寄生、いいよね…

「お!ありがとな!いやあ、毎月助かってるわ。これで新しいゲームが買えるぜ!」


 厚みのある封筒をありがたく頂戴しつつ、俺はお礼の言葉を述べた。

 いつもなら家で受け取っているのだが、今日は楽しみにしていた新作ゲームの発売ということもあって、メッセージで学校で渡してもらえるように頼んでいたのだ。

 忘れているとは思っていなかったが、やはりこうして直接手渡してもらえると喜びも一塩である。


「ふふっ、先月はライブもあったし、結構貰えたから今回は奮発したんだよ?お金足りなかったり欲しいものがあったら、その時はまた言ってね?」


「お?いいのか?」


「もちろん!カズくんのお願いなら、私なんでも聞いてあげるんだから!」


「ほっほーう!」


 そりゃまた、なんとも嬉しいことを言ってくれるじゃあないか。なら遠慮する必要もないだろう。

 言われた通り欲しいものを、幼馴染に要求することにした。


「じゃあ早速頼むけど、俺、新しいスマホが欲しいんだよね。今度出る最新型のやつ。デザイン良くってさ。買い換えたいンだわ。金出してくンね?」


「えー、この前買い換えたばかりじゃない。まだ早いんじゃないかなぁ」


「欲しくなっちまったんだから仕方ないだろ?な、頼むよー。なんか埋め合わせすっからー。できたらだけどさ」


 俺の催促に渋りを見せる雪菜だったが、俺は知っている。

 この幼馴染が、俺の頼みを断るはずがないのだと。


「うーん。でもなぁ」


「な!この通り!どーしても欲しいンだわ!お願い雪菜さん!頼むから買ってくれ!一生のお願いッス!」


 手を合わせ、媚びた態度で再度拝む。

 無論本心から頼んでいるわけじゃない。そんなことする必要なんてないからな。

 所謂ポーズってやつだ。普通なら見透かされるような、あからさまな演技。

 だが、雪菜はそんな俺を見て小さく嘆息し、


「うーん、こんなにお願いされたら仕方ないなぁ。じゃあ、今度一緒に買いに行こっか?お揃いのにしよ?」


「お、さっすが雪菜!話が分か…」「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 ほら、やっぱりチョロいもんだ…内心ニヤリとしかけたところで、突如横やりが入った。

 視線を向けると、そこには困惑した表情をした転校生の姿がある。


「なんだよ、伊集院。今いいとこなんだから、邪魔しないで欲しいんだが」


「あ、すみません…ではなく!和真様、貴方、セツナ様になにを仰ってるんですの!?」


 唐突に俺たちの会話に割って入ってきた転校生に、思わずむっとするも、それは雪菜も同様だったようだ。

 彼女には珍しく不快そうに眉を顰めると、


「和真様…?カズくん、どういうこと?この子とはどういう関係?ていうか、この子誰?私の知らない女の子と、いつの間に仲良くなってるの?」


「ん?ああ、雪菜は知らなかったか。コイツは今日うちのクラスに転校してきた転校生だよ。名前は…」


「伊集院麗華ですわ!『ディメンション・スターズ!』ファンクラブNo.007番!ダメンズ、ひいては、セツナ様の大大大ファンのひとりです!ああ!セツナ様ぁっ、ずっとお会いしとうございましたぁっ!」


 俺の言葉を遮って、伊集院が雪菜の前に躍り出る。

 一部の隙もない完璧な身のこなしに、俺は思わず呆気に取られてしまった。


「えっと…」


「初めてダメンズの曲を、セツナ様の歌声を耳にしたとき、私の全身に電流が走りましたの!そして悟りましたわ!この曲との出会いは運命なのだと!『ディメンション・スターズ!』を日本、いいえ世界一のアイドルユニットにすることが、私の生まれてきた使命なのです!そのことに気付いてからは、ダメンズのことを全力前進全霊を持って応援し続け、同時にセツナ様のことをずっとお慕いして参りました…!ですが、それだけでは我慢できず、伊集院財閥の力を使ってセツナ様の経歴を辿り、ついに転校までしてしまったのです…申し訳ございません。どうしても、貴女様の近くにいたかったものですから…!」


 そんなストーカー全開の発言を自ら白状し、一気にまくし立てる伊集院。

 なにやら感極まったように涙を流しているが、こんなことを言われた当人の雪菜としては戸惑いしかないだろう。

 事実目が泳いでるし、相当困っているのが見て取れる。


「それはその、ありがとう…?」


「いえ!そんな!私の勝手な行動ですから…勿論、迷惑をかけたお詫びは致します。これからはダメンズを我が伊集院財閥の総力をもってサポートさせて頂きますわ!手間もお金も一切惜しみません!まずは日本一のアイドルユニットとなり、いずれ世界に羽ばたきましょう!『ディメンション・スターズ!』とセツナの名を、世界に知らしめるのです!そしてやがては世界一のアイドルへ!貴女はそうなるべきお方です!いいえ、そうならないというなら、それは世界がおかしい!!!」


