第12話

 フィオフォーリはオールツェル王国の異変後、各国の情勢不安に静観の立場を取る事となった。これは長としての考えもあったが合議によって決定されたものだった。


 エルフは長い時を森の中で過ごす。狩猟や採集を覚えて、野に生える草花に理解を深めて、森林の大自然と一体となって暮らすのが伝統的なエルフのスタイルであった。他国へ出るエルフも多く居るが、フィオフォーリの森で生まれ祖国の土に還る事がエルフの伝統であった。


 故あって自国への帰属意識の高いエルフ達は、混乱のさなかまずフィオフォーリの森を守る事を重要視した。森の中核である木神の象徴である神樹を守る事を先決したのだ。国外に散っているエルフを呼び戻し、国内のエルフの中で戦える者、戦う意思のある者に戦闘訓練を施した。エルフは弓の扱いに長けている弓兵には事欠かない、それに加え魔法の研究を行っていたエルフが少数戻ってきた為、魔法兵も準備する事が出来た。防衛という観点から見れば、フィオフォーリは万全の体制を整えた。


 しかしそれは詰まるところ、自国に引きこもって出方を待つ巧遅の策であり、外交の面でオールツェルの取り成しに依存していたフィオフォーリは、世界情勢を追う事に苦心してしまう事になる。


 そんな中現れたのは、アクイルの体を乗っ取っていた魔王アラヤであった。言葉巧みに不安を煽り、他国の悪い情報だけを小出しにばら撒き、エルフ達を森に釘付けにした。


 そしてあっという間に始まった魔王アラヤと魔族と魔物による侵攻は、まるで雪崩や鉄砲水のようであった。魔王が準備に準備を重ねた魔物の浸食は止まる事を知らなかった。結果、未知の怪物に対してフィオフォーリが守る事が出来たのは、森の中核とほんの少しだけの手の届く範囲だけになった。


「ある一面だけを見ればサラの言う事は正しい、我々は慎重になりすぎていた。盟友オールツェル王国に対して、何もしなかった」


 シルヴァンの口調は重く苦しいものだった。


「結局それが間違いだと気付く時は、間違えた後なのだ。魔物に多くの同胞を殺された。親を奪われ泣く子供、住む場所を追われ絶望する人々、多くの痛みと犠牲を出してしまった」


 それだけ言うとシルヴァンは少しの間目を閉じて顔を伏せた。レオン達はその悲痛な姿を黙って見ているしかなかった。


「ここまではこの国で起こった出来事だ。ここからは今起きている事を相談したい。王子達にも頼みたい事がある、いいだろうか?」

「それは勿論です。力になれる事があれば何でも仰ってください」

「私も神子として微力ながら協力します」


 二人の即答を聞いて、シルヴァンの厳しい顔は少しだけほころんだ。


「ありがとう二人共、感謝するよ。まず相談したい事は木神様の神樹の事なのだ、今我々は木神様のご加護を失いかけている」

「えっ?」


 レオンとソフィアは同時に疑問の声を上げた。


「星の神子であるソフィア様なら、何か気づいた事はないだろうか?」


 シルヴァンに問われて、ソフィアは気にかけていた事を話す。


「もしかしてこの地に流れる木神様の魔力の減衰の事ですか?」

「その通り、今我々は木神様に祈りを届ける事が出来ない」


 シルヴァンは重々しく話し始めた。


 一方外に出たクライヴとサラも同じ話をし始めていた。


「木神様の神樹はこの森で一番大きくて目立つあの木だ」


 サラが指差す先をクライヴは一瞥する。


「存じております。御立派な木ですね」

「ああ、我々エルフの誇りだ。だが、神樹の近くまで行くには少し国から離れている、今そこにある魔物が居座っていて近づく事が出来ないんだ。そして祈りを届ける木の神子が魔物の襲撃に遭って怪我を負ってしまった」


