そんなんじゃ、養ってもらう側の人間にはなれませんよ?
あのカオスな邂逅から数日が過ぎた。
なんだかんだ相談に乗ってもらったのが良かったのか、俺はすっかり調子を取り戻し、心晴れやかに学校に向かっているところだ。
五月も近づいた空は青く透き通っていて、こうして歩いているだけで気分がいい。
思わず鼻歌を歌ってしまいたくなるな。てか歌うわ。
「ふんふふふーん♪」
いやあ、生きてるって素晴らしい。
自分は間違っていないと肯定されると、人は自信を持てるようになると以前本で読んだことがあるが、まさにそれだ。
そんな浮ついたテンションで登校していると、学校が近づいてくる。
同じ制服を着た生徒達の姿が通学路にチラホラと見え始め、友人同士でグループが形成されているところもあるようだ。仲良きことは美しきかな。友情って素晴らしいな!
「あっ、あそこにいるのって、噂のクズじゃない?」「ああ、あのアイドルに貢がせてるっていう?」「しかも二人だってさ。すげーよな。どんな手使ったんだか」「やっぱあれだろ。あの顔で口説いたんだろ。実際教室でダメンズのツンデレの子口説いたらしいぜ」「うわ、どんなメンタルしてんの。普通できないっしょ」「そりゃ普通のメンタルしてたらそもそも幼馴染から金なんて受け取らんだろ…」「確かに」「やっぱクズってすげーわ」
訂正。人間集まると、ロクなこと話さんわ。
人の悪口で盛り上がるような友情なんて、さっさとヒビ割れればいいのに。
「くそ、皆寄ってたかって俺をクズ扱いしやがって。俺が一体何をしたっていうんだ…」
ここ数日で俺の学校での知名度は何故か急上昇を果たしていた。
それが俺を養いたいと言ってくれる女の子が集まってくるとか、いい意味で噂になってくれてるならいいのだが、これまた何故かクズ扱いされているのだ。
俺はただ、幼馴染としての正当な報酬を雪菜達から受け取っているだけだというのに…この世界はいつだって、理不尽に満ち溢れている。
そんなふうに世を儚んでいると、俺に近づいてくる人影があった。
「よっ、お前が噂のクズ原か?」
そいつはいきなり俺の肩に腕を回して顔を近づけると、人の名前を呼んできた。
見ると結構なイケメンだったが、肌は日に焼けてるのか浅黒く、髪は茶色に染められ、耳にいくつものピアスが付いている。
うちは校則がかなり緩いことで知られているが、それでも進学校であるため、ここまで見るからにチャラ男なやつは珍しい。それも遊び人タイプというおまけ付き。
制服も乱雑に着こなしていて、微妙に香水の匂いがしてくるのがすごく嫌だ。
それを差し引いてもいきなり慣れなれしい態度で絡まれ、一気に不機嫌になった俺は、ぶっきらぼうに言葉を返す。
「いきなりなんだよ。誰だお前」
「おいおい、先輩相手なんだから敬語使えよ。俺は優しいから許してやるけど、次はないぜ?一応名乗ってやるが、俺は
「ないですね、男に興味ないんで」
ノータイムで即答する。
男は俺を養ってはくれないからな。わざわざ調べようとは一切思わん。
だが、聖と名乗った先輩は、俺の返答に何故か楽しそうな表情を浮かべ、口角を釣り上げる。
「ククッ、そうだよな。それには同意するぜ。俺も男に興味なんざないし、案外俺達気が合うかもしれねーな」
「なにが言いたいんです?周りの目も気になるんで、出来ればさっさと離れて欲しいんですけど」
チャラ男な上級生に絡まれるという、明らかに面倒くさい状況をさっさと切り上げたかったのだが、そう上手くはいかないらしい。
「せっかちなやつだな。そんな俺が、お前に興味持った意味を考えろよ。話したいことがあるからに決まってんだろ?もうちょっと付き合えって」
そう言うと、聖は腕の力を強めてくる。
ブレザーを着ているため分かりにくいが、案外鍛えているようだ。
下手に足掻いても面倒臭そうなので、仕方なく話を聞くことにする。
「はぁ。それで、先輩は俺になんの用があるんですか?」
「なぁに。ちょっと知りたいンだわ。アイドルの落とし方ってやつを、さ」
口元をいやらしく曲げて、聖は続けた。
「うちの学校に、ダメンズのメンバーが揃っているのは知ってるだろ?なんせ現役アイドルで有名人だからな。俺としちゃ、あの子達にぜひともお相手して貰いたいんだよ。そこらの女はもう喰い飽きていたところだったからな。ハードル高い方が俺としちゃ燃えるし、ダメンズを落とすことを当面の目標にしてたんだわ。ちょっとしたゲームってやつさ」
