濃いな、この人

「ふふふ、声も出せないようですわね。まぁ当然でしょう。ダメンズの素晴らしさを説かれたら、私もつい聞き入ってしまいますもの。あの女神達について語らせたら、私はちょっとうるさいですわよ?」


 なにやら自信満々に言い放ちながら、そいつは腰まで届くほどの長い髪をかきあげる。

 その際、朝の陽光が反射したのか、黄金の色を帯びてドリルのような縦ロールが、キラキラと輝いていた。

 この仕草だけでも迫力満点だったが、大きな胸をこれ見よがしに張る姿は、やけに堂々としたものだ。

 まさに漫画のようなThe・お嬢様を体現したような存在を目に、俺は呆気にとられてしまう。


「はえー…なんかすっごいのが来たな…」


 見れば教室にいたクラスメイトも皆口をあんぐり開けて、その生徒に見入っていた。唐突に現れた闖入者に、完全に戸惑っているようだ。完全にポカン状態である。そらそうだろう。

 こんな悪役令嬢みたいな濃いキャラが、朝っぱらから颯爽と登場してきて、あっさり順応できるほうが逆に怖い。


「それにしてもついにあの方達と同じ学び舎、それも同じ教室内でこれからは過ごすことができるとは…ああ!この伊集院麗華!あまりの感動で、胸が張り裂けそうですわ!やはり運命とは、自らの手で切り開いてこそですわね!お父様や姫乃をねじ伏せてまで、転入してきた甲斐があるというものですわ!」


「あ、あの。伊集院さん?その、ちょっといいかな。あまり派手に扉を開けてもらうと、そのぅ、困るんだけど…壊したら怒られるの私だし…あとあまり叫ばないで。怒られちゃうの私だから…」


 ドヤ顔を浮かべながら自分の世界に浸る伊集院と名乗る女に背後から声をかけたのは、うちのクラスの担任である水原憂希みずはらゆうき先生だった。

 まだ新任であることもあってか、気が弱いところがある人で、現役アイドルが二人まとめて放り込まれたクラスという、明らかに面倒臭そうなポジションを早々に押し付けられた苦労人である。

 普段は比較的歳が近いこともあってか、生徒からもユキちゃん先生と呼ばれて親しまれているが、今は涙目で周囲の様子をキョロキョロ伺っており、見ているこっちがなんだか可哀想になってくる。


「あら、なんですの教諭?私になにかご意見でも?」


 対し、派手な音を立てて登場した伊集院は、一向に周りを気にする様子はない。

 むしろ整った顔を先生に向けると、じろりと睨むように見つめている。


「あ、えと。と、とりあえず教室に入ってくれると助かるかなって…先生は扉の立て付けを見ておくから、その間に皆に自己紹介して欲しいなぁ…お願いね?あははは…」


 年下の女子に気圧され、愛想笑いを浮かべて背を向けるユキちゃん先生。

 その背中はひどく哀愁に満ちており、先生に注がれる生徒の視線は、悲しいものを見つめるそれであった。


 弱い。弱いよ先生。年下相手に、めっちゃ舐められてますやん。


 きっとクラスの皆も、そう思ったことだろう。

 教室の戸をガタガタと動かし、問題ないか確認する先生への同情の眼差しを見て、やはり働くなんて有り得ないなと密かに決意を固めるも、教室に漂う同情の空気など露知らず、それどころかぶった切るかのように、転校生はつかつかと歩を進める。


 ピンと背筋を真っ直ぐに伸ばし歩く姿は、まるでどこぞのモデルのように優雅なものだ。威風堂々という言葉がよく似合う。

 登場早々完全に場の空気を支配したその女は、教壇の前まで来ると足を止め、金髪ドリルを揺らしながら、ひどく優雅に一礼すると、


「お初にお目にかかります、皆様。本日より皆様の学友として席を共にすることになる、伊集院麗華いじゅういんれいかと申します。諸事情により転校して参りましたが、伊集院家の息女として、家の名に恥じないよう、勤めていくつもりですわ。これから皆様の学友として一緒に過ごすことになりますので、どうぞよろしくお願い致します」


『は、はぁ…よ、よろしくっす…』


 無礼極まりない登場に対し、礼節たっぷりな挨拶をする転校生に、曖昧な返事をするクラスメイト達。


 この人、キャラ濃いな


 皆、きっとこう思ったに違いない。

 なんかさっきから思ってばかりな気がするが、この空気の中で確認する勇気があるやつなんざいないだろうから仕方ないのだ。

 その間に、明らかに戸惑ってるはずのクラスメイトの対応に伊集院はなにやら満足そうに頷くと、なんか勝手に自己完結して教壇を降り、こちらに向かって歩いてくる。


「さて、早速ですが、私の席はどこかしら。ああ、あそこですわね。誰も座っていない席が隣合ってますもの。つまり指定通り、あの方の隣席を確保できたということですわね!!!」


