第10話

 サラの案内を頼りに森の中を進んで行く、ここに住むエルフなだけあってサラの足取りは軽やかで、装備の重さや足場の悪さを感じさせない身のこなしだった。


「サラ聞いていいか?」


 レオンはサラに着いて行きながら聞く、ソフィアは流石に足場の悪い場所を歩き慣れてなさすぎて、クライブの背に乗っていた。


「いいぞ、しかしあまり話していると先が辛くなる。程々にしろ」

「分かった。フィオフォーリまであとどれ程ある?」

「お前たちを連れて行くから後二日程だな、先は長いぞ」


 フィオフォーリは樹海に囲まれた国、距離がある事は覚悟していたがやはり大変な道のりになるとレオンは思った。


「そんなに国から離れた所で何をしていたんだ?」

「私は森を知り尽くしているから遠出という程遠出ではない、一人なら日帰りで帰れる距離だ。目的は魔物退治と周辺の警邏だ」


 サラはそう言って自分が担ぐ長弓を触る、弓の腕前は相当なものだと目の前で見ていたレオンは分かる。


「魔物の被害はどうだ?道中そこそこ遭遇して倒してきたが、俺達はまだ旅に出て日が浅い、どんな状況なのか把握しきれていないんだ」

「ならばちょうどいい、そろそろ着く場所を見れば分かる。今日はそこで休憩しようと思っていた。おしゃべりはここまでにしよう」


 そう言うとサラはそれきり一言も喋らずに黙々と歩き始めた。レオンも話はそこまでにしてついて行く事にした。クライヴは荷物とソフィアを抱えながら歩いていても息を乱す事無く着いてきていた。


「着いたぞここだ」


 サラが連れてきた場所は人の居なくなった村、それより小さい集落のような場所だった。


「ここは村か?」

「小さいがそうだ。住人は魔物に襲われて食われた。もうここには誰もいない」


 レオンは愕然とした。すでに魔物の被害に遭っていて、住人が居なくなった村を自分が目の当たりにしている事が信じられなかった。


「魔物は動物も食い荒らす。中には作物も食う奴がいる。我々は狩りを主な生業にしている、フィオフォーリの大自然と共に暮らすのがエルフの生活だ。だが、魔物は荒らすだけ荒らして何も残さない、自然とはかけ離れた存在だ、狩りに出た者、木の実や野草を採取しに出た者、皆魔物にやられた」


 サラは歩きながら説明する、レオン達は黙ってそれに続くしかなかった。


「フィオフォーリの樹海は広大だ、本国だけでなく大小様々に生活拠点がある。だが今はその殆どを放棄して、本国に住民を集めている。魔物から守るためにな」


 ここを使わせてもらおうとサラが荷物を下ろした。空き家で生活感が残り香のように漂う、レオンも荷を下ろして腰を掛けると、疲労が急に体中を襲った。思っている以上に負担がかかっていたのに休むまで気が付かなかった。


「サラ様、この辺りに魔物が居ないか確認したいのですが」

「私もそうしようと思っていた。案内するからついてこい」


 クライヴはサラに連れられて走って行った。体力もそうだが、気力も鍛え方も年季も違うとレオンは思った。残ったソフィアに声をかける。


「ソフィア、大丈夫か?」

「あ、うん。ごめんね足枷になっちゃって」

「やめろよ、足枷だなんて思ってない。俺だってもうへとへとだよ」


 いくら体を鍛えたとしても、実際に旅に出てみるとまるで想像と違った。ましてやレオンはリーダーとして考える事も多く、自分が手一杯である事を自覚していた。


「ソフィアの魔法もそうだけど、料理や旅で役立つ知識に、キャンプの設営とか結界の維持まで色々サポートしてくれて助かっているよ」


 ソフィアはこの旅が始まる前に、自分が出来る事を探す為様々な知識を頭に入れていた。レオンは重い運命を背負わされる事になる、支えになる為にはどうすればいいのか、ソフィアはそれを一心に考えて学んでいた。


「いいの、私は星の神子である前にレオンの味方でいたいから。出来る事は少ないかも知れないけど、少しでも力になるよ」


 そう言ってソフィアはレオンに微笑みかける、その明るくてひたむきな姿勢にレオンの心は救われる気持ちだった。


「ここ、まだまだ人が居そうな程生活感が残っていると思わないか?」

「そうだね、皆やられてしまったなんて信じられないよ」


 残っている家がボロボロになっているだとか、田畑が荒らされているだとか、そういった事がなくただ住人が居なくなった村は、痛ましいほど静かだった。その内には魔物が建物も畑も荒らして、この村は遠からず見る影も無くなる。


「きっと多くの場所でここと似たような被害が起こっている筈だ。俺にはそれがやるせない、もうすべてには間に合わないから」


 レオンはそう言って膝を抱える、弱音は吐きたくないが溜め込んでしまえば抱えられなくなりそうで、ソフィアには話した。


「レオン…」


 気持ちを察したソフィアは、ただ黙ってレオンの隣に移動して座った。どんな慰めも励ましもあまり効果はないと思っての行動だった。ただ隣に居る、傍に居るよと行動で示すソフィアに、レオンはありがとうと呟いた。


