銀色の幼馴染
「ふぁあ~あ…」
次の日の早朝。教室へ向かう階段を昇りながら、俺はあくびを噛み締めていた。
「さすがにゲームやりすぎちまったなぁ。眠くて仕方ねーや」
目をこするも、眠気が飛んでいく気配はまるでない。
三時くらいまでやりこんでいたから、当然っちゃ当然か。
昨日はあれからクラスメイト達に色々聞かれて放課後帰るのが遅れたうえに、夜からはこの前見つけたお気に入りのVtuberの配信があったため、そっちを優先してたらゲームを始めるのが遅くなってしまったという事情もあった。
「あのV、いい感じで俺のこと持ち上げてくるから、ついつい構っちゃうんだよなぁ」
そいつは最近始めたばかりで視聴者も少ない、所謂底辺Vtuberなのだが、配信中に俺が来るとすぐに喜ぶし、投げ銭をすると声を張り上げ、「ウッヒョー!!!神!!!ボクみたいなクズに、天よりの恵みをありがとうございます!!!本当にありがとうございますカミサマァッ!!!」と、汚い声で全力で媚びてくる姿勢を、俺は高く評価していた。
人間、なかなかあそこまでプライドを捨てれるもんじゃない。声こそ汚いが、あそこまで媚びへつらわれると、まるでペットみたいで微笑ましくすらあるんだよなぁ。
それにあんなふうに持ち上げられるたびに、自分は人生の超絶勝ち組だが、こうして他人に金を恵んでやれるほど寛大で慈悲深く、勝ち組になれていないダメ人間であろうとも微笑ましく思えるほどの優しさに満ち溢れてる男であることを再確認できて、ひどく気分がよくなるのだ。
ま、ちょっとしたストレス解消法ってやつだな。
底辺を彷徨うVtuberへのスパチャブン投げは、こっちは気軽に優越感を得ることが出来て、向こうは金を得られるという、互いにWin-Winの関係になれる、俺の数多い趣味の一つだった。
「あ、そういや今日は、クエストやる約束だったっけ。さっさと寝れねーじゃん。しくったなぁ」
これまた趣味のひとつにオンラインゲームがあるのだが、いつも組んでいる人が最近忙しくロクにログインも出来ない状態が続いていたのだが、ようやく暇が出来たのでまた一緒にプレイしようと、先日誘われていたのだ。
前から世話になってる人だし、約束をすっぽかすわけにもいかないだろう。色々大変みたいだったから、課金してクエストに有利なアイテムも用意してたし、プレゼントしてあげればきっと喜んでくれるに違いない。
「とはいえ、眠いもんは眠いなぁ…途中で寝落ちしないといいんだが」
これならいっそ学校休めば良かったかなと思いつつも、ここまで来たら今更帰るという選択肢が取れるはずもなく、ふらつく足取りで教室へと足を運んでいく。
「あの人じゃない?小鳥遊さんからお金を貰ってるっていう…」「貢がせているんだっけ?ひど…」「しかも幼馴染らしいよ。それなのに、小鳥遊さんの優しさに付け込んで…」「クズっているんだな…」「顔はすごくイケメンなのに…」「自分がアイドルになっても稼げるわよね、あの顔…」「だからきっと騙されちゃってるのよ…可哀想…」
途中、すれ違った生徒達がなにか言っていたような気がするが、まるで頭に入ってこなかった。
考え事をしたせいか、ますます頭が重さを増しているらしい。
さっさと机に突っ伏したいと思いながら、ようやっと教室までたどり着くと、だるさの残る腕を持ち上げ、俺は教室のドアをガラリと開けた。
「おはよーさ…」
「遅かったじゃない、和真」
だが、挨拶は言い終える前に、誰かに遮られた。
なんだと思い前を向くと、そこには腕を組みながら呆れた顔で俺を見る、銀色の髪の女の子の姿があった。
「んあ?」
「んあ?じゃないわよ。なに間抜けな返事してんの、バカ和真」
いきなり投げらた直球の罵声には聞き覚えがある。
意識が少しづつ覚醒していき、俺は真っ直ぐにそいつを見据えた。
日本ではまずお目にかかれない、シルバーブロンドの長い髪が微かに揺れる。
それを青いリボンでツインテールにまとめているのは、昔から変わらないこいつの拘りだ。
「アリサ、か」
間違いない、目の前にいる銀髪の美少女は、俺のもうひとりの幼馴染である月城アリサだ。
顔も西洋人形のように整っており、スタイルも抜群。
秘めたポテンシャルやスペックは、雪菜にだって負けてはいないだろう。
勿論そんな存在が、そこらの一般人であるはずもなく、今は雪菜と肩を並べてダメンズのツートップを張っている、突出した能力の持ち主だった。
「とりま、おはよ。それなりに顔合わせんのは久しぶりだな。金曜以来だっけ?」
「はいはい、おはようおはよう。アンタは相変わらず、だらしない顔しているわね」
とりあえず挨拶してみたけど、いつも通りの憎まれ口を叩かれる。
それに関しちゃ今更だから特に思うこともないが、なんでここに?一瞬思考が止まり、更には足も止めてしまうが、その間に雪菜より気が強い幼馴染は、カツカツと音を立てながら、俺の方へと近づき立ち止まる。
「あー、もう。寝癖ついてるじゃない。どうせ夜更かししたんでしょ。おじさんやおばさんが家にいないからって、ずぼらな生活したらダメだっていつもいってるでしょ。全く、私がついていないと、和馬はすぐこうなるんだから…」
