アイドルになった幼馴染達

「皆ー!今日は私達、ディメンション・スターズ!のライブに来てくれてありがとー!」


 ウワアアアアアアアアアア………!


 マイクを通し反響する声に呼応し、歓声が轟いた。

 薄暗い空間の中、熱狂が渦を巻き、視線がステージに集中する。

 着飾るような装飾が施された舞台。その中央にはスポットライトに照らされながら、観客に笑顔で応える、4人の少女達の姿があった。



 最初に、長い黒髪の少女が語りだす。


「今日は皆に満足してもらえるよう、精一杯頑張るから!私達のこと、ちゃんと見てないと…ダメ、だよ?」


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!ガン見するよおおおおおおおおおおおお!!!!!』


 次に、ふわふわとした金の髪の少女が笑いかける。


「ふふっ、瞬きもしちゃダメですよ?」


『絶対しないよおおおおおおおおおおおお!!!!!まぶた切り落としてくりゅううううううううう!!!!!』


 銀の髪をふた結びにした少女が、恥ずかしそうに声を荒らげた。


「今日は新曲もあるから、楽しんでいってくれると嬉しいかな…べ、別に楽しんでくれないと嫌ってわけじゃないんだからねっ!」


『んほおおおおおおおおおおおお!!!!ツンデレ頂きましたあああああああああああああああああ!!!!!』


 最後に、茶色い髪をサイドテールにまとめた少女が、唇に指を当て、生意気げに微笑んだ。


「皆、楽しんでいってくださいねー♡そうじゃないと…めっ、ですよー♡」


『はうっっっっっっっっ!!!!!心臓がつぶれりゅううううううううううう!!!!!』


 彼女達がマイクを通して話すたびに、会場の熱気は高まっていく。

 それが伝わったのか、センターに立つ黒髪の少女は満足そうに頷くと、一際大きく声を張り上げた。


「あはは♪よーし!それじゃあ楽しんでいってねー!いきなりだけど、早速新曲いっくよー!『私のカレは♪ドクズ野郎✩』!」


『ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!俺もクズになりましゅううううううう!!!!!』


 またも響く大歓声。ライブの始まったばかりだというのに、観客のボルテージは早くも最高潮に達していた。

 この熱気こそ、ライブに対する期待が現れそのものだ。

 それが画面越しにも伝わってきて、俺は思わずにやけてしまった。


「フッ…昨日のライブもどうやら盛況だったようだな」


 時刻は早朝。生徒達が次々登校し、賑わいを見せ始めた朝の教室にて、俺こと葛原和真は、HRを待つ僅かな時間を利用し、スマホで公式SNSにあげられた動画を眺めているところだった。


「ふむふむ、ライブ最高だった!ダメンズの皆可愛すぎ!ね…うん、いい感じの反応だな」


 同時にライブの反応も確認していくが、評判は悪くない。いや、かなりいいと言える。

 どのアカウントを見ても、参加した人は満足している感想ばかりだし、次のライブも絶対に参加すると意気込んでいるファンも数多い。

 ネットの掲示板にも、好意的な反応が多く書き込まれており、次のライブは参加しようと考えている層も一定数いるように思う。これはいい兆候と言えるだろう。

 まだデビューして1年も経っていない駆け出しのアイドルグループであることを踏まえれば、今の段階で相当な人気を獲得していることは事実なのだから。


「このままいけばトップアイドルも夢じゃない、か」


 画面の中の女の子達が、順調に駆け上がっていることに満足し、俺は静かに目を閉じた。

 同時に、野太い叫びがスマホの向こうから聞こえてくる。


『ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!L・O・V・E!セ・ツ・ナァァァッッッ!!!!!愛してるよ!!!!ア・リ・サ・ァァァッッッ!!!!!』


 呼ばれているのは、幼馴染のふたりの名前。

 あの約束の日から十年。

 俺は普通の高校生になり、雪菜とアリサは、アイドルになっていた。



「昔からアイツ等は可愛かったけど、まさかアイドルにまでなれるとはなぁ」


 雪菜達の所属するアイドルグループ『ディメンション・スターズ!』、通称ダメンズは、リーダーである年長のマシロ、年下で小悪魔っ子のルリに、セツナとアリサで構成された、4人組の高校生ユニットだ。

