【3巻8月25日発売】幼馴染たちが人気アイドルになった~甘々な彼女たちは俺に貢いでくれている~

くろねこどらごん

一章 嵐を呼ぶ転校生編

プロローグ 生涯働きたくない宣言

 働きたくない。


 それは誰しもが、一度は抱いたことのある想いだと思う。

 

 俺、葛原和真くずはらかずまがそのことを考えたのは、小学生の頃のことだった。

 覚えている限り、きっかけは本当に些細なことだった。

 当時、遠足の行事で少しばかり学校から離れ、遠出することがあったのだ。

 バス移動の最中から、周りのやつらははしゃぎっぱなしで、先生の話もろくに聞かず、現地に着いてもそれは変わらなかった。

 好き勝手な行動を取る子供達相手に統率を取るのは、きっと一苦労だったことだろう。

 俺自身は特にはしゃぐ気にもならず、整列をして周りが落ち着くのをただ眺めていたのだが、疲れた顔をしながら子供たちの相手をしている先生を見て、ふと思ったのだ。


 ―――ああはなりたくな、と。


 思えば、当時の俺は随分とませたガキだったと思う。

 7歳やそこらで、将来のことを考える子供なんてほぼいないだろう。

 俺だって普段は遊んでいるほうが好きだったし、大人が働いてる姿を見ても特に疑問を覚えることはなかった。

 そういうものなんだくらいの感覚。普通の子供はそんなもんだろう。


 だけど、その時の俺は考えてしまったのだ。

 あんなふうに疲れた顔をして働くことに、なんの意味があるのだろうと。

 一度考えてしまったら、後はもう止まらない。

 思い返せば、俺の両親はいつも帰りが遅かった。

 そして帰ってきた時は先生のように、ひどく疲れた顔をしていたと記憶している。

 俺の前では笑顔を取り繕っていたが、ふとした瞬間ため息をついたり、うんざりした顔で着信の入ったスマホを耳に当てる姿は、幼い俺にとって、ひどく印象に残っていた。


 自分も将来、あんな顔をするようになるのだろうか。


 そう思うと、俺は嫌になってしまった。

 なんであんな疲れた顔をして、苦労してまで働かないといけないんだろうか。

 絶対働きたくない。働いてたまるかという強い思いが、俺の全身を支配していく。


 じゃあどうすれば働かないで済むんだろう。

 親に働いてもらう?いや、それだけじゃ足りない。

 働きたくないのは勿論だけど、俺はできれば遊んで暮らしたかった。

 遊んで遊んで遊びまくり、超絶勝ち組ヒャッホーイな人生を送りたいという、子供らしい微笑ましい未来を夢みていたのだ。


 そのためには、金が必要だ。

 大金を得るために、運に全てを任せるべきか。

 宝くじや競馬といったギャンブルに、ワンチャン賭けて勝負に出る。それしかない、か?

 いや、賭け事は確実性に欠ける。

 負けたら働かざるを得ない。嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ!でも、どうすれば…

 そこまで考えが至った時、俺はひとりの女の子に話しかけられていた。


「カズくん、なにしてるの?」


 そう言って俺の顔を覗き込んでくるのは、幼馴染の小鳥遊雪菜たかなしせつなだった。

 名前の通り、雪のように白い肌と、透き通るような黒髪を持つ、同い年の中でも飛び抜けて整った容姿の持ち主で、何故か俺によく構ってくるやつだ。

 世話焼きというかなんというか。ちょこまかと俺の後ろを付いてきたり、ひとりでいるとこうして話しかけてきて、やたら心配してくるので、俺からしたら少し面倒臭いやつという認識である。

 たまにはそっとしておいて欲しいときもあるのに、いつも傍にいて面倒を見ようとしてくるのは助かる時もあるっちゃあるが、今みたく考え事をしている時には余計なお節介というか、うっとおしいとすら思ってしまう。


