欲望に逆らえるはずないだろ、常識的に考えて
「コスプレ、ですって…?」
「ああ。雪菜とアリサのコスプレ写真を俺が撮ってやる。ダメンズのダブルセンターに、お前の好きな衣装を着せることが出来るんだ。悪い話じゃないだろう?」
「そんなことが…くっ、出来るんでしょうね。あの方達を洗脳している、貴方になら…!」
一瞬否定しようとしたが、すぐに表情を歪めて認める伊集院。
俺達の関係を遠巻きに見ていたコイツには、俺ならあのふたりを説得し、コスプレ出来ることを理解しているのだろう。
そして、それは正解だ。
「そういうことだ。洗脳は誤解もいいとこだが、アイツ等に衣装を着せることなんて俺には造作もないことだからな。さて、どうする?」
「…なんの考えもなく、こんなことを持ちかけてくる貴方じゃないでしょう?いったい、なにを企んでいるんですの」
俺のことを疑うように睨みつけてくる伊集院だったが、別に企みなんてものはない。
「企んでいるって言い方には語弊があるな。俺はただ、一々お前らファンクラブに絡まれるのが面倒ってだけだ。今日も朝っぱらから待ち構えられて、うんざりしてきたところだからな。お互いにメリットのある形で和解したいってだけさ」
「和解?なにを…貴方がセツナ様とアリサ様を解放すればいいだけの話でしょう!?あのお二方は、いずれ世界に羽ばたくべき器を持っているのです!それを、貴方のようなクズが独占することなど、許されるはずが…」
食ってかかろうとしてくる伊集院を手で制する。
こういうふうにつっかかられるのが面倒だからこその取引なのだ。いいから黙って聞いてくれというのがこっちとしては本心だ。
「そういう御託はいいんだよ。デカイ話は嫌いじゃないが、今はただ、俺に必要以上に干渉されるのが面倒だから、距離を取ってもらいたいって話をしてるんだ。その見返りに、俺はふたりの写真を渡す。互いにメリットがあるし、悪くない取引だと思うんだがな。どうする?」
実際、悪くない取引だと思ってる。俺につっかかることを辞めるだけで、伊集院は自分の好きな衣装を着た推しアイドルのコスプレ写真という、レア中のレアアイテムをゲット出来るのだ。
ただでさえドルオタってのは、グッズ収集を趣味とする者が大半を占めている人種である。
他のファンに先駆け、推しとの握手会に命を賭けるようなやつもいる界隈の中で、自分の要求に基づいた衣装を推しに着てもらえる機会など皆無に近い。もしそのチャンスを得られたとしたら、それはまさしくファンにとっては絶頂ものだろう。
承認欲求と性癖を、同時に満たせるわけだからな。これを断れるドルオタなど、早々いるはずがない。
推しの近くにいたいと転校までしてくるような狂信者なら尚更だ。
そう踏んだ上で、俺は伊集院に取引をもちかけたのだが…
「…………舐めないでもらえますか」
キッとした、強い意志を伴った目で、伊集院は俺を睨みつけてきた。
「私を誰だと思っていますの?この伊集院麗華は、伊集院財閥の息女にして、『ディメンション・スターズ!』ファンクラブNo.007番!一桁ナンバーとしての自負とプライドというものが、私にはあります!そのような下劣な手段と餌で、釣られるとでも思っているのですか?」
「……それはつまり、伊集院はこの取引に乗るつもりはないと?」
「当たり前でしょう!このようなやり方で写真を得ても、他のファンクラブのメンバーに示しがつきません!こんなやり口、私は絶対に認めませんわ!なにより、己の私欲によってあの方達をダシに使うなど言語道断!恥を知りなさい!」
そう切って捨てると、俺のやり方を糾弾してくる伊集院。
その瞳に迷いはなく、確かに財閥令嬢としてのプライドと、ダメンズのファンとしての矜持が垣間見れたような気がした。
「そうか、残念だ…」
俺は小さく嘆息する。確かに、伊集院のことを、俺は侮っていたかもしれない。
てっきり即座に食いついてくると思ってただけに、この抵抗は予想外だった。
説得してもおそらく無駄だろう。それほど強固な意志を、この金髪ドリルお嬢様から感じていた。
「フッ、理解出来ましたかしら?葛原和真、貴方の汚い手口など、この私には通じませ…」
「んじゃ、お前らはどうする?伊集院みたく、コスプレ写真は欲しくないか?」
てなわけで、無駄なことはさっさとやめて、対象を切り替え、男連中に聞いてみることにした。
「へ?」
『い、いいのか!?』
「ああ。ただ、俺につっかかるのはもうやめろよ。あと、伊集院に従うのもナシな。アイツはいらないみたいだから、伊集院に付くっていうなら写真はやらんぞ」
『ウッス!和真さん!了解ッス!あの人の言うことガン無視するッス!』
「へ???」
うむ、実にいい反応だ。クラスメイト達の熱い手のひら返しに満足しつつ、質問を続ける。
「んじゃ、オーダー聞くけどなんかある?」
「ウェイトレスさんでオナシャス!ニッコリ笑顔で、ポーズお願いシャス!」
「チャイナドレスで接客してくれるイメージで!髪型もシニヨンにして、明るくこっちを見てくるの!」
「お、俺!メイドがいい!メイド服で腕組んで、『なにこっち見てんのよ、バカ』って、見下す感じのが欲しい!」
「馬鹿野郎!チアガールこそが至高だろうが!ポンポン持ってフレーフレー!って応援してくれる姿を想像するだけで、俺はもう…!うっ!」
「競泳水着を!競泳水着をお願いします!!!金ならいくらでも払いますから!!!なんでもしますから!!!」
「裸ワイシャツで、私と添い寝してくれる感じでお願い!雪菜ちゃんとアリサちゃんなら、私全然イケるから!むしろ私から行くから、ちょっと恥じらいバージョンも頂戴!!!」
「へ????????」
「待て待て。ちょっと要望が多すぎるな。誰かノートに皆の希望衣装とシチュをまとめといてくれ。名前も書いといてくれよ。あと、あんま過激なのはさすがに却下させてもらうから、そこは了承してくれ」
『ウッス!和真さん!了解ッス!アンタは神ッス!よろしくオナシャッス!』
フッ、欲望に正直な奴らめ。だが、そういう奴ら…嫌いじゃないぜ?
