第11話
一晩明けて出発する前にソフィアはサラを引き留めた。
「サラ聞いて良い?この村で亡くなった人たちのお墓はどこ?」
「ソフィア、着いた時に説明しただろう。ここの者達は魔物に食われて殆ど残っていなかった。墓などないよ」
サラはそう言って荷物を纏めようとする。
「それは嘘でしょ?サラはここの人達をどこかに埋葬した。例え少しでも故人と所縁のある物を集めて、違う?」
ソフィアはそう言ってサラの目を見つめる、一歩も引かないと目で訴えるソフィアの態度に折れてサラは言う。
「何故気が付いた?」
「ここ、綺麗すぎる。きっと誰かが掃除したと思ったの、跡形もなく食い尽くされてしまったとしても、血の跡も残っていないなんて変だと思って」
「ソフィアは案外目端が利くな、分かったよついてきてくれ」
頑ななソフィアの態度に折れてサラは墓とも呼べない場所に案内をした。
大樹の下に少しだけ土が盛り上がっている場所がある、そしてその上にはまだ摘まれて間もない花束が供えられていた。
「正直ここに埋めた物は私の自己満足みたいなものなんだ。原型をとどめていない部分的な所だけだったり、身につけていた装飾品だったり、服の切れ端だったり、埋葬と言っていいのかも分からない場所さ」
サラはそう言って自虐的に嘲笑するが、ソフィアはそんな事は関係ないと言わんばかりに、膝をついて神授の杖を構え祈りを捧げた。
「星の神子が願い奉る、どうかこの地に眠る御霊が星に還り、再びこの地を照らす光とならん事を」
ソフィアの祈りに呼応するかのように杖の宝珠が輝きを増す。辺り一面に光の粒が立ち込めて、それぞれに輝き舞い踊る。やがて星の粒は一塊になり、空の彼方に吸い込まれるように消えて行った。サラはその神秘的な光景に目を奪われていた。
「祈りは魂を慰めるためのもの、それは死者だけでなく生者も然り、サラがこうして優しさと祈りを込めて埋葬してくれたから、きっとこの村の人達の魂も救われたと思う。勝手かも知れないけど、私にも祈らせてもらっちゃった」
余計な事だったかなと聞くソフィアを、サラは否定する。
「ありがとうソフィア、私達の為に祈ってくれて」
サラの言葉を聞いて満面の笑みを浮かべるソフィアに、サラも微笑みで返した。こんなにも温かな気持ちになれたのはいつ以来だろうかと、サラは心の中でもう一度ソフィアに感謝した。
サラの案内によってフィオフォーリに到着したレオン達は、まず人の多さに驚いた。その多くは戦う力のない者達で、簡易的なテントやバラックをそこら中に建てて身を寄せ合っている。門前では厳戒態勢がとられ、サラの取り成しがなければ入国に手間取っていたかも知れない。
「今はどこもこんな感じに人が集まっている、幸い森の恵みのお陰で食べる物には困らないが、贅沢も出来ないから不満は溜まっているだろうな」
長の元へ案内をする道すがらサラがそう話した。
「サラ、長のシルヴァン様の事は知っているけど、話に出てきた代表とはどんな人達の事を指すんだ?」
レオンのサラへの問いにクライヴが少し割り込む。
「レオン様、フィオフォーリはシルヴァン様が長としてトップに就いていますが、国での決め事を行う際は、森に住むそれぞれのエルフの代表が集まって合議するのです」
「クライヴ殿の言う通りだ、父であり長であるシルヴァンは最終決定権を持っていても、基本的には代表達と合意しなければ話を前に進められない、無理矢理に出来なくもないが、それをしてしまえばフィオフォーリは瓦解してしまうだろう」
クライヴとサラの説明を聞いてレオンは納得する。
「成程、二人共説明してくれてありがとう。浅学の身ですまない」
「気にするな、事情は聞いた。貴方はまだ王になる途中だったのだ」
サラがそう言ってくれたお陰でレオンも少しだけ安心した。しかし、自分にはまだまだ知らなければいけない事が多い事も知った。疎いままではいられないと思った。
「ここが合議の会場だ、この中に長と代表達が居るだろう。私が紹介するからついてきてくれ」
他の建物とは明らかに作りも豪華で壮観な建物の扉を開けて中に入る、サラに続いて歩いて行くと、立派な長机と席にずらりと代表達が腰を掛けており、一番奥に少しだけ豪華な椅子に座るエルフが居て、すべての目がレオン達の方にぎらりと向けられた。
「サラ、お前はまた長い事離れおって。お前ひとりの手では碌に魔物も仕留めきれないのだからやめろと言ったであろう」
「それは分かっております父上、しかしそれでも私は魔物を一匹でも多く減らすと宣言しました。私の行動に許可などいりません」
奥に座るエルフをサラは父と呼んだ。レオンは彼がエルフの長シルヴァンであると知った。白い長髪を総髪にした威厳と風格のある顔をしている、落ち着きを払っていて彼の周りの空気だけ静かに流れているように感じる人だとレオンは思った。
「まあいい、それよりもお前が連れてきた客人を紹介してくれ」
サラは後ろに居るレオン達に前に出るよう手で促した。サラの隣にレオン達は並び立った。
「彼はオールツェル王国の王子レオン、そして星の神子ソフィア、最後の騎士クライヴ殿です」
サラの紹介に代表達はざわめき立つ、皆口々に生きていたのかなど、レオン達の生存を驚く声と、所々恨み節のような呟きも聞こえてきた。
「皆静かに」
そんなざわめきもシルヴァンの一言でぴたりと止まる。
「その方、本当にオールツェル王家の生き残りか?今まで姿も見なければ、情報や噂の類も聞こえてこなかった。俄かには信じ難い」
