ダメ人間を巡る修羅場とか、それなんて地獄?
「ねぇカズくん?どういうことなの?なんでいきなりご主人様って言われてるの?私がいるんだから、別に他の女の子に尽くされる必要ないよね?私、カズくんにならいくらでも尽くしてあげるよ?だって、養ってあげるって約束したよね?私、カズくんに養って欲しいって言ってもらえた時、本当にうれしかったんだよ。あの時のこと、今でもよく覚えてるもん。カズくんには私が必要なんだって、心から思えたんだ。私、カズくんと初めて出会った時、運命だって感じたんだよ。あ、この人が私の運命のヒトだって、ひと目で分かったの。だからいつだってカズくんのそばにいたかったし、カズくんに頼って欲しかったんだ。そしたら、ずっと一緒にいられるもんね。私はあの約束、絶対守るよ。一生カズくんのこと、養ってあげる。だからカズくんも、私に一生養われてよ。そう、私だけ。私だけがカズくんを養うし、どんなカズくんだって受け入れてあげる。いくらでもクズになっていいよ。どんなカズくんだって、カズくんには変わりないもん。それに、ダメになってくれたほうが、他の女の子が寄ってこないからいいと思ってた。なのに、ねぇ。なんでカズくんのほうから、他の子に抱きついてるの?ご主人様ってどういうこと?私じゃ尽くしきれてないってこと?カズくんのダメなところも受け入れてあげれるの、は私だけなんだよ?アリサちゃんだって引いちゃうはずだもん。ダメだよカズくん。ダメ。私がカズくんのことをダメにしてあげるんだから、他の子に尽くされたらメッなんだよ?分かるカズくん?私の話、ちゃんと聞いてる?」
「あ、はい。聞いてますです、はい」
嘘ッス。聞いてないッス。
めっちゃ長いしまともに聞いたらダメな気配プンプンするんで、ガチスルーしてるッス。申し訳ないッス。だって怖いんだもん。俺悪くない。
ハイライトの消えた目で息継ぎなしに、淡々と話しかけてくる雪菜に、俺は刻々と頷くのみだ。
体が震え始めてるのは、決して気のせいではないだろう。
自分ではメンタルは強いほうだと思ってたんだが、今の雪菜さんの発する圧は尋常ではない。
なんか黒いオーラを纏ってるし、ヤバイ気配がプンプンしておる。
そんな俺を心配したのか、こちらを覗き込むように、一之瀬が話しかけてくる。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
なんか呼び方が変わってるが、ご主人様とは俺のことだろうか。
まぁさっきの発言からしてそうなんだろうが、こんな状況だってのになんかこそばゆいものがあるな。
世のメイド喫茶に行きたがるオタクの気持ちが、少しわかったような気がするが、それはそれとして今の状況は全然大丈夫じゃなかった。
一之瀬に抱きついたまま、俺は答える。
「あんま大丈夫じゃないかも…もうちょい抱きついてていい?」
「はい。どうぞいくらでも。ご主人様に必要としてもらえることが、私の喜びですから」
熱っぽい目で俺を見つめてくる一之瀬。
さっきまでは無表情だと思っていたが、こうして間近で見ると頬も僅かに赤らんでいる。
こんな表情も出来るやつだったんだなと、なんとなく感心してしまった俺は、思わず一之瀬を見上げてしまう。
そして、しばし視線を交錯させていたのだが―――
「―――なに見つめ合ってるの?」
底冷えするかのようなデスボイスが、俺達の間を切り裂いた。
「ヒエッ…せ、雪菜さん。これはその、違うッス!」
「なにが違うの?今、一之瀬さんとイチャイチャしてたよね?見つめ合ってるのを私、この目で見てたんだよ?」
「いや、だからその、違うンすよ!な、一之瀬!俺ら、別にそんな関係じゃないって、雪菜に言ってやってくれ!」
漆黒と化した瞳でこちらを捉える雪菜にガチビビリしてしまい、思わず一之瀬に懇願する。
が。
「……ご主人様、私のことは、姫乃と呼んで頂けませんでしょうか?」
「へ!?」
「小鳥遊様や月城様のことは呼び捨てにするのに、私は苗字で呼ぶのは、少し不公平だと思いますので」
そう言って、頬を膨らませる一之瀬。
これも知らなかった彼女の一面だったが、この場で見せてくる必要は絶対なかったと思う。
「名前…?」
そんな俺達のやり取りを見て、さらに雪菜の闇のオーラが増加する。もはやアイドルではなくダークバニーだ。
こちらの首を一撃で刈り取るくらい、今の雪菜には造作もないことだろう。
それを見て、俺は大いに慌てる。ガチで身の危険を感じたからだ。必死にならざるを得ないだろう。
「いや、そんなこと言ってる状況じゃないだろ!?」
「私にとっては、とても重要なことなのです。さぁ、どうか名前で呼んで下さいませ」
「ちょっ、おまっ!?」
グイっと顔を近づけてくる一之瀬。
意外とワガママだなコイツ!?いや、それ以上に、空気読めてなくない!!??
誰が見たって、今は大ピンチなんですけど!?
「ふーん、そっか…一之瀬さんは、そうなんだ…仲良く出来ると思ってたのに、残念だよ」
いつの間にか、雪菜は俺達のすぐそばまで近づいてきていた。
触れ合うほどの近距離で、黒バニーの幼馴染は、白いバニーメイドさんを睨んでいる。
「……小鳥遊様、邪魔をしないで頂けますか。今、ご主人様と主従の契りを結んでいる最中ですので」
対し、一之瀬も負けてはいなかった。
男ならビビってすくみ上がるほどの瘴気に触れているはずなのに、まるでたじろく様子もない。
「そんなの、私が許すと思う?」
「どうして小鳥遊様の許可が必要なのですか?貴方はご主人様にとって、ただの幼馴染でしょうに」
バチバチと火花の音が鳴っている。
恐怖で足がすくみ上がる。
この空間は、既にふたりの修羅場と化していた。
「その、ふたりとも、落ち着い…」
「私はカズくんと約束したもん。一生養ってあげるって」
「そんなの、子供の頃の約束でしょう?この方は、私にとって運命のご主人様なのです」
「はわわわわわわわ」
あ、ダメだこれ。アカンやつや。
「カズくんのことをダメ人間にしてあげるのは、私の役目なの。絶対誰にも譲れない」
「そうですか。では私が責任を持ってその役割を引き継ぎ、ご主人様を今以上のダメ人間に導きますので、どうか小鳥遊様はアイドル活動に精を出して、お嬢様を喜ばせてあげてくださいな」
メイドとは思えない主人をダシにした挑発に、雪菜の眼差しが一層険しさを増していく。
「言うね…」
「そちらこそ」
もはや誰が割って入れる空気でもない。
ふたりの白黒バニーを止めれる存在は、もはや存在しなかった。
すぅっと同時に息を吸い、ふたりは同時に声を発する。
『私がカズくん(ご主人様)を、ダメ人間にするんだから!!!』
…………あの、俺の意思は?なんて、ここで言えるはずがないのであった。
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