りかかった災厄など、ただ最悪の事態でしかないからだ。

 楽して人生過ごしたい俺にとって、修羅場なんてメンタルにクるイベントはノーサンキューなのである。


(くっ、どうしてこんなことになったんだ。俺はただ、誰でもいいから養ってくれて、遊ぶ金を渡してくれればそれでよかったのに…!)


 争う必要なんてどこにもないし、ふたり仲良く笑顔で俺に金をくれれば、それでいいじゃないか。

 その金を俺も笑顔で受け取るし、散財だっていくらでもするというのに。

 どうにもならない状況のなか、俺に出来たのはただ祈ることのみだった。


 (神様!どうかこの状況を打開する一手を打ってくれ…!)


 それはまさしく神頼み。他力本願の極みというべき祈りを天に捧げていたのだが、俺の真摯な想いが届いたのか、ここで事態は大きく動くことになる。


「あのふたりとも、さすがに和真をダメ人間にするっていうのは、私としてはやってほしくないんだけど…」


 これまで空気だったアリサが、ふたりのバニーに向かって話しかけたのだ。

 銀色のツインテールと青いウサミミを揺らしながら、冷静に幼馴染達を諭し始めた。


「なんで?」


「だって、今でもただでさえダメ人間なのに、これ以上ダメ人間になられたら困るじゃない。ほらその、好きな人にはちゃんとしていて欲しい女の子だって、いると思うっていうか…」


 おずおずと、だが確かに自分の意志を伝える銀髪の幼馴染を目にして、俺の体に電流が走る。

 …………ここだ。ここしかない!ここで乗らなければ、未来はない!

 俺は腕を上げ、アリサの後押しをするべく、口を開いた。


「そ、そうだぞー。アリサの言う通りだぞー」


「あ、ほら。和真もこう言ってるし。とりあえず一度落ち着いて話し合ったほうがいいと思うのよ、ね?」


「そうだぞー。そうしたほうが絶対いいぞー」


「うん、そうしましょうよ。和真もそう言ってるし!」


 うむ、我ながら中々のアシスト力だ。

 少しわざとらしかった気がしないでもないが、確実に場の流れを変えることができたはず。そう思い、ホッと胸をなで下ろしかけたのだが。


「…………アリサちゃんって、結構あざといよね」


 雪菜がアリサのことをジト目で見ながら、白けたように呟いた。


「へ?」


「ご主人様に後押しされて、自分をアピールする腹づもりですか。中々黒いところがあるお方なのですね」


「え?いや、そんな考えはないんだけど…」


「私知ってるんだよ、カズくんにこっそりお金渡してるよね。それも私より多く。カズくんのこと一番甘やかしてるのはアリサちゃんじゃない。そうやって好感度稼ぐの、ずるいなって思うよ」


「ち、違うわよ雪菜!私、そんなつもりはなくて!」


 アカン、またまずい流れになっておる。

 一之瀬が続いてアリサが戸惑っているタイミングで、すかさず雪菜が追求に入るという、白黒バニー同士の謎の連携力により、青バニーガールはすっかりしどろもどろだ。

 女子の敵は女子と聞くが、幼馴染であっても容赦のない追撃っぷりは、友情というものの儚さを感じさせるものがある。


 (だが、考えようによってはこれはチャンスだ)


 矛先がアリサに向かったことにより、雪菜の俺への意識が薄まっている。


「おっぱいだって、私より大きいし。私だって86あるのに、アリサちゃんのほうがおっきいから目立ってないし」


「ちょ、ちょっと。それは今はいいでしょ!」


「知ってるんだよ。公式では88ってなってるけど、本当はもうきゅうじゅ…」


「わー!待って!和真の前で言わないでぇ!」


 ふたりが騒いでる隙を見計らい、俺は自慢のイケメンフェイスを一之瀬へ近づけ、彼女にだけ聞こえるように話しかける。


「聞いてくれ一之瀬。アリサを追い込むようなことはしないでくれないかな。それに、雪菜と喧嘩もして欲しくない。ふたりとも、俺にとって大事な幼馴染なんだよ」


「ご主人様、ですが私は…」


 俺の言葉に眉をひそめる一之瀬。明らかに納得いっていないという顔だ。

 …仕方ない。時間もないし、切り札を切るか。俺は顔を一之瀬の耳へと寄せると、出来るだけ声を低くし、囁きかけた。


「俺の命令が聞けないのか?」


「ぁ……」


「俺をご主人様と呼ぶなら、俺の言うことを聞けるよな―――姫乃」


 名前を囁いた途端、姫乃の体がびくりと跳ねる。


「あ、ご、ご主人…」


「聞ける、だろ?それとも、俺の命令を無視するっていうのか?」


 姫乃の赤らんだ頬を撫でながら、出来る限り蠱惑的な声色を、意識して絞り出す。

 こんなこともあろうかと、密かにイケボの特訓をしていたのだ。

 その成果は程は、すぐに証明されることになる。


「いいえ、従います…貴方の命令なら、どのようなことでも…」


 うっとりとした表情を浮かべる姫乃。

 どうやら賭けに勝ったようだ。


「そうか。いい子だ姫乃。素直な子が、俺は好きだぜ。今度金を持ってきてくれると嬉しいな」


「分かりました、ご主人様ぁ…♡」


 陶酔している姫乃の髪先を、指でくすぐりながら褒めてあげると、彼女はまたも身震いし、了承の返事をしてくれた。


「よし。じゃあちょっと雪菜も説得してくるから、じっとしていてくれよ。その後で、撮影の続きやるからな」


「はい♡」


 よし、もう大丈夫だろう。

 目にハートマークを浮かべる姫乃から身を離し、背を向けた。


 …クククッ、チョロいぜ!


 やはり俺は天才かもしれんな。俺の手にかかれば、ザッとこんなもんよ!

 そうだ、俺は超イケメンにして超イケボの超幸運に恵まれし、生まれついての勝ち組男!


 美少女だろうが、本気になれば落とすくらい造作もないことだったのだ。

 いやぁ、ビビって損をした。この調子で、雪菜も軽くコマしてやるとしよう。

 姫乃を落としたことで自信がついた俺は、颯爽と雪菜のもとへ向かうのだった。

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