 それを聞いたクライヴは深刻さを感じ取った。


「確かフィオフォーリの木の神子様は、シルヴァン様のご息女では?」

「そうだ、私の妹のリラだ」


 サラは俯いて応える。クライヴはサラの焦りの理由はこの事柄も影響していたのだと知った。


「具合の程はいかかですか?」

「怪我自体は大した事が無かった。すぐに傷は塞がったし、悪い所は見つからない、だけどその傷を負ってからリラは目覚めないんだ」

「それは…心配ですね」


 クライヴは思わず言葉に詰まった。


「気を遣わせてすまない、でもこれを聞けばどれ程不味い状況か分かるだろう?」


 クライヴは頷く、神樹への道を閉ざされ神子は活動不能、国内には不安と不和が蔓延し、緊張が高まっている、ここまでの状況を作りだすには知性のない魔物だけでは絶対に出来ないだろう。


「ではやはりシルヴァン様も魔族の影がどこかにあると考えているのですね」


 レオンの問いにシルヴァンが同意する。


「魔物は未知の驚異ではあるが、我々でも対処が出来る。冷静に迅速に処理してしまえば狩りとそこまで変わらない、むしろ野性動物の方が慎重で賢い」


 それについてはレオンも同意見であった。野生動物は生きる為に存在し、魔物は破壊する為に存在している。この差はとても大きいものだ。


「しかし魔物の指揮を執れる魔族がいるとなれば別だ。未知の能力を持つ魔物を初見で倒すのは難しい、そこに統率が加われば尚更だ」

「やはり作為的に動いていると思われますか?」

「レオン様とクライヴ殿の読みは正しいと私は思う、裏付けになるか分からないが、これを見てくれ」


 シルヴァンは机に水晶玉を置く、そして遠見の魔法を唱えると神樹への道を塞ぐ魔物の姿が映し出された。魔物は我が物顔で悠々と眠っている、レオンもソフィアも見た事のない魔物であった。


「ソフィア、分かるか?」

「分からない、キマイラに似ているけど。何か色々混じり合わさっているように感じる」


 神授の杖を持つソフィアでも分からない魔物となると、その脅威はとたんに跳ね上がる。


「こいつは他の魔物と違って、何かが近づいて来るまではここを動かない。近づくものは悉く殺し大暴れするが、それ以外の時はずっとああして眠りこけている。弓矢で狙撃してみても、尻尾の蛇が火を吐いて阻止されてしまう」


 その後何度か討伐を試みるもどれも失敗に終わったと語るシルヴァン、そして異常事態に気が付いたと言う。


「奴は口から炎を吐く、その炎が木に引火したんだ」

「へ?」


 レオンは素っ頓狂な声を上げた。それとは逆にソフィアは深刻に聞き返した。


「フィオフォーリの生きている木に火が付いたんですか?」

「そうだ」


 考え込むソフィアにレオンは説明を求める。


「木神様のご加護を受けたフィオフォーリの木々は、その一本一本が言ってしまえば神樹その物、木神様の魔力を得て恵みを与え、弱った大地にはその魔力を渡す重要なもの。木神様の魔力が通っている木に、そこに暮らす人々を害する火はつかないの」

「ソフィア様の言う通り、木神様の力が弱まりフィオフォーリは今危機に瀕している」


 レオン達がキマイラ討伐に向かえば激戦は必至、吐き出される炎を木々を燃やし大火災が起きるであろう。そうなれば避難民が詰めている状況はより最悪の事態を招きかねない。


「成程、しかしどうしますか?」


 現状を聞いてどう動くべきかレオンには手がかりも思いつかなかった。力になる事は決めていたが、指針がなければ動けない。


「まずは木の神子である我が娘リラの治療を試みたい、神樹に近づく事が出来なくても、星の神子と木の神子が揃えば少しは木神様に力を届ける事ができる。そうすれば木々に魔力が戻りキマイラ戦での憂いも無くなる」