「はぁ。そうなんすか」
「それなのに、お前に小鳥遊と月城を持ってかれちまったのは、正直悔しかったぜ。俺以外に落とせるやつがいるとは思わなかったからな。そんなわけで、今日はお前をライバルと見込んで、面を拝みに来たんだよ。お前も俺のことを覚えといてくれていいんだぜ?」
「はぁ。そっすか」
はた迷惑な話だなおい。マジで一方的に絡まれてるだけやんけ。
「さっきから淡白な反応だな。まぁいい。確かにいいツラしてやがる。これでそこらを歩いているようなやつら程度の顔のやつだったら、奪ってやろうと思ってたんだがな。俺にビビってもいないようだし、お前のことは気に入ったから譲ってやるよ。代わりに、うちの学年の
いや、そんなの俺に言われても。
どう返せっちゅーねん。反応に困るわ。
仕方ないし、適当に頷いとくか。これ以上絡まれても面倒だしな。
「まぁいいんじゃないっすか。そんなに自信あるなら頑張ってください」
「おうよ。それでだな、お前に聞きたいことがまだあんだよ。クズ原は、どうやってあのふたりを落とした?ぜひご教授願いたいんだがな」
ググッと顔を寄せて、聖が問いかけてくる。
やたら距離が近くて嫌だなこれ。周りの女子はなんか顔を赤くしてキャーキャー言い始めてるし、居心地の悪さが半端ないぞ。
「離れてくださいよ」
「いいから言えって。どうだった?アイドルの身体とか最高だったろ?マシロの巨乳も捨てがたいが、あのふたりはスタイルも良くて抱き心地良さそうだもんなぁ。なによりアイドルを抱いたっていう征服感と優越感が凄そうだ。想像するだけでたまらないぜ」
下卑た笑みを浮かべて、舌なめずりする聖。
それを見て、俺ははぁっとため息をついた。
「抱いてなんていませんよ。あのふたりは、ただの幼馴染ですから」
「おいおい、嘘をつくなよ。うちの学年でも、とっくに噂になってるぜ。アイドルふたりに手を出した真性のクズ野郎、クズ原カスマってな。俺も評判がいいほうじゃないが、お前にゃ負けたわ」
おい、なんだそのあだ名。ちょっとひどすぎだろ。
訴えたら勝てるぞおい。なんかもう朝から疲れてきたんだが。
「だから違いますって。何度でも言いますが、俺はふたりに手を出してなんていないんですよ」
「そんなわけないだろ?あんないい女達、男なら誰だって―――」
納得していない様子の聖先輩にうんざりしながら、俺は彼が言い切る前に口を挟んだ。
「あいつらは確かにアイドルで可愛いですが、顔や身体目当てで仲良くしてるんじゃありません。俺の目当ては、あいつらがアイドルとして稼いでくる金です」
そうハッキリ言い切ると、聖はポカンとした顔で俺を見てきた。
「…………は?」
「顔がいいとか身体とかどうでもいいし、あいつらがアイドルやって稼いでくる金だけが俺は欲しいンですわ」
「は?え?」
「逆に先輩に聞きますが、先輩は将来どうするつもりなんです?大学まで行くとして、その後働くんですか?」
「え?いや、それはそうだろ?え?え?」
それを聞いて、俺は深くため息をついた。失望したと言ってもいい。
「はぁ…やっぱりか。先輩もチャラい見た目の割に、結局は社畜の考えが染み付いているんですね」
「え、な、なに言ってんだお前?マジで何言ってんだ!?」
「いくらヤリまくってたところで、性欲は満足できても金にはならないんですよ。そのことに気付いていないのが、哀れだと言っているんです。そんなことで欲を満たすより、暇ができた時間の分、女の子に働いてもらったほうが、養ってもらえるんですから。そうすれば、こっちは働かないで遊んで暮らせるんですよ」
「なっ…!?」
聖が驚愕の目で俺を見る。同時に腕の力が緩んだことを感じ取り、俺はやつの拘束を振り払った。
「あっ、お、おい!」
「先輩、身体目当てに好き勝手するのもいいですが…そんなんじゃ、養ってもらう側の人間にはなれませんよ?」
そう言い残し、俺は未だ困惑している様子のチャラ男先輩を残して、その場を去るのだった。
フッ、決まったな…
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