ハルカゼさんとの小休止

『―――てなことがあったんですよ』


 その日の夜。学校から帰宅し、俺は自分の部屋にいた。

 ヘッドホンを装着して椅子に座り、机の上に置いてあるパソコンに向かいながら、ボイスチャットを繋いで会話をしている最中だ。

 以前交わした約束通り、俺はある人とゲームを始めようとしていた。


『クラスメイト達が、俺のことを寄ってたかってボロクソに言ってくれるんです。俺は悪いことなんてなにもしていないのに…』


『それはなんというか、ひどいわね…』


 俺の言葉に同調してくれる声は女性のもの。

 10万を超えるヘッドホンだけあって、聞こえてくる声はとてもクリアで綺麗であり、同時にひどく同情的だ。

 既に立ち上げは終わっており、その前に僅かな出来た準備時間の間、俺はここ数日の出来事を、彼女に話しているところだった。


『それとも、俺にも悪いところがあったんでしょうか』


『ううん、そんなことないと思う。クズマくんはなにも悪くなんてないよ。たったひとりを大勢で追い詰めようとするなんて、どう考えてもそっちのほうが悪いもの』


 ちなみにクズマというのは、俺のハンドルネームだ。

 葛原和馬から苗字と名前をくっつけただけのひねりのない名前だが、そこそこ気に入っていたりする。


『ありがとうございます、ハルカゼさん。その言葉だけで俺、救われますよ』


『私はいつだって、クズマくんの味方だから。困ったことがあったらいつでも相談してね?君のためなら私、頑張っちゃうんだから』


 話し相手であるハルカゼさんとはゲームを通じて知り合った仲だったが、彼女の声は透き通った透明感と、こちらを包み込んでくれるような包容力があり、話しているだけで心が癒されていくようだった。純粋無垢というんだろうか。

 ハルカゼさんはあくまでゲームでの繋がりしかない俺の話も、真剣に聞いてくれるのだ。間違いなくこの人はいい人だ。

 こんな人に寄生して、養ってもらったら最高だろうなと、そう思えるくらいに。


『ハルカゼさん…』


『ふふっ。なんて、ちょっと臭かったかな?でも、忘れないで。これは本音だから。これでも私、カズマくんよりお姉さんなんだからね』


 笑いながらも、最後の言葉は真剣だったように思う。

 以前聞いた話では、ハルカゼさんは俺のひとつ上であるらしく、高校三年であるらしい。

 だからお姉さんというのは正しいが、養ってもらえないのは残念だった。


 まぁ雪菜やアリサみたく、高校生で大金を稼ぐことが出来るのはごく限られた人間だろうからな。

 ハルカゼさんはいい人であるけど、アイドルでもない普通の人生を送っている人にに寄生しようなどと思うほど、俺だって腐っちゃいない。これでも最低限の良識はあるつもりだ。


「ありがとうございます。覚えておきますね」


「うん!…あ、そろそろ始まるね。準備はいい?」


「あ、ちょっと待ってください…よっと、これこれ」


 会話にひと区切りがつき、いざゲームが始まりかけた時、俺は急いでアイテム欄を開いた。


「よし…ハルカゼさん。今からちょっと贈りたいものがあるんで、チャンネル開いといてもらえませんか?」


「え?贈り物?」


「ええ…よし、今贈りました。届いているか、確認してもらえますか?」


「あ、ちょうど今届いたよ…え、これって…」


 向こうから、息を呑む音が聞こえてくる。どうやら無事に届いたようだ。


「今回のクエストは、それ使ってください。それがあれば、大分楽になるはずなんで」


「でもこれ、課金アイテムだよね?それもガチャ限定のやつじゃない?カズマくんだって高校生じゃない。こんなの貰ったら悪いよ」


「気にしないでくださいよ。ハルカゼさんには愚痴を聞いてもらいましたし、いつもお世話になってますから。そのお礼みたいなものです」


 彼女には世話になってるからな。そこに他意はなく、本当に俺からの純粋な贈り物だった。


「でも…」


「大丈夫ですって。実は適当にチケットで回したら引けたやつなんで、実質無料なんですよ。俺使わないし、それならハルカゼさんに使ってもらったほうが効率いいですから」


 まぁ実際はかなり課金してガチャ回したから、割と金欠になったんだけど。

 今はアリサから貰った金で余裕ができたし、気にしないでもらいたいのは本心だ。


「…そういうことなら、貰っちゃうね。ありがとう」


「どういたしまして」


「私が力になってあげるつもりだったのに。逆になっちゃったなぁ。この借りはそのうちちゃんと返すからね」


「気にしないでいいですって」


「ダーメ。私はお姉さんなんだから。それに、私だって実はちょっとすごいんだよ?そのことを、そのうち分からせてあげちゃうんだから」


「はは、なんですそれ。まぁ期待しないでおきますよ」


「あっ、ひっどーい!」


 年上のお姉さんをからかい癒されながら、俺はゲームを楽しむのだった。




ちなみにどうでもいいことですが、ダメンズのメンバーには花鳥風月の文字が入ってたりします

いや、ほんとにどうでもいいことなんですが

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