第8話

「そうか、洞穴の中ではそんな事が…」


 待っていたオルドに事情を説明し、神授の杖を見せる。


「これが神授の杖、伝承には残っていたが目にするのは初めてだ」


 まじまじと杖を眺めるオルドに、ソフィアは聞いた。


「オルド様、私はアリア様に先祖だと言われました。しかし、神子はどの家から生まれるか決まってませんよね?」

「うむ、それについては儂が知っている事を話そう。文献と伝承に残っている限り、始祖アリア様は精霊族と協力してこの里をお作りになられた。そしてアリア様に付き従う僅かな人々を連れ立ち隠れ里に入られた。その時にアリア様は自らの力を里の人々にすべて分け与え、星の神子の後継者を立てると、杖と共に洞穴で眠りにつかれたとされている。以来、里の子供の中からもっともアリア様の力を受け継ぎ、神々の声を聞く事のできる者が星の神子となったのだ。儂らには皆アリア様の力が受け継がれておるのだ、祖先と仰られた意味はそういう事だろう」


 オルドの説明を聞き成程とソフィアは納得した。この里で生まれた者が皆アリアの子供という事なのだと、血を分けた繋がりではないが、アリアの力と封印を守り続けてきた里には、アリアの欠片が確かに残っているのだとソフィアは思った。


「しかしアリア様にお会いできるとは、ソフィアよどんな方だったかね?」

「そうですね、美しくてかっこよくて高潔な方でした。あのように在りたいと思わせてくれる、そんな人でした」


 オルドは嬉しそうに目を細めて笑いソフィアの頭を撫でる、ソフィアの小さな頃を知っているオルドは、ソフィアが美しく気高い優しい心を持つ女性に育った事を嬉しく思った。


 オルドの家に戻ると、レオンとクライヴが旅支度を終えて地図を広げて話し合っていた。


「おかえりなさいませ、おやその杖は?」


 クライヴに聞かれてソフィアは背負った杖を掲げる。


「これは神授の杖、初代星の神子様が使った神器よ」


 レオンは腰に下げたエクスソードを鞘から引き抜くと、ソフィアの神授の杖に近づけた。剣と杖は呼応するかのように眩い光を放ち、レオン達は暖かな癒しの魔力に包まれた。


「先ほどからエクスソードの力が騒いでいたのは、この杖が封印から解き放たれたからだったのか、とてつもない力を感じる。すごいなソフィア」


 剣を鞘に納める、レオンはソフィアに笑いかけ、ソフィアも笑顔を返した。


「して、クライヴ旅の道筋は決まったのか?」


 オルドが聞くと、皆が地図の周りに集まる。


「レオン様と相談しましたが、まずはエルフ達の樹海フィオフォーリに向かおうと思います」

「実は遠見院の人に確認してもらったんだが、今五大国の国境に強い魔法障壁が張り巡らされていて魔法での確認が出来なくなっているんだ。だから近い国から周って行こうかと思う、それにエルフの長シルヴァン様は賢人と名高い、何か知見を得られるかもしれない」

「成程、して出立はいつになされる?」

「すぐにでも、里を離れるのは名残惜しいが、こればかりはもう決めていた事だ。俺がエクスソードを手に入れた今、旅立ちの時だ」


 レオン達は手早く荷物を纏め、装備を整えた。準備が終わり、隠れ里の出口に立つ、里の者が総出で見送りに来た。里を代表してオルドが話す。


「殿下、ソフィア、クライヴ、これからの旅路は苦難の道です。しかし勇気と希望を持ち決して諦めない事を忘れてはなりません。里の一同、いつでもお帰りをお待ちしております。ではお達者で」


 里の皆に向かってレオン達は手を振って出て行く、何度も振り返り別れを惜しみながら、里の人々もレオン達の姿が見えなくなってもまだ手を振り続けていた。


 出立したレオン達は計画通りフィオフォーリを目指して歩き始めた。地図とソフィアの導の魔法を頼りに進んで行く、国を繋ぐ大きな道は多くの魔物に占拠されていて、強行突破するにも危険だと判断し、出来るだけ裏道や山道獣道を進んで行く、休憩や野宿を挟みつつフィオフォーリ国境近くにある村にまで辿り着いた。今日は固い地面で寝なくて済むかもしれないと安堵するレオンとソフィアを、クライヴが制止した。


「お待ちください、村の様子が変です」


 旅慣れていない二人と違って、騎士であるクライヴは遠征も任務の一つだった。慣れない旅に疲労してる二人より、体力には大幅に余裕がある。だからこそ警戒を怠る事なく変化に気付く事が出来た。


 身を潜めて三人はそっと村を覗きこむ、村の広場になっている所で何者かが五体身を寄せて何かを食べていた。


「あれは…そんな、むごい事を」


 レオンは見てしまった。謎の五体の生き物が囲んで食べていたのは人の死体だった。村を守ろうとしたのか、その手には農耕道具が握られていた。


「ソフィア様、申し訳ありませんが吐くのは後にしてください。あの魔物は何か分かりますか?」


 ソフィアは顔を真っ青にしながら堪えて、クライヴの質問に答えた。


「あれはゴブリンと呼ばれる魔物です。背が小さい人型の魔物で、一匹だけでは脅威ではありませんが、徒党を組み道具を使って人を襲います」


 神授の杖はソフィアに魔物の情報を伝える、それと合わせて文献を当たって熱心に魔物について調べていたソフィアは、より正確に情報を把握できていた。


「レオン様、如何なされますか?」


 クライヴは真っ直ぐにレオンを見つめ問う、判断を下し行動を起こすのはリーダーであるレオンの仕事だと、クライヴは言外にその覚悟を促していた。これからは我を通して決めて行かねばならないのだとレオンに教えていた。