「シルヴァン様のご指摘御尤もで御座います。私が王家に連なる者かどうか証明する手立てはありません。しかしこの剣を見ていただければお分かりになるのではないかと思います」
レオンは腰に下げた鞘から宝剣を抜き、それを胸の前に持って構える。シルヴァンは剣を見た瞬間立ち上がって言った。
「それは宝剣エクスソードですか!?」
「そうです。私はこの剣を手に入れる為、精霊の隠れ里に身を隠し修練を積みました。私はこの剣を手にした時に誓いました。魔族と魔物を討ち、世界に団結をもたらすと、そしてオールツェル王国を取り戻すと」
レオンの覚悟に反応するかのように剣は光る、レオンはエクスソードを納めて言った。
「私たちはその目的の為に旅を始めました。星神の神子であるソフィアは、神託を受けました。各国を回りその国の神々の加護と神器を授かれと、でも決して目的の為だけに動いている訳ではありません。私達が力になれる事があれば力にならせてください」
レオンはそう言って頭を下げる、その様子を見てまたざわめき立った。その中の一人の代表が立ち上がって言った。
「長、私は反対です。この国の問題に関わらせるのも、この者達に施しを与えるのも、神器を与えるなぞもっての外!」
その一人を皮切りに、もう一人が立ち上がる。
「私も同じ意見です。魔物はオールツェル王国内部から無限と思える程湧いて来る、それに魔族に手を貸したのはオールツェルの宰相アクイルです。今更王国の手の者がどの面下げて協力等と、信用できません!」
代表達から次々にそうだと同意の声に罵倒の声が上がる。
「お待ちください!アクイルは、魔族に心を乗っ取られたのです!彼は国や世界を思う気持ちに一点の曇りもありません!」
「黙っていろ小僧!お前がこそこそと隠れおおせている間に、お前の国の宰相はその立場を使って各国をかき乱した。お前達の不始末が原因で世界は混乱に陥っているのだ!」
「そんな…」
レオンの言葉は代表達には届かなかった。罵倒に怨嗟、口汚く罵りの声が止まらない、クライヴが何度か反論を試みるも、それも一笑に付され取り合ってもらえなかった。ソフィアは自分たちに向けられる悪意に、体を小さくして震える事しか出来なかった。
「腰抜け共め」
サラが声を上げる。
「何だとサラ!?もう一度言ってみろ!」
サラが前に進み出て叫ぶ。
「聞こえなかったか爺共!耄碌して耳も遠くなったな!腰抜け共めと言ったん
だ、聞き逃すな。お前達がここで下らないなれ合いを繰り返している内に、王国は魔族に乗っ取られた。レオン達が恥と屈辱を耐え忍ぶ間に、我が国は何が出来た?縮こまって静観することしかしなかった!他の国と碌に連携を取ろうともせず、魔族に惑わされいいようにされたのは我々ではないか!お前達より、レオン達の方がよほど信頼出来る。レオンは他国の見ず知らずの人々の為に心を痛め力になろうとしている、ソフィアは誰とも知れぬ者の為安らぎと平穏を祈る事が出来る、クライヴ殿もまだ未熟な二人を良く支え成長を促し騎士としての矜持を持ち戦っている。我々は魔物に翻弄されてばかりではないか!」
サラの激しい物言いに、代表達は皆顔を真っ赤にして怒り狂った。
「貴様!長の娘だからと調子に乗りおって!我々を侮辱した事許されると思うなよ!」
「娘だから言っているのではない!国を憂いているから言っているのだ!」
サラと代表達の間で喧々囂々の言い合いが始まってしまい、レオン達はどうする事も出来ずに狼狽えていた。ソフィアがサラを止めようとした所で、黙っていたシルヴァンが大声を張り上げた。
「静まれ!!」
その怒気と迫力に、皆戸惑い押し黙る。
「長として命じる、王子と星の神子を残して皆外に出よ。クライヴ殿、すまないがサラの面倒を頼めるか?一度頭を冷やさせてくれ」
「はっ!」
クライヴは急に命じられた事にも動じず、サラに声をかける。
「シルヴァン様の言う通りです。サラ様、一度外に出ましょう」
サラは承服しかねる態度ではあったが、クライヴに促され一緒に外に出た。
「長我々は残らせてもらおう」
「然り、何か話があるのならば我らにも聞く権利が…」
言葉の途中でシルヴァンは静かにゆっくりと言った。
「私は長として命じると言った。聞こえなかったのならもう一度言おう、王子と神子以外は出て行け」
迫力に気おされて強きに出ていた代表の一人も黙る、一人、また一人と席を立つ者が現れ始めて、その場に残ったのはレオンとソフィア、そしてフィオフォーリの長シルヴァンのみとなった。
「王子お見苦しい所を見せた。長として謝罪しよう。神子よ、怯えさせてすまなかった。皆国を思う気持ちは同じなのだ、それは分かってくれ」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。余りに考えなしの行動でした」
レオンの言葉をシルヴァンは否定する。
「そんな事はない、この国の為に出来る事を考えてくれた事嬉しく思う。ここからはフィオフォーリの長として王子と神子に話したい事がある」
ソフィアはおずおずと手を上げて聞く。
「あの、レオンはともかく私もですか?」
「勿論、むしろ星の神子である貴女には是非力を貸していただきたい。この国が抱える問題をお話しよう」
シルヴァンの真剣な顔を見て、レオンとソフィアは顔を見合わせて頷く、二人が目の前の席に座るとシルヴァンはゆっくりと話し始めるのだった。
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