新たな転校生はメイド。何故かメイド
(うわ、出たよ…)
皆口に出すことはなかったが、内心そう呟いただろうことが空気で分かる。
例えるなら、電車の中で酔っ払いに絡まれた時のような、逃げ場のない居たたまれなさ。
一日でここまでクラスの意見が一致することなど本来有り得ないのだが、この転校生のキャラは、それだけ強烈で鮮烈だったのだ。
登場から退場まで、30分もかからなかったが、あまりにも登場のインパクトがデカすぎた。こんな濃いやつ、忘れることなど早々できるはずがない。
勿論悪い意味でとつくのだが、空気を読むことをしないやつにはそんなクラスのげんなりした雰囲気が伝わるはずもないだろう。伊集院はとにかく面倒臭い存在と化しつつあった。
「昨日はあまりの衝撃に、つい帰ってしまいましたが、今日は違いますわよ。覚悟しなさい…!」
だがそんなことは昨日の素振りからして気にも留めてないだろうお嬢様は、ツカツカとこちらに向かって近づいてくる。
「和馬様!今日は貴方に言いたいことが…」「ちょっとお待ちください、お嬢様」
そして俺に話しかけようとしてきたところで、唐突に誰かに止められた。
ちなみに昨日と同じく、クラスメイトは伊集院の登場以降、誰ひとり声を発していない。ユキちゃん先生も、まだ来てはいないようだ。
勿論昨日いなかったアリサは転校してきた伊集院のことを知らないし、突然現れた見知らぬ生徒に目をパチクリさせている。
では、誰が伊集院を止めたのだろうか。その答えは、彼女の後ろに立つ人影により、すぐに判明することになる。
「お嬢様は事を焦りすぎです。まずは彼の言い分を聞くのが先ではないでしょうか。なんらかの事情があるかもしれませんし」
そう語るのは、俺達と同じ年頃の女の子だった。
黒髪を綺麗に切りそろえた姫カットのその子は、伊集院の後ろにピッタリ張り付くようにして、彼女をなにやら窘めているらしい。
「ですが姫乃!この方は、私のセツナ様を洗脳して金銭を巻き上げ、あまつさえ毒牙にかけようとしているんですのよ!事態は一刻を争うのです!このようなクズとしか言い切れない者は、あの方に害しか与えないことは分かるでしょう?すぐにでもセツナ様を和真様から解放してあげなくては、私は悔やんでも悔やみきれません!」
「申し訳ありませんが、私としてはその話も眉唾物です。実際にこの目で見てないのは勿論ですが、なにせお嬢様は思い込みが激しいですし。特にダメンズに関しては盲目になりがちのため、あの方達に関連する話は、イマイチ信用できませんからね。さり気なく私のセツナ様とか言っちゃってますし」
「な、なんと…!私の言葉を信用出来ないと!?それが雇い主に対する態度ですか!?」
「昨日ダメンズの皆さんと同じ学校に通えるとウッキウキで登校したと思ったら、一時間で帰ってきて泣きつかれたのは私なんですが。ぶっちゃけ愚痴を聞くのめんどくさかったですし、おかげで私まで転校することになったんですよ。制服も間に合わなかったし、愚痴のひとつも吐きたくなるというものでしょうに」
「ぐ、ぐぬぬぬ…」
姫乃と呼ばれた少女に言い負かされ、悔しそうに歯噛みする伊集院。
相変わらず全てを置き去りにして話が展開されていたが、それ以上に目を惹くのは、伊集院を説教する彼女の服装だ。
あまりに特徴的すぎるその姿に、遅れてクラスメイトもざわめき出す。
「メイド…」「メイドだ…」「なんでメイド服…?」「学校でメイド…?」
そう、メイド。メイドだ。そこに見えるは、まごうことなくメイド服。
主な配色が黒という点に関しては共通してはいるものの、ブレザーであるうちの学校の制服とは全く違い、全体を包み込むようなワンピースに、白いエプロン。
さらにはフリルの付いたカチューシャまで付けた、どの角度から見ても完璧なメイドそのものである。
完璧すぎて逆に違和感がなかったが、こうして見るとメイド衣装というのは、学校という場に置いて異質もいいとこだ。文化祭のコスプレ喫茶ならまだ分かるが、平日に混ざっているとツッコミどころがありすぎる。
ざわつく教室の空気に今更ながら気付いたのか、そのメイドさんはこちらに振り向き、深々とお辞儀をすると、
「ああ、皆様。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は麗華お嬢様お付のメイド、
そう告げてきた。
つまり、またもこのクラスに転校生が現れたということである。イベントと登場人物が盛り沢山だ。というか、盛りすぎだろ。流れについていけないんだが。なんだこれ。
「ちなみ席はお嬢様の隣となっている手はずですので。近くにおらっしゃる方は仲良くしてくれると助かります」
いや、そこは後藤くんの席だったはずなんだが。
見ると昨日片付けられた後藤くんの机のところには新しい机が確かに配置されている。
それはいいとして、一番後ろに配置されているひとつだけポツリと席が、つまりは後藤くんの新たな席ということなのだろうか。
「不憫な…」
俺は思わず呟かずにはいられなかった。
あれじゃ完全にぼっちの特等席である。今日後藤くんが登校してきたら泣くのではないだろうか。そもそも教科書もノートもなくなってるし。クラスメイトによるいじめだと誤解しないでくれることを祈るしかない。
まぁそれはともかくとして…なんだこのカオス。昨日も大概だったのに、まだ続くというんだろうか。
「次から次に、いったいなにが起こってるの…?」
そう額に汗をかきながら呟く猫宮の言葉に、クラス一同頷くしかなかった。
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