そんな母親みたいなことを言いながら、アリサは背伸びをして、俺の頭を撫でていた。
コイツ、結構几帳面なところがあるからなぁ。寝癖を直してたいんだろうが、どうもアリサは雪菜と違い、いまいちアイドルの自覚に欠けている節がある。
こっちとしてはやってくれるなら助かるからいいんだが、ここは教室だ。当然男連中の目もあるというか、ハッキリいえばガン見されてる。
昨日は伊集院の登場もあって皆終始ポカンとしていたが、さすがに一晩経って冷静になったのだろう。
今は俺達…というか俺のことを、嫉妬の篭った眼差しで見つめてくるじゃありませんか。
「殺す…」「なんであんなクズが月城さんに…」「顔か。やはり顔なのか…?」「俺もイケメンなら…畜生…!」「俺、ダメンズじゃアリサちゃんが最推しなのに…」「こんなの寝取られだろ…胸が痛い…でもなんでだろう。それが逆に気持ちいい…!」
うん、怖いっすね。身の危険を感じるわ。
なんか変なことを言ってるやつが中にはいたが、それはスルーさせてもらう。触らぬ神に祟りなしというし、触れたらなんか怖そうだ。
「ホラ、ネクタイも曲がってるじゃない。アンタって、いつまで経っても手がかかるんだから。雪菜は甘えさせるだけで叱らないし、やっぱり私がしっかりしないと…」
「アリサ。お前、今日は仕事じゃなかったのか?」
今度はネクタイの手直しまで始めたアリサを上から眺めながら、俺は尋ねていた。
昨日は仕事で休むという話をあらかじめ聞いていたが、そういえば今日の予定は聞いていなかったことを思い出したからだ。
ダメンズはユニット自体の人気が出始めているが、メンバー個人もそれぞれ注目度が高く、別件で仕事が入ることがよくあるという。
アリサがここにいるのに、雪菜の姿がないのは、入れ替わりで雪菜が今日は仕事で来られないからなのかもしれない。
そんなことを考えてるいるうちに、アリサは上目遣いで俺を見るが、すぐに興味なさそうに視線をネクタイへと戻して話し出す。
「今日はお休み。ちなみに雪菜に仕事が入ったから、今日はあの子はこないわよ。幼馴染が揃わず残念だったわね」
「ふーん、そっか」
予想がどうやら当たったようだ。とはいえ、そこはそんなに気にしてないので、適当に聞き流しておく。
まぁ用があったといえばあったんだがな。昨日ちょっと課金したりスパチャ投げたりで使いすぎたから、追加で金の無心でもしようかと思ってたんだが…まぁそういうことなら仕方ないか。俺のために金を稼いできてくれるんだから、文句は言えん。
そう納得したのだが、アリサのほうは俺の適当な返事が不満だったのか、あからさまに眉をしかめると、
「……なに?私じゃ不満だって言うの?」
「いや、別にそんなことはないけど」
俺は慌てて否定した。
アリサは怒らせると面倒なところがあるからな。
触らぬ神に祟りなしとも言うし、怒らせないほうが身の為だ。
「ならいいけど…よしっと。うん、これでいいかな。身だしなみはちゃんとしておきなさいよね」
「おう。あんがとな。まぁ俺の場合元がいいから、イケメンがさらにイケメンになるだけなんだけどな」
俺の軽口に、アリサは小さく笑う。吸い込まれるような、柔らかい表情をしている。
どうやら少しは機嫌が直ったらしい。
「はいはい。確か和真は顔はいいけど、アンタの場合は肝心の中身が…」「ちょ、ちょっとアリサ!タンマタンマ!そこでストーップ!」
いい感じに落ち着けたと思っていたら、俺達の間に割って入る声がある。
「どうしたのよたまき。なにか用でもあるの?」
「いや、用もなにも、さっきから聞いてたら、話脱線しまくりじゃん!ウチ、昨日のこと話したよね!?アリサから葛原くんに注意してくれるんじゃなかったの!?」
「あ、そういえば…」
「しっかりしてよ。雪菜は話聞いてくれないし、アリサが頼みなんだから…」
そう言ってため息をつくのは、アリサの友人の
猫のようなつり目と、肩口で揃えたミディアムボブの髪が特徴の、中学の頃からの同級生。家は特に金持ちというわけではなかったと記憶している。
幼馴染の友達ということもあって、俺にとっても見知った相手ではあるのだが、何故かジト目で俺を見る彼女の視線がやたら冷たく感じるのは何故だろう。
俺、なんか悪いことしたっけ?謎だ。
「ごめんね。和真がだらしない格好してたから、ついいつもの癖がでちゃって」
「昔からそういうことあるのは知ってたけど、さすがに今回は叱るほう優先してよ。さすがに友達からお金巻き上げてるの見てたら、黙ってはいられ…」「その通りですわ!!!」
大声が響いた直後、バーン!!!と激しく開かれる教室のドア。
激しくデジャヴを感じる流れに、クラス一同の視線は再度ドアの方へと向けられる。
「我が女神にしてマイフェイバリットアイドル、セツナ様から金銭を巻き上げようなどという下劣な精神。まさしく万死に値しますわ。決して許されることではありません!例え天が許しても、この私、伊集院麗華が許しませんことよ!!!」
昨日に続いてド派手な登場をぶちかました転校生、伊集院の姿がそこにあった。
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