私、監禁したい!
「ああ、一之瀬。悪い、待たせてしまったな」
「いえ。女性の着替えに時間がかかるのは当然のことかと。私のことは気になさらないで下さい。これも仕事のひとつですから」
そう言って畏まる一之瀬だったが、その身体はまるで畏まってなかった。
制服を着ている時は気付かなかったが、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという理想的な体型を彼女はしている。
(メイドバニーは邪道だと思っていたが…いやはや、これはありだな…)
思わず関心しながら、彼女の身体をしげしげと眺めていると、頬を膨らませた雪菜が抗議してくる。
「カズくん。他の女の子ばかり見ていちゃ嫌だよ。私のことももっと見て!」
「ああ、悪い悪い。つい、な」
宥めながらも、俺はこっそりヘッドドレスを付けたバニーへと目を向けた。
一之瀬は雪菜達に不埒な真似をしないか気がかりだった伊集院に、撮影の手伝いの名目で監視として我が家に送り込まれてきた、所謂スパイだ。
もっとも、そのことを来て早々本人の口からぶっちゃけられたし、言われなくても余裕で想像つくことだったので、こっちとしてはまるで気にしてない。
むしろありがとうと言いたいくらいだ。なんせダメ元で頼んだら、あっさりバニーガール衣装を着ることを承諾してくれたからな。
学校にメイド服で来るくらいだから、てっきりメイドであることに誇りを持った、筋金入りのメイドさんであると思っていただけに、俺にとっては嬉しい誤算。ちょっとしたサプライズのようなものだった。
(これはお礼に、伊集院にもバニーを着てもらわないとだな。いや、しかし一之瀬もこれだけのものを持っているとは…)
ふたりに比べればスレンダーではあるが、そもそもアイドルと比べるのは酷だろう。それになにも、スタイルの良さだけが、女の子の魅力の全てじゃない。
無表情ながらも日本人形のように整った容姿に惹かれる者は多いだろうし、黒いタイツに包まれた足はすらりとしていてかなりの美脚であることが俺には分かる。
要はどこに魅力を見出すかという話だ。
そもそも、メイドさんが人気アイドルふたりと並んで見劣りしないだけで十分凄いのである。
磨けばそれこそアイドルにもなれるんじゃないか思うが、惜しむらくは、彼女には既に雇い主がおり、メイドさんと学生の二足わらじを既にこなしていることだ。
そこのことに、なんとなくもったいなさを感じていると、なにやらはしゃぐ声が聞こえてくる。
「うわー、一之瀬さんかわいー!バニー似合ってるよ!」
「同感。でも、貴方までわざわざバニーなんて着なくても良かったんじゃない?コスプレしろとまでは言われてないんでしょ?」
「そうではありますが、皆さんも着替えているのになにもしないのは良くないかと思いまして。それに、葛原様もこの衣装がお好みのようですから」
いつの間に仲良くなったのか、三人で会話が弾んでいるようだ。
それはなによりだったが、俺としては色とりどりの衣装を着たバニーガールの美少女が、三人も目の前に並んでいることが重要だ。
(なんとも素晴らしい光景だな…やっぱりバニーガールは最高だぜ)
それだけでも感無量だったが、そんな美少女達が我が家のリビングに勢ぞろいしているというシチュエーションが、なにより俺には好ましかった。
まるで自分が選ばれし人間になれたようで、つい感慨深くなってしまう。
「うんうん。親のいない自分の家で、女の子にコスプレしてもらい、ハーレムを作る。これぞ男のロマンだよなぁ。まるで主人公になった気分だぜ」
ちなみに俺の親は現在夫婦揃って海外へ出張中で、家には俺ひとりしかいない。
そうでなければコスプレ撮影会を決行することはできなかっただろう。なんせウチの親は、ひとり息子である俺に甘くなく、むしろやたら手厳しいところがあるからだ。
転勤が決まった時はよくあるギャルゲ主人公みたく、家に息子ひとり残して海外へという行動を当初はとってはくれず、「お前をひとりで家に残したら、絶対にロクなことをしないのは分かってる。お前のようなクズを育てしまった責任を取るためにも、貴様は絶対一緒に連れて行くからな!」などとたまい、俺を幼馴染達から引き剥がそうと必死だったからな。
無論全力で抵抗したし、最後は雪菜とアリサの二人に泣きついて親父達を説得してもらったが、あの時の両親の俺を見る目は、俺を引き止めるために必死になってくれる幼馴染がいる自慢の息子ではなく、どうしようもないクズを見る目そのものだった。
お袋なんて、「こんないい子達の人生を、こんなクズ息子のために歪めてしまうなんてごめんなさい」とふたりに謝ってやがったのは腹ただしい限りである。
俺は親の手を借りずに永久にニートでいられる手段を確立している、超絶有能息子だぞ?