 キマイラを倒す事が出来れば、木神の力を取り戻す事にも繋がる。そうなれば国内の閉塞した緊張感も和らぐかも知れないとシルヴァンは言う。


「リラが目覚めない理由はどれだけ調べても分からなかった。だが、治療の方法を探しているうちに、古い伝承を見つけた。フィオフォーリの樹海に、雫の泉と呼ばれる場所があるらしい、そこには神樹の魔力を沢山含んだ水が貯えられていて、死に瀕する程の大怪我を負った初代オールツェル王を治癒したと記されていた。そこを見つける事が出来れば望みはあるかもしれない」

「分かりました。すぐにでも向かいましょう」


 レオンは即答し、行動に移ろうとする。


「待ちなさい、慌てては駄目だ。文献には泉の場所は記されていなかった」

「ならば探します」

「我々も手を尽くして探したが、それらしい場所は見つからなかった。また闇雲に樹海を探し回るのは愚策だ」

「しかし!」


 レオンはそれでも動かないよりましだと反論しようとするのを、シルヴァンは手で制した。


「大丈夫ですレオン様、貴方がここに来てくださったお陰で泉に辿り着く為の道筋が立った。エクスソードを抜いてください」


 レオンは立ち上がってエクスソードを抜き構える、シルヴァンは剣に近づいて手をかざした。


「エクスソードは強大な力の他に、膨大な歴史を内に秘めています。それは戦いの記憶、初代オールツェル王が常に陣頭に立ち続けて道を照らし続けた希望の導、この剣には雫の泉の記憶も残されているはず」


 シルヴァンが呪文を唱えて魔法を発動する。するとエクスソードの刀身が淡く輝き、レオンの頭の中に情景と場所は浮かび上がった。木々に隠され守られるように泉の道は塞がれていて、一人のエルフが傷ついた青年を抱えてそこへたどり着く、すると木々は青年を迎え入れるかの如く道を開けて美しく輝く泉が現れた。エルフが傷ついた青年を泉に浮かべると、木々の木漏れ日が意志を持つかのようにその青年だけを照らした。傷だらけでボロボロだった青年の体は見る見る内に回復していき、目を覚ましエルフと喜び合い抱きしめ合う姿を最後に情景は消えた。


「レオン!レオン!起きて!」


 ソフィアの声で目を覚まし、肩を揺さぶられてレオンは我に返る。


「大丈夫ですかレオン様?今のは物の記憶を辿る魔法、泉への道を指し示す手助けになると思ったのですが…」

「立ったまま意識を失うんだもん、すごく驚いたんだから。それで何が見えたの?」


 そんなことになっていたとはレオンも露知らず、二人に先ほど見た事を話した。


「成程、泉は普段隠されているのか。治療が必要な者にのみだけ道を開くのかもしれないな」


 シルヴァンが納得するように頷く。


「あの、もう一つ気になった事がありまして、その情景に現れたエルフの人がシルヴァン様によく似ていたんです」

「そうか、もしかしたら初代オールツェル王を雫の泉に運んだのは、私の祖先だったのかも知れないな。その強い繋がりが、より強く記憶を呼び起こしたのだろう」


 エクスソードに刻まれた歴史は戦いの記憶、しかし人々が手を取り合い未来へと繋がった象徴でもあるのだとレオンは強く思った。若き王とエルフの二人が喜び抱きしめ合う姿は、友人のようで兄弟のようでもあった。いがみ合っていては前に進めない、今は自分に出来る事を探さなければと剣に誓った。


「場所も頭の中に浮かび分かりました。後はエクスソードが導いてくれると思います。リラ様の救出を急ぎましょう」


 剣を鞘に納めてレオンが言う。


「長として、あの子の親として頼みます。リラを救ってあげてください。リラを運ぶのはサラにやらせましょう、あの子なら足場の悪い森の中でも難なく人一人運ぶ事が出来る」


 レオンは頷いてソフィアと共にシルヴァンの元を後にした。二人が居なくなった後も、シルヴァンは「どうか…どうか…頼みます」と呟きながら頭を下げ続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る