 伊集院は完全に興奮していた。

 目もイっている。まさに敬愛すべき主に出会った狂信者そのものだ。

 雪菜は勿論、クラスメイト一同ドン引きである。

 引いてないのは、おそらく俺一人だろう。今の伊集院の様子を差し置いても、俺には気になることがあったのだ。


「伊集院って、あの伊集院財閥の?確かめちゃくちゃ大金持ちのとこだよな」


 伊集院財閥といえば、日本屈指の大企業として有名だ。

 テレビのCMでも良く名前を見かけるし、そんな企業がバックにつくというのなら、ダメンズの将来が輝かしいものになるのはもはや約束されたようなもの。

 幼馴染達がさらに飛躍するというのなら、いやがおうにもテンションが上がってしまうのも、仕方ないことだった。


「ええ、そうですわ…というか、貴方!セツナ様になんという要求をしているのですか!」


「え?」


「さっきの発言、忘れたとは言わせませんことよ!なんですか、あれは!セツナ様に、まるで乞食のように浅ましくタカって…!和真様は、セツナ様と一体どういう関係なんですの!?」


 声を張り上げ問いただしてくる伊集院。すごい剣幕だが、そう言われてもな。


「どういう関係って言われても、俺と雪菜はただの幼馴染だよ。その雪菜から小遣いもらって、スマホが欲しいから買ってくれって言ってるだけだろ?別におかしなことはなにも言ってないじゃないか。なぁ?」


 アイドルになって以来、俺は雪菜からの『お小遣い』が、毎月貰えるようになっている。

 くれるというなら、断るのも忍びないし、ありがたく貰うのが人情ってもんだろ?

 約束だってしたし、幼馴染として当然の権利だと思うんだが。


「うん。そうだよね。特に問題ないと思うよ」


「いやいやいや!問題大アリだろ!おかしいって!なんで小鳥遊さんに頼んでんだよ!スマホの買い替えとか、そんなの親に言って買ってもらえばいいだろ!幼馴染とはいえ他人に、しかも同級生に頼むことじゃ、絶対ないって!」


 俺の意見に雪菜は同意してくれたが、今度は佐山が横から口出ししてくる。

 なんだってんだ、どいつもこいつも。常識ってものを知らないんだろうか。

 クラスメイト達からの理不尽な問い詰めに合い、思わずため息を零してしまう。


「なに言ってんだよ。親が買ってくれるわけねーだろ。ウチの親ケチだし。この前雪菜に買ってもらったときだって、電話で小言言ってきたんだぜ?あんないい子に迷惑かけんなってよ。ならもっと小遣い渡せって話だよなぁ」


「いやそりゃ言うだろ!?それが当たり前だって!小鳥遊さんも買っちゃ駄目だよ!そんな義理もないんだし、アイドルやって得たお金は自分のために使うべきだって!」


「ええ!そうですわ!セツナ様は男になんて貢いではいけませんの!そんな媚を売る必要なんてありません!貴女はダメンズのセンターとして、アイドル界の頂点に立ち、全てを従える立場にあるのですから!」


 同時にツッコミを入れてくる佐山と伊集院。

 どうもこちらの説明に納得がいっていないらしい。


「んー、そう言われても。カズくんをたくさん楽させてあげるためにアイドルになったから、カズくんの頼みならなんでも聞いてあげたいし。私は全然構わないというか、むしろ貢ぎたいんだよね。お金なら全部あげるし、むしろ私がいないと生きていけないくらいに堕落しきって欲しいなぁって」


「セツナ様!?」


「なに言ってんだよ小鳥遊さん!そんなんじゃコイツダメ人間どころか、寄生虫のゴミ野郎になっちまうぞ!?ただのクズだろそんなの!それはダメだろ、人として!!」


「ひどい言いようだなオイ」


 友人の暴言に思わずツッこむも、誰も俺の話を聞いていない。

 皆雪菜に夢中である。だけど、肝心の雪菜は俺に夢中なようで、俺に視線を向けて微笑むと、楽しそうに話しかけてくる。


「うん、寄生いいよね。カズくんのことを一生養ってあげるって約束したもん。クズなら私以外を頼れるはずもないから、むしろ最高だよね。絶対私から離れることはないし、私も誰にも邪魔されずに、ずぅっとカズくんの面倒を見てあげれるんだもん。これ以上の幸せはないよ。ね、カズくんも、私に尽くされて嬉しいよね?」


「おう、その通りだ。一生俺のことを楽させて、そして養ってくれよ?俺のことを働かせるような事態になったら、いくら幼馴染だからって承知しないからな?」


「うふふ。分かってるよぉ。カズくんのことは、私だけがお世話してあげるんだから…そう、アリサちゃんじゃダメ。私が、私だけがカズくんを…うふふふ…」


 なんだか雪菜の瞳が徐々に濁っていっているような気がしたが、まぁ気のせいだろう。

 俺からしたら養ってくれるならなんの文句もないからな。

 スポンサーも付いたし、これからますます稼いでくれることだろう。

 ヒャッホーイな未来はすぐそこにある。そう思っていた時のことだった。


「…いけませんわ」


「ん?」


「いけませんわ!そんなことっ!セツナ様に寄生し、甘い汁だけ吸い取ろうなんて…そんなこと、天が許しても、この私が許しませんことよっ!!!」


 そう叫んだのは伊集院だ。

 絶対認めないとばかりに俺を睨む彼女だったが、そんなこと言われてもこっちは困る。


「んなこと言われても…」


「私はぜっっっったいに認めません!覚悟しておきなさい!この私が、セツナ様を守り通してみせますからね!!!!!」


 そう言い残すと、伊集院は教室を飛び出していった。

 扉を開けた際にまたもや先生から聞こえた「ぶへっ!?」っという悲鳴にツッコむ余裕もないくらい、鮮やかな撤退ぶり。

 教室に残されたクラスメイトを含め、俺達は思わず絶句してしまう。


「……なんだったの、あの人?」


「さあ…?」


 過ぎ去った嵐を前にして、とりあえず、雪菜とふたりで首を傾げるしかないのであった。

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