 メンバー全員が並外れた美少女ということもあって、結成初期から注目度が高く、曲の売れ行きも新人としてはかなりのものだったらしい。

 事実、先日出した新曲『幼馴染は★寄生chu♡』はオリコンチャートでも上位に食い込んでおり、現在作成中のファーストアルバム、『クズな貴方も愛している♪』も、今の時点で既に予約が殺到していると、SNSでも話題になっていたほどだ。

 このように、『ディメンション・スターズ!』は各メディアで取り上げられている、現在最も波に乗っているアイドルユニットのひとつだった。


 どのメンバーもそれぞれ違った個性と抜群のルックスを持ち、皆愛想もよければ歌も上手い。

 おまけにどんなファンであろうとも満面の笑みを浮かべながら分け隔てなく対応するのだから、そりゃ人気が出ないほうがおかしいというものである……まぁアリサに関しては、ちょっと違う方向にコアなファンが多いそうだが、当人達が満足しているならそれでいいんじゃないかと思う。

 とにもかくにもダメンズは、押しも押されぬ人気アイドルユニットの階段を、順調に登りつつあるのだ。


(アイドルオタクってやつは、承認欲求に飢えているもんだからな…特に雪菜は元々世話焼きで尽くすタイプだから、どんなやつにも愛想良く対応出来るのは強みのひとつだな)


 そりゃあ一度推すと決めて貢ぐ際は金に糸目をつけないが、オタクだってそこまで馬鹿じゃない。

 嫌々の対応や媚売りしているかどうかってのは、案外見透かされるもんだ。

 ああ、この子は俺を見てくれないんだなと察してしまえば、推すのだって躊躇うのが人間心理ってやつである。


 雪菜がアイドルとして優れている点のひとつは、そういった警戒心を容易に掻い潜れるところにあった。

 基本的に人を嫌うといったことをしないやつなので、誰に対しても壁を作らない。

 その結果、この子はいい子だ。まさに天使。こんないい子が俺を裏切るはずがないだろうという、絶対的な安心感を生み出すのである。


(ククク…馬鹿な奴らめ。そんな都合のいい人間なんざ、いるはずないってのによ)


 絶対的ってのは、言い換えれば盲信的とも言える。

 要は自分の都合のいい面しか見ようとしないし、考えようともしないわけだ。

 そんなやつらは騙されて、金の寝床となり養分になるのが世の理というものだ。

 後で嘆こうが、思考を放棄した時点で自己責任ってやつだな。

 自分だけに都合のいい存在なんざ、早々いるわけがないことくらい、ちょっと考えれば分かるだろうに。


(もし仮にいたところで、そんなヤツはとっくに誰かのモノになってるに決まってるだろ。それに気付かないとは、愚かなもんだぜ)


 思わず嘲ってしまうのは、そんなレア中のレアな人間を幼馴染として真っ先に手中に収めることに成功した、勝ち組としての余裕からだ。

 いや、でも、ある意味正しいっちゃ正しいんだけどな。

 確かに雪菜は彼らを裏切ることはない。雪菜はファンにとって、清く正しいアイドルのままで居続けることだろう。

 なんせ雪菜は、アイドルになる以前から―――


「お、葛原。なに見てんだ?」


 幼馴染がアイドルとしての階段を順調に駆け上がっている現状に満足していると、ふと声をかけられた。

 顔を上げると、見覚えのある男子生徒の顔がある。中学からの同級生である、佐山拓斗さやまたくとだ。

 俺は返事代わりにスマホを持ち上げ、見せつけるように佐山の眼前へと突き出した。


「佐山か。これだよこれ。昨日のダメンズのライブ。サイトに動画きてたから確認してたんだ」


「ああ、それな!俺も観に行ったけど、すごい盛り上がりだったよ。新曲も披露されたんだけど、すげー良くてさぁ。最高だったぜ!あんな美少女達が、全員うちの学校の生徒っていうんだからなぁ。こんなのもう奇跡だよ奇跡!生まれてきて良かったわ」