 クライヴとサラが戻ってきた時には、レオンとソフィアが食事の準備をしていた。


「あ、サラさん。炊事場を勝手に使わせてもらっちゃったけど大丈夫ですか?」


 ソフィアがサラに問いかける。


「構わない、使ってくれ。それよりいい香りがするな」

「ここまでの道中で、食べられる野草や木の実を採取しておいたんです。肉やパンは乾燥させた物ですけど、美味しい物食べて明日に備えなくちゃ」

「そうか、私も森で活動中に採った物がある。よければ使ってくれ」


 サラが荷物からいくつか木の実を取り出してソフィアに渡す。


「ありがとうサラさん!」

「サラでいいよ、私もソフィアと呼んでいいか?」

「勿論!じゃあサラ、この木の実はどんな味?どう使えばいいの?」


 サラとソフィアが楽しそうに話をしながら炊事場に立っている。その微笑ましい様子を見てレオンは少しほっとした。


「レオン様少しよろしいですか?」

「ああ、どうした?」


 クライヴが話しかけてきたので、レオンは手を止めて向き直る。


「サラ様と一緒にいくつかここと同じ様な状況の村を見てきました。すべてが魔物に滅ぼされた訳ではなく、保護の為本国に全員が避難した所も多くありました」


 サラの身のこなしに着いて行ったのかとレオンは驚いたが、取りあえずそれは横に置いて聞いた。


「何か気になる事があったんだな?」


 クライヴは頷く、レオンはソフィアとサラに声をかけて一度クライヴと共に外に出た。


「それで何に気が付いた?」

「はい、旅の出発前にオルド様に聞いていたのですが、魔物は破壊の限りを尽くすようです。家や建物田畑に水場、人の生活を脅かす事を理由もなく破壊する事が基本だそうです。しかし訪れた村には破壊の跡がありませんでした。魔物が居座っている事もなく、ただ閑散としていた。これは妙です」


 クライヴの報告を聞いてレオンもそれはおかしいと感じた。魔物は個によって習性があるものの、一貫して破壊と殺戮が目的である。


「一応サラ様を観察させてもらいましたが、嘘や謀りの類はなさそうです」

「と言う事は魔族がこの辺りで活動している可能性が高いな」


 レオンの言葉にクライヴも同意する。魔族は魔物を操る事が出来る、今まで出会ってきた魔物が目的をもって動いている様には見えなかった。だがフィオフォーリに近づく程に統率された傾向が見えるとなれば、魔族が絡んでいると見ていいだろうと二人は確信する。


「しかし何故魔物に村を破壊させないんだ?残しておく理由が魔族にあるのか」

「そこまでは分かりません、しかし一つ邪推をするとすれば私に思い当たる節があります」


 レオンはクライヴの推論を聞こうと言った。


「フィオフォーリは森林に囲まれていて、そこに村や集落があると聞きました。この森深く見通しの悪い場所で、足場も悪く集団で動くのは難しい、一気呵成に攻め立てる事は出来ないでしょう」

「確かにそうだが、出来るのにやらないだけかも知れないぞ」

「それは勿論、しかし出来るのにやっていないと言う事はそこに考えや意志があります。今は判断材料にはならないでしょう」


 クライヴの反論にレオンも確かにと同意する。


「そこで、フィオフォーリに近い村を魔物に襲わせます。人々を脅かせば本国は避難や保護の為に動く、当然国土も広く兵力も集まっている守りやすい本国に集めます。そうすれば戦えない人々も多く一纏めにできます」

「守る者が増える事で人手が足らなくなる…」

「それに破壊されていない村も気になります。危険でも調べなければいけない、そしてそこに住んでいた者達は当然無事ならそこに帰りたいと考えます。我が家ですし財産です。不気味な時間が過ぎる程、内部での不和ははっきりと目立つようになります」


 そこまで聞けばレオンにもクライヴの結論が分かった。


「不和によって混乱が生じ、その隙をついて事を起こせばさらに人々は混乱する。内部の抑えと外部の守りを同時に行う必要がある、それは余りにも危険だ」

「邪推は邪推ですが、ありえなくはないと思います。しかしフィオフォーリの長シルヴァン様がその事に考えが及ばないとは思えない、何か理由があるのかと思われます」


 レオンもそれには頷いて同意する。シルヴァンは賢人と名高いエルフで、自分たちが思いつく事はすでに考えが及んでいる筈だろうと考えていた。


「その辺りの事情についてサラに聞いてみよう、俺達で力になれる事があるのなら協力したい」


 そうレオンが言って二人はソフィア達の元に戻った。すっかり食事の準備が整っていたので、まずは腹ごなしをする事にした。


 食事を終えて火を囲みながらレオンは先ほどクライヴと話していた事をサラに話す。そこにソフィアが気になっている事を付け加えた。


「実はここに辿り着く前、フィオフォーリより離れた村で結界を張ったのだけれど、その時大地に流れる木神様の魔力が思ったより少なかったの。森の入り口くらいの場所だったから距離の問題かもと思ったけど、もしかして木神様に何かあった?」


 三人の話を聞いてサラは顔を顰めて難しそうに唸った。少しばかり考えこんだ後、何かを決心したように手を叩いて言った。


「皆の言う通り、今フィオフォーリでは大きな問題を抱えている。長と代表達は君達の力を借りる事を良く思わないかも知れない、だけど私個人としては君達の力を借りたいと思う、どうか協力してくれないだろうか」


 サラがそう言って頭を下げる、しかしそんな事をされなくてもレオン達の答えは決まっていた。


「勿論、俺達に出来る事があれば何でも言ってくれ、この宝剣とオールツェルの血に誓って力になるよ」


 そう断言するレオンにサラの顔がぱっと明るくなった。フィオフォーリで起きる問題に、魔族の影、渦巻く不穏な空気にもレオンは怯まずに立ち向かっていく。

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