むしろ果報者くらいに思ってもらいたいものだ。これだから働くことを当たり前のことと刷り込まれている社畜は困る。
その常識自体が間違っていることについて、なにも疑いもしないんだからな。
社畜精神全開の両親と血の繋がりがあることが、こっちとしては嘆かわしくて仕方ないぜ。
(俺は絶対に働いたりしないからな…!)
親の在り方を反面教師とし、働かない決意を改めて固める。
雪菜とアリサには、まだまだアイドルを頑張ってもらう必要があるだろう。
決して働かず、遊んで暮らせる環境を構築する必要があるからだ。
ふたりの稼ぎが俺の生命線であり要である。
働かずに済むなら、俺はどんな努力も惜しまない。それこそハーレムだろうがなんだろうが、作り上げるし維持してみせる!
そう心を決め、俺は未だ談笑を続ける三人へと話しかけた。
「なぁ三人とも、ちょっといいか?」
「ん?なに?あ、そろそろ撮影始めるの?」
振り返り、そう聞いてくるアリサに、俺は軽く首を振る。
「それもあるんだが、まだちゃんと礼を言ってなかったなと思ってな。今日はわざわざ付き合ってありがとう。お陰さまで、本当に助かったよ。感謝してる」
そう言って頭を下げる。親しき仲にも礼儀ありという諺があるように、感謝の気持ちを伝えるのは大事なことだ。
「別にいいよ。全然気にしてないし、カズくんの力になれたならむしろ嬉しいもん!」
「私も問題ないわよ。むしろ、和真に頼ってもらえて嬉しかったというか…これ以上は言わせないでよ、バカ…!」
「私は仕事ですので、お気になさらずです。むしろ、葛原様のことを良く知るいい機会をもらえたので、お礼を言うのはこちらのほうかと」
三者三様の返事が返ってくるが、そのどれもが俺に好意的なものだった。
そのことに満足しつつ、俺は次なる言葉を口にする。
「ありがとな。そう言って貰えるのは助かるが、たまには俺からもなにか礼をさせてくれ」
「お礼?」
「ああ。雪菜達は、俺に何かしてほしいこととかあるか?あるなら、出来るだけ聞くつもりだぞ」
俺の言葉を耳にして、幼馴染達の目がみるみるうちに変わっていく。
「え!いいの!?」
「たまの休みに付き合わせてるわけだからな。アイドル活動も大変だろ?小遣いももらってるし、労わないとな」
よほど驚いたのか、俺の言葉にアリサは目を丸くしていたが、すぐさま雪菜は喜びも顕に飛び跳ねる。
「やったあ!カズくんにお願い聞いてもらえるんだ!嬉しい!」
ウサミミもしっぽも、おまけにたわわなおっぱいも、ピョンピョンと嬉しそうに揺れまくる。
そんな子供っぽい仕草を眼福に思いながら、俺は雪菜に聞いてみた。
「雪菜は俺に聞いて欲しい願い事があるのか?」
「うん!ずっとお願いしたいことがあったの!」
ほうそれは意外、というほどではないか。
雪菜も女の子だし、聞いてほしいことのひとつやふたつくらいはあるだろうし、それが普通だ。
昔から雪菜は俺のことを最優先に動くやつだったから、むしろちゃんと自分の願い事があったという事実を、素直に喜ぶべきなのかもしれない。
「んじゃとりあえず言ってみてくれ。後は内容次第だな」
とは言ったものの、多分雪菜の願いは特に悩むこともなく叶えてやることになるだろう。
基本俺にめちゃくちゃ甘いこの幼馴染の願い事なら、おそらく大したことじゃないだろうしな。むしろ俺にもっと甘えて欲しいとか、そんな感じに違いない。
「うん!あのね!」
そう思いながら、雪菜の口が開くのを待っていたのだが、
「私、カズくんのこと監禁したい!」
黒髪の幼馴染は満面の笑みで、そんなことをのたまった。
「…………Why?」
そして、俺は絶句した。
え、どゆこと?
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