「いや、別になにも。ちょっと考え事をしていたんだよ。もう少しかかりそうだから、悪いけどひとりにさせてくれないかな」


 だからだろうか。つい言い方がつっけんどっけんになってしまった。

 まずいと思った時には既に遅く、雪菜の表情は僅かに暗くなっている。


「あ、ごめんねカズくん…」


「いや、別に邪魔だって言ってるわけじゃなくて…」


「どうせろくでもないこと考えてたんでしょ。アンタっていっつもそうだもんね」


 謝ろうとした時、割って入る声があった。


「アリサ…」


「雪菜を悲しませるようなこと言うんじゃないわよ。この子は和真とは違って本当にいい子なんだから」


 そう言って呆れた目を向けてくるのは、もうひとりの幼馴染である月城つきしろアリサだった。

 銀色の髪を青色のリボンでツインテールにまとめた、雪菜に負けないほど可愛い女の子である。

 ただ、性格はキツく、時たま俺に辛辣な言葉を投げかけてくるため、雪菜とは違った意味で苦手なところのあるやつでもあった。


「ていうか、地面に座ってたら服が汚れちゃうじゃない。ホラ、ハンカチ貸してあげるから、これを敷いておきなさい」


「あ、うん」


 同時にこんなふうに面倒見が良い一面もあるから、憎めないやつでもあるんだが。

 言われるままにハンカチを受け取ると、なんだか毒気が抜けてしまって、ついさっきまで悩んでいたことを口に出してしまった。


「別にそんなつもりはなかったんだ。ただ、悩んでることがあってさ。それがすごく大事なことだから、じっくり考えたくて…」


「悩み?」


「悩んでいるなら、私が相談に乗ろっか?私、カズくんのためならなんでもしてあげるよ」


「あ、えっと…」


 …むう。参ったな。ふたりが食いついてきてしまった。

 こうなると全部話さない限り、聞いてくるんだろうなぁ。

 でも将来絶対に働きたくないとか、こんなことを幼馴染達に相談したところでどうにかなるものでも…ん?待てよ?


「なぁ、雪菜。アリサ」


「なによ?」


「なになに!?私にしてほしいこと、なにかあるの!?」


 面倒臭そうな目を向けてくるアリサと、キラキラした目を俺に向けてくる雪菜。

 対照的な態度の二人だったが、後者は大きな瞳をめいっぱい見開き、期待を覗かせているのが見て取れる。


(これは…もしやイケるのでは?)


 俺を綺麗な目で真っ直ぐ見つめる雪菜を見て、俺はある確信を得ていた。

 アリサはともかく、コイツはきっと、俺の提案を断らない。

 勝利を半ば確信しながら、俺はゆっくりと口を開く。


「あのさ、俺、働きたくないんだ」


『働きたく…?』


「うん、絶対働きたくない。働くなんて絶対にごめんだ。だからさ、ふたりに俺の代わりに働いて欲しいんだよね」


 俺の提案に、ふたりは大きく目を見開く。


「はぁっ!?」


「私が?カズくんの代わりに?」


「そう。そして生涯俺のことを養って貰いたいんだけど」


 ダメかな?そう問いかける俺の言動は、子供ながらに間違いなくクズのものであっただろう。

 普通なら決して頷かれるはずのない、生涯寄生宣言。これを受けて案の定、アリサは目を吊り上げて怒り出す。


「和真!アンタなに言ってんのよ!?そんなの、頷くわけないじゃない!」


 だろうな。俺だってこんなこと言われたら怒るし、絶対頷かない。

 アリサの反応は当然だし、むしろ正しいと思う。


「雪菜もなにか言ってあげなさいよ!?これじゃコイツ、とんでもないダメ人間に…」


「…………うん、わかったよ」


 だが、雪菜は違った。

 一瞬キョトンとした表情を浮かべたものの、すぐに大きく頷いたのだ。

 それを見て、俺は口元がにやけるのを押さえることが出来なかった。


「せ、雪菜…?」


「本当か?その言葉、嘘じゃないよな?」


「うん、勿論だよ!」


 戸惑うアリサをよそに、雪菜へ本当に養ってくれるかもう一度尋ねると、


「私が一生、カズくんのことを養ってあげるからね!」


 満面の笑みで、そう答えてくれたのだった。


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