第9話
思いがけない魔物との遭遇から一夜明け、クライヴはもしもの時の為に罠や防壁の作り方を村人達に教えて、ソフィアは神授の杖で結界を村の中心を起点に張った。結界を維持する魔力は大地に張り巡らされている魔力の流れから、周囲に影響が出ない程度使えるように調整した。
「やっぱりおかしい」
結界を張るのを手伝っていたレオンは、ソフィアの呟きに反応する。
「おかしいって何がだ?」
「本来フィオフォーリに近いこの辺の土地なら、もっと木神様の魔力が流れていてもいいのに、それが少ない、木神様に何かあったのか、フィオフォーリで何か起こっているのか、そこはまだ分からないけれど」
ソフィアは顔をしかめる、取りあえず結界を張る事には成功したが、あまり強力に周辺を守りきれる物ではないと、村長に警告をした。
「では村長さん、俺達が出来るのはここまでのようです。先を急ぐ旅路ゆえ、これで失敬させてもらいます。一宿一飯の御恩は忘れません」
村長と村人は全員集まってレオン達を見送りに来ていた。
「そんな、お礼をしたりないのはこちらです。魔物を退治していただくだけでなく、その後の備えまで、何から何までありがとうございました。事情はクライヴ殿からお聞きしました。王子、旅の御無事をお祈りしております」
レオン達は村人達に手を振って別れを告げた。
「そういえば今更なんだけど、レオンがオールツェル王国の王子だって言ってよかったの?」
森林を歩きながら、ソフィアは二人に聞く。
「それについては問題ない、というよりも言っても言わなくても同じことだと俺は思っている」
ソフィアが不思議そうに小首をかしげるので、クライヴが補足する。
「恐らく我々が動き出している事を、魔族側はもう気が付いていると思います。確定ではありませんが、その可能性が高い」
「ええ!?じゃあ何で」
「襲われないか、だろ?」
レオンの言葉にソフィアは頷く。
「これと言った理由は分からないけど、今手を出さないなら、出せないか出す理由がないんじゃあないかと思う。魔族は魔物を操れるのだから、数で圧倒されれば俺達はおしまいだ。でもそうなっていない」
「加えて、魔物たちがレオン様を探している様子もありません。それほどの知性を持ち合わせていないのか、あえてそうさせているかまでは分かりませんが、我々には十分な猶予になります」
二人の説明を聞いてソフィアも考える。確かに未知数の力を兼ね備えている魔族なら、目をつけている敵を見逃さないだろう、まして目的であろうレオン抹殺をするタイミングは早ければ早い方がいい、しかし魔物に散発的に襲われる事はあっても、計画的に襲撃される事は道中なかった。魔物の統率がとれるなら一気に攻める事が出来た筈だ。
「魔族の奴らが何を考えているかは分からないが、こうして俺が生きている事、そして星の神子を連れて宝剣エクスソードを携えている事を喧伝していけば、いつかそれが人々の心に希望の火種となるかも知れない」
「成程、初代様に倣って行くのね」
「そんな立派な人間じゃないけどな、でも戦う意志と成るのが俺の役目だから」
レオンは迷いなくそう答える、ソフィアはそんなレオンを支えていきたいと心から思った。
「さあ、足場の悪い道が続きます。根に足を取られないよう注意して行きましょう」
三人はエルフの長がいるフィオフォーリを目指して歩き始めた。
オールツェル城改め魔王城では、アラヤとランスが魔物の製造所で話し合っていた。
「魔王様本当によろしいのですか?」
ランスがアラヤに聞く。
「くどい、それについては放っておくと決めた」
「しかし今の未熟なオールツェル末裔なら簡単に仕留められます。居場所が割れている今、攻め時ではないのですか?」
アラヤは面倒くさそうに首を振る。
「分かった。そこまで言うのならお前が行ってこい、しかし王子と神子を殺す事は許さん。後は好きにしろ」
アラヤの物言いにランスは怪訝に眉を顰める。
「王子と神子こそ我らの宿敵ではないのですか?」
「そうだが、我にも考えがある。そしてそれをお前たちに理解させるつもりはない、好きにしろと言ったのだから好きにしろ。殺す以外はな」
ランスは渋々とした態度で引き下がると消えた。アラヤは大きくため息をついて自室に戻る。
「まったく、復活させたはいいがどいつも出来が悪くて困りものだな」
アラヤは独り言ちる。未だに封印は解けず、無理やり引き上げた四人も能力は申し分ない程強力だが、些か大局観に欠けるとアラヤは頭を悩ませていた。
魔族は一度敗北した。しかも自らよりはるかに種として劣る者たちによって負けた。そしてその種の頂点に立った人間の始まりは、なけなしの勇気と希望を胸に剣を取った小さなものだった。しかし事実として彼を中心にあらゆる種族が手を取り合い、やがてそれは魔族を飲み込んだ。