「ちょっと!ま、待ちなさい!」
俺が周囲の反応に満足し、頷いていると、何故か伊集院が焦りを見せていた。
「皆さん、なにを言っているんですの!?これは罠です!葛原和真の奸計であることは明らかなのに、何故乗ろうとしているんですの!!??」
「いや、そう言われても。こんなチャンス早々ないし」
「俺もファンクラブ会員ではあるけど一桁じゃないからなぁ。やっぱ好きな衣装着た雪菜ちゃん見たいんだわ」
「悪いね伊集院さん。俺は、どうしてもアリサちゃんのメイド服が見たいンだわ。そりゃクズ原はムカつくけど、欲望には逆らえねぇんだ」
「悲しいけど俺ら、ただのドルオタなのよね」
「そ、そんな…」
味方だと思っていた連中に裏切られ、声を震わせる伊集院。
さぞかしショックだったんだろう。そんな彼女の肩を、俺は優しく叩いていた。
「残念だったな、伊集院」
「く、葛原、和真…」
「まぁそういうこった。悪いが、皆俺の味方だったようだな。皆の好意を無駄にするわけにはいかないし、今度の休みにでも、早速コスプレ撮影をすることにするよ」
「あ、あ…」
「まぁお前はいらないみたいだから、しょうがないよな。クラスの皆にも、伊集院には絶対渡さないよう言っておくから、そこは了承してくれよ?財閥令嬢だからって、クラスメイトから写真を巻き上げるようなことはしないよな?一桁ナンバーの矜持があるって言ってたし。俺は、お前のことを信じてるぜ?」
もう一度肩を軽く叩いて忠告すると、俺は踵を返して席に戻ろうとしたのだが。
「…ませ」
「ん?」
何故か今度は、俺の肩に手が乗せられた。
その手は細かく震えており、まるでなにかと葛藤しているかのようである。
「わた、くしも…私にも、写真を…写真を、下さいませんか…」
「んん?なんだ?空耳かな?有り得ない言葉が聞こえてきた気がするんだが?」
ビクリとかけられた手が大きく震える。だが、それもすぐに収まったのか、震える声が、背後から聞こえてくる。
「私にも、どうか、お二人の写真を、下さいませんか…!」
それを耳にして、俺はドリルお嬢に見えないよう、薄く笑った。
「へぇ。あんなに啖呵切ってたのに。さっきの言葉はウソだったのか?」
「皆さんの手前、意地を張ってました…本当は、欲しいです。ものすごく欲しいですのぉ…!」
フッ、堕ちたな。
俺は愉悦を噛み締めながら口を開いた。
「なら、まず俺に言うことがあるよな?」
「くぅぅ…こ、これまでの非礼はお詫びします。ですから、どうか…!」
「お願いします、だろ?」
「…お願い、します…!」
「和真様は?」
「お願いします、和真様…!私にどうか、どうか、お二人の写真を、コスプレをぉぉぉ…!」
どんなに金を持っていても、人は欲望に逆らえない。
例え財閥令嬢であったとしても、決して例外ではないのだ。
「フッ、しょうがないな…次はないぜ?ただ、衣装代もカメラも、全部お前持ちな。それくらいのペナルティを受け入れるのは、当たり前だよなぁ?」
「勿論、ですわ…!く、くぅぅぅ…!」
そのことを確信し、俺は満足しながら、悔しそうな唸り声をあげながら誠意を見せる伊集院に、寛大な心で応えることにしたのだった。
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