気が利くクズって厄介なの

「よっ、お待たせ」


 自分の席に荷物を置きながら、俺は軽く手を挙げふたりに向けて挨拶をした。


「うん、おはようカズくん!」


「おはよ。相変わらず来るのが遅いわよ、寝ぼすけ」


 そしてふたりも、それぞれ言葉と態度は違えど、俺に朝の挨拶を返してくれる。

 昔から変わらない、幼馴染との距離感だ。とはいえこれだけなら、どの学校でも必ず見かける、ごくありふれた光景に違いない。

 普通と違うのは、俺と挨拶を交わす女の子が、それぞれ突出した容姿を持つ、圧倒的な美少女であることだということだ。


「ちょっと色々あったんだよ…ん?あれ雪菜、シャンプー変えたのか?いつもと匂いが少し違う気がするけど」


「あ!分かる?昨日シャンプーのCMのお仕事してきたの!それで試供品貰えて試してみたんだ!」


 なんとなく鼻をくすぐる匂いがいつもと違う気がしたから指摘してみるが、雪菜は俺の問いかけに嬉しそうな笑みを浮かべて首肯する。

 どうやら気付いてくれたのが嬉しいらしい。女の子はこういう細かな変化を分かってもらえるのが嬉しいのだとなにかの本で読んだ覚えがあったが、それは昔からずっと一緒にいる幼馴染相手でも変わらないようだ。


「なるほど。アイドルっぽいことしてんだな」


「私、ほんとにアイドルだよー。でも、嬉しいな…カズくん、すぐ気付いてくれるんだもん。やっぱりカズくんって、私のことちゃんと見ててくれるんだね」


「当たり前だろ。お前は俺にとって、一生養ってくれる大切な存在なんだからな。体を壊されても困るし、いつだって気を遣ってるつもりだぜ?」


「カズくん…」


 潤んだ瞳で俺を見つめてくる雪菜。

 同年代でも明らかに抜きん出た可愛さと、溢れんばかりの輝かしいオーラは見る者を惹きつけてやまない。

 アイドルとして多くの人間を魅了し、笑顔を向ける雪菜だったが、この教室だけでも注目され、視線が向けられているのがよく分かる。


「また口説いてる…」「今度は小鳥遊さんを…畜生、なんであんなやつがいいんだよぉ…」「てか、言ってること普通にクズくない?」「クズさを隠す気ゼロだよな、アイツ。逆にすげえわ」「あれくらいオープンな方がいっそモテるのか…?わかんねぇ…」


 周囲のざわめきをよそに、俺は雪菜に近づき手を伸ばした。


「ぁ…」


「触り心地もいいな。これからはこのメーカーのシャンプーを使ってみるのもいいんじゃないか?」


 頭を軽く撫でてみるも、触り心地はかなりいい感じだった。

 まぁ元々雪菜の髪質はいいから、あまり変わらない気もするのだが、褒める口実ってやつは大事だ。

 俺は決して働きたくない男ではあるが、幼馴染のモチベーションを管理するための労力を惜しむつもりはない。

 俺にとって、この幼馴染は金に成る木そのものであり、小遣いを貰い続けるためにも、こうした細かい好感度稼ぎは必須事項であるからだ。


「うん…カズくんが言うならそうするね。だから、もっと…」


 だから雪菜のリクエストに応えて、もっと頭を撫でてやろうとしたのだが、急にクイッと、ブレザーの裾を引っ張られる。

 釣られるようにそっちを見ると、目をそらしながら指先を伸ばして俺の制服をつまむ、銀色の髪をした幼馴染の姿がそこにはあった。


「アリサ?」


「……そのCM、私も出てたんだけど」


 そして相変わらず目をそらしたまま、そんなことを言うアリサ。

 声の調子はぶっきらぼうではあったが、頬は僅かに赤らんでいる。

 それを見て、俺はこの素直じゃない幼馴染が、なにを望んでいるのかすぐに察した。


「そっか。ごめんなアリサ。気付くの遅れちまった。」


 空いていた手を、アリサの頭に向けて伸ばす。

 同時に頭を撫でるのはちょっと面倒ではあったが、別に手間ってわけでもない。

 シルバーブロンドの光沢を放つ幼馴染の髪は、黒髪の雪菜とはまた違った柔らかさをもって、俺の手のひらを迎え入れていた。


「ん…別に…気にしてないし」


「気持ちよさそうだな。そういやアリサのほうが、頭撫でられるの好きだったか」


「そんなことないわよ。私、子供じゃないもの…」


 そう言いながらも、アリサは猫のように目を細める。

 俺に頭を撫でられて、気持ちよくなっているのは誰が見ても明白だったが、敢えてツッコむことはしない。


「なんで…なんでだアリサちゃん。なんでそんなクズに頭を撫でることを許すんだよぉ…」「なぁ、アイツやっぱ埋めないか?みんなでやればいけるだろ?」「俺はどっちかっていうと吊るしたい」「アリサ、やっぱり騙されてる…私が、私が助けてあげなくちゃ…」「脳が破壊されるぅ…」「許すまじ、クズ原クズマァッ…!」


 教室に漂う怨嗟の声をスルーしつつ、俺は幼馴染達との会話を続けることにした。

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