 見ると鼻息は荒いし、なんだか目も血走っているような気がするが、そこに触れてはいけないのだろう。

 というか、話しかけたくない。それはクラスの総意でもあったようで、誰も伊集院に話しかけようとしなかった。心なしか、目をそらしてるやつも多く見える。

 絡まれたら面倒なことになりそうなのは明らかだからな。これも立派な処世術と言えるだろう。伊達に皆、進学校の生徒を名乗っちゃいない。実に利口な対応だった。

 やがて伊集院は席にたどり着くも、何故か感極まったように身を震わせると、


「あ、あああ…こ、これが…これがあの方の…セツナ様のお机…!我が最推しにして今世紀最強の超絶スーパーアイドル、セツナ様の生机ぇぇぇっっっ……!!!!」


『!!??』


 なんと、机に頬ずりをし始めたのである。

 これにはさすがに仰天せざるを得なかった。というか、さっきから驚きっぱなしだ。

 驚愕のバーゲンセールとはこのことだろう。クラスの空気が困惑一色に染まっていく。


「ほおおおおお!!!こ、これがセツナ様の席の手触り!感触!た、たまりませんわあああああああああああああああああああ!!!!!」


 だというのに、転校生は一向に意を介した様子がない。

 朝っぱら、しかも教室中の視線が集まっているというのにだ。全力で頬を机に擦り付ける姿は、いっそホラーじみた狂気を醸し出している。

 この時点でこの転校生が、並の胆力ではないのは明白だが、金髪ドリルが机を抉ってる光景はまさにエグいとしか言いようがない。

 

(((へ、変態だ…お嬢様で、ド変態だ…)))


 クラスメイトの心が、この瞬間ひとつになっていた。

 これがえっちな本にありがちなドスケベお嬢様だったら、まだ救いもあったろうが、さすがに変態は色んな意味で救えない。

 というか、さっき家の名に恥じないようどうとか言ってた気がするんだが。

 1分も経たないうちに恥を晒しまくっているのはいいんだろうか。ツッコミどころがありすぎる。

 あまりの奇行に、クラスメイト一同ドン引きであった。


「しゅりしゅり、しゅりしゅり…ああ、いい香りがしましゅ…これぞトップアイドルのスメル…ここに住める…転校してきて本当に良かったァ…」


「あの、ちょっといいかな」


 そんな悦に浸りまくっている転校生に、俺は敢えて声をかけた。

 途端、ギョロリと赤い目が俺に向く。そこには不満の色がありありと映っており、邪魔されたことに憤慨しているのは明白だ。


「なんですの?私は今、至福の時間を味わって…」


「そこ、後藤くんって男子の席なんだけど。姿が見えないから、多分今日は休んでるんじゃないかな。雪菜の席はこっちなんだわ」


 そう言って、俺は自分の隣の席を指さした。

 彼女の席は左右空いた形になっており、頬ずりしていたのは反対側の男子生徒のものだった。

 二分の一の確率で、彼女はハズレを引いたのである。

 ちなみに後藤くんは汗かきかつポッチャリ体型の持ち主で、ナイススメルどころか夏場は若干バッドスメルがすると密かに噂になっている男の子であったりするのはここだけの秘密だ。

 さらに言えば俺の前がアリサの席で、幼馴染に囲まれている形だったりするのだが、今は関係ないことである。


「…………」


「えっと、ご愁傷様。なんかこう、残念だったな」


 頬ずりの姿勢のまま固まる伊集院に思わず同情の目を向けてしまうが、彼女はすっくと起き上がると、何故か手をパンパンと二回叩いた。

 すると、教室のドアがガラリと開く。勢いが良すぎてドアの立て付けを見ていたユキちゃん先生に直撃し、「ぶっ!」と悲鳴を漏らしていたが、そんなことはお構いなしとばかりに、やたらガタイのいい黒服の男が室内に入り込んでくる。


「きたわね、黒磯」


「お呼びでしょうか、お嬢様」


「この机を、今すぐ処分して頂戴。滅却してこの世から文字通り消し炭にしなさい今すぐしなさい!いいですわね!」


「はっ!了解しました!」


 伊集院に敬礼した黒服の男は、すぐさま机を抱えると、そのまま一目散に教室から去っていった。

 およそ一分もかかっていないだろう、あっという間の出来事。俺たちはそれを黙って見ていることしかできなかった。

 ちなみに後藤くんは置き勉派であり、彼の机には教科書やノートが詰め込まれていたはずだが、それに関して触れることは誰もしなかった。

 急展開の連続に、頭がついていかなかったのだ。

 もはやカオスと化した無言の教室内に、コホンと咳払いする音が小さく響く。


「…………さて、改めまして。こちらが本当のセツナ様の机ですか。先ほどの机とはまるで違う、高貴なオーラが見えますわね。教えてくれて感謝致します。貴方、お名前は?」


「ん?俺か?葛原和真だけど」


 唐突に名前を聞かれたものだから、つい反射的に答えてしまう。

 まぁ隠すもんでもないし、名前くらい構わないけどさ。


「そうですの。では和真様。後ほど、改めてお礼を差し上げますわ。さて、ジュルリ。そ、それでは、今度こそ…!」


 伊集院が手をワキワキさせながら、観月の机に飛びかかろうとした時、教室のドアが再度開いた。


「あぶっ!?」


「皆、おはよう!」


 ガラリという盛大な音が響くと同時に、再び扉によって顔面を強打され、潰れたヒキガエルのような声をあげる水原先生。

 だがそんなこと知ったことかとばかりに、カオスな空気をかき消すような明るい挨拶とともに教室に入ってきたのは、現役JKアイドルである我が幼馴染、小鳥遊雪菜だった。

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