 それを見て思い出したのか、感動を顕に頷く佐山。

 この反応から分かる通り、ダメンズのメンバーは全員この私立鳴上学園の生徒である。

 これに関しては狙ったわけではないそうだが、この事実は学園に通う生徒たちにとっては重要で、ちょっとした自慢のタネになっているらしい。

 それもあってか、この学校にはダメンズのファンが多数存在しており、特にこの2年D組には2人のアイドルが在籍している関係上、他のクラスの生徒からは羨ましがられることが多いとか。

 佐山もそんな学校に数多くいる、ダメンズのファンのひとりである。


「観客席から応援するのも楽しいけど、やっぱ近くで見ると別格だわ。特に小鳥遊さんはもう一生推してくって決めたもんよ。俺の好みドンピシャだからさぁ。可愛すぎんよ!」


 彼はどうやら以前から雪菜に好意を寄せていたそうだが、平凡な自分の容姿では告白しても無理だろうと諦めていた折に、雪菜がダメンズとしてアイドルデビューしたことを知り、それと同時にファンに移行したらしい。

 今では立派なアイドルオタクと化し、グッズも結構な数を購入しているようだ。

 俺と話すようになったのも、雪菜やアリサの幼馴染ということで縁を作りたかったからだと、照れくさそうに言っていたことを思い出す。

 まぁ思惑はどうあれ、今は友人に違いないし、こうして身近にいる熱心なファンの感想を聞けるのは、俺にとっては有難いことだった。


「そりゃあ良かった。俺も雪菜やアリサの幼馴染として鼻が高いってもんだよ」


「それに関しちゃ全くもって羨ましいが、なんでお前が偉そうなんだよ…あ、そういや聞いたか?今日うちのクラスに転校生が来るんだってよ」


 それを聞いて、俺は少し驚いていた。

 今は四月の半ばだ。親の転勤だというなら、春休み中に手続きを済ませて二年生に進級と同時に編入してくるだろうし、このタイミングでの転校とはなんとも中途半端に思う。かなり珍しいのではないだろうか。


「そうなのか?この時期に珍しいな」


「ああ、なんかいきなりだよな。朝職員室で見かけたやつがいたんだが、そいつ曰く、なんでも転校生は女の子らしいぜ。それも結構な美少女だとか!どんな子が来るのか楽しみだな!」


 鼻息を荒くする佐山を見て、今度はこっちが呆れる番だった。

 こいつ、アイドルじゃなくても可愛い女の子だったら誰でもいいんじゃあるまいな…まぁ今の時点でこんだけがっつているようじゃ、コイツが付き合える可能性は万に一つもないだろうが、佐山は大事な金蔓…もとい友人である。

 念のため、ダメンズから浮気しないよう、ちょいと釘を刺しておきますかね。これも俺の、ひいては幼馴染のためってやつだ。


「ほう。そりゃいいことだが、その子にとっちゃ不運だったな。なにせうちのクラスには現役アイドルがふたりもいるわけだし、いくら可愛かろうと勝ち目はないだろ」


「まぁそれはそうなん」「その通りですわ!!!!!」


 頷く佐山の声をかき消すかのように、バーン!!!と教室のドアが開け放たれた。

 突如響いた轟音に、教室中の視線が一点に集中するのだが、そこに立っていたのは見覚えのない派手な出で立ちの女子だった。


「私如きがあの方達に勝てるはずもありません!いえ、勝つ必要などまるでなし!!!『ディメンション・スターズ!』こそ、我が太陽にしてフェイバリットアイドルユニット!!!至高にして究極の存在!!!この世に存在することがまさに奇跡と言わざるを得ません!!!彼女達はこの世界を光に照らすべく遣わされた女神達にして、現人神そのものなのですから!!!」


 そしてそんなことを、教室の入口に立ちながら、大声で宣言したのだった。

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