 レオンは口だけの覚悟をやめ、行動に移さねばならない事を思い知った。一つ深く息を吐き出すと、二人に指示を出す。


「討伐するぞ、この村に人が残っていなかったとしてもだ。ソフィア、俺とクライヴが音を立ててゴブリンの気をこちらに引く、フラッシュの魔法で光の目くらましをしてくれ、怯んだ所にクライヴと突っ込む。クライヴ、敵のどこを狙えばいい?」

「首を落としましょう」

「分かった。ソフィアもう一つ聞きたい、ゴブリンは五体だけか?」


 レオンに聞かれて、ソフィアはすかさず探知の魔法を唱える。


『我が敵を照らし出せ、サーチ』


「家の屋根に一匹ずつゴブリンが居る。見張り役なのかも」

「よし、それだけ分かれば十分だ。合図したら頼む」


 レオンは腰から剣を抜く、クライヴも抜剣して目配せを送ると、二人は怒号を上げながら茂みから飛び出した。


『強き閃光よ視界を奪え!フラッシュ!』


 突然の大声に視界を向けたゴブリンに魔法で閃光を浴びせる、光をもろに目にしたゴブリンは視力を失い混乱した。光を背に飛び込んだレオンはすかさず手近な一体の首を獲る、クライヴは大剣を振り下ろし三体まとめて叩き斬った。レオンは残った一体の視力が回復する前に剣を振るった。


 残る二体がどの屋根の上にいるかもう把握している二人は、飛んで来た矢を叩き斬り、納屋の屋根に飛び移って屋根に上り、あっという間の出来事に焦っているゴブリンを切り伏せた。


「ふう、何とかなったか」


 特別疲れた訳でも手こずった訳でもないが、レオンは体中から汗が噴き出しているのを感じた。これが初陣で、異形と言っても人の形に似た生き物を手に掛ける事が初めてだった。鍛錬通りに動けたとしても言葉にならない圧がレオンに圧し掛かった。絶命した魔物は黒い塵となって消える。残った食い散らかされた遺体を埋葬しようとレオン達が集まると、静まり返っていた家の中から人々が出てきた。


「どなたか分かりませんがありがとうございました。夫の仇を討ってくれて」


 その中の一人の女性が進み出てこう言い、まだ小さい子供を抱えてレオン達に頭を下げる。


「村の代表として私もお礼します。本当に助かりました。次は我々の番だと震える事しかできなかった。貴方達に救われました」


 村長の老人が頭を下げるのに合わせ、村中の人が感謝の言葉を口にした。レオンは感謝の言葉に戸惑いながらも声をかける。


「無事でよかったです。もしよかったら、彼の埋葬を手伝わせてくれませんか?」

「そんな、ご苦労をかける訳にはいきません。村の者どもでやりますゆえ」

「いいえ、手伝わせて欲しいです。お願いします」


 レオンが頭を下げて頼みこむので村長も首を縦に振るしかなかった。


 村の人々とレオンとクライヴが力を合わせて村の墓地に穴を掘った。亡骸をそこに弔うと、神子であるソフィアが祈りを捧げる。村長からぜひ歓待させて欲しいと申し出られ、レオン達はお言葉に甘える事にした。


「魔物からお救いいただくばかりか、埋葬の手伝いまでしていただき、本当に感謝の念に堪えません」


 村長の家でささやかながらも料理を振る舞われていたレオン達、代わる代わる家に村の者が訪れてお礼の言葉や品を持ってきてくれたが、レオンは気持ちだけ受け取ると言ってそれを断った。


「村長、少し聞きたい事があるのですがよろしいですか?」


 クライヴは周辺で起きている変化や魔物出現による影響を詳しく聞くために、村長と地図を広げて話し合っている。ソフィアは今日の一件が相当堪えたのか、用意してもらった寝床について早々に眠っていた。


 レオンはこっそりと村長宅から抜け出す。夜風を感じて大きく背を伸ばす。ソフィア程ではないがレオンも今日の事は堪えていた。しかし悩み方はソフィアとは違っていた。ソフィアは単純に凄惨な出来事に酷く狼狽えていたが、レオンは間に合わなかった犠牲者について思いを馳せていた。村で何が起こっていたとか、魔物に襲われていたとか、そんな事は辿り着くまで一切分からなかったが、頭で理解していてもどこか心が晴れなかった。


「あら、こんばんは」

「えっ?ああこんばんは」


 レオンは自然と今日埋葬した墓の前に足が向かっていた。そこで黄昏ていたらその村人の嫁の女性がお供え物を持って現れて挨拶をした。


「こんな夜中にどうしたんですか?」


 そう聞かれて、レオンは返答に困る。もごもごと言い淀んでいると墓に手