封印という問題の次代送りという方法ではあったが、魔族の殆どが長い封印の末、闇鍋の中で意識が溶け合い存在を消滅させられていた。アラヤももうすぐ消える程希薄になったが、本当に偶然幸運が重なってアクイルと言う器を手に入れる事ができた。魔族は滅びかけていて、人々の勝利は目前だった。
ならばこそ、今度は完膚なきまで滅ばせねばなるまいとアラヤは考えていた。その為には人々から希望を消し去る事が必要で、レオン達の旅の完遂がアラヤにとっては重要だった。小僧と小娘を二人消し飛ばした所で大した意味はない、むしろそれは人々の手を取り合わさせる鍵になってしまうかもしれない、勇ある者が一人であるとは限らないとアラヤは考えていた。
アラヤは慎重に事を進めていた。魔物を量産し、争いを起こし、四魔族に好きに人を殺させるのも、すべては布石に過ぎなかった。魔王は孤独だが不敵に笑う、その声は空虚な城の中でよく響いた。
レオン達一行は森の中を歩いていた。道中何度か魔物に襲われたが、これらを難なく撃破している。
出現する魔物は動物に姿かたちが似たものが多く、その習性も獣に近かった。決定的に違っている所は、どんな生き物にも襲い掛かり食らいつくす凶暴性だった。人間も動物も、同じ魔物同士でもお構いなしに襲い掛かるそれらは、とても生き物と呼ぶ気にはならなかった。
「クライヴ、ソフィア、魔物だ」
エクスソードを抜きレオンが構える、クライヴもソフィアもすぐに戦闘準備に入る。レオンは戦闘を重ねる内に、魔物の気配に敏感になっていた。敵意や害意をつぶさに感じ取る才が経験を積むうちに開花した。
レオンは上からの投石を切り払う、気配は木の上からだった。見上げると三匹の猿のような見た目の魔物がこちらを睨み付けていた。
「ソフィアあれは?」
「あれはミドルエイプ、身軽で身体能力が高くて、木の上から攻撃してきたり枝を伝って素早く移動する魔物よ」
ミドルエイプは高々とレオン達を見下げている、攻撃が届かないと思って余裕なのかキーキーと鳴き声を上げて手を叩いている。
「ソフィア魔法であいつら撃ち落とせるか?」
「ちょっと遠いけどやってみる」
「頼むぞ、当たらなくてもいいから撃ってくれ。クライヴ木を揺らすから息を合わせろ」
ソフィアが詠唱に入るとミドルエイプはまた投石を始める、しかし攻撃はレオンとクライヴが通さない、狙いも甘く誰にも当たらない。
『光集いて解き放たれよシャインシュート!』
ソフィアの杖の先に集った光が弾となってミドルエイプ目掛け飛ぶ、それと同時にレオンとクライヴは走り出し、ミドルエイプが居る木の根元まで行くと掛け声を合わせた。
「せーの!」
息を合わせた蹴りが大木を揺らす。光弾に気を取られていたミドルエイプは突然揺れた足元に動揺して動きが止まる、光弾は三匹の内二匹に命中した。魔法の衝撃を食らい落ちたミドルエイプは下で待ち構えていたレオンとクライヴに切り捨てられた。
「レオン!一匹逃げるよ!」
揺れに耐えて木から飛び降りたミドルエイプは一目散に逃げる。それをすかさずレオンとクライヴが追うが、二人の目の前でミドルエイプはどこからか飛んできた矢が眉間に突き刺さり絶命した。
「なんだ?」
「レオン様警戒は怠らずに」
レオンとクライヴは剣を構えたまま相手の出方を待つ、すると木の上の方から声が聞こえてきた。
「お前たち何者だ!?」
魔物の類ではないと判断したレオンは声をかける。
「俺達は旅の者だ、フィオフォーリを目指している。争う気はないから剣を仕舞う、あなたもよかったら姿を見せてくれ」
レオンは剣を鞘に納めると、両手を上げて敵意がない事を示す。
「フィオフォーリに何用だ?」
「エルフの長シルヴァン様にお目通り願いたい、あなたはフィオフォーリの者か?」
「シルヴァンに?」
木から飛び降りてきたのは美しいエルフの女性だった。長い黄金色の髪を一つにまとめて、長弓を持ち矢筒を身につけている。先ほどの矢の狙撃は彼女のものだった。
「シルヴァンは私の父だ。お前たち何者だ?」
エルフの女性に聞かれ、レオンが答える。
「俺はレオン、亡きオールツェル王国の王子だ。魔族に対抗する為、宝剣エクスソードを持ち星の神子を連れて旅をしている。彼は騎士のクライヴ、こっちに向かってる彼女が神子ソフィアだ」
エルフは驚きの表情を見せた。
「生きていたのか、オールツェル王家の者も星の神子も」
レオンは黙って頷く、エルフは武器を仕舞い身なりを整え言った。
「私はエルフの長シルヴァンの娘サラ、フィオフォーリまで案内しよう」
長の娘サラと出会ったレオン達は、ついに最初の大国フィオフォーリに足を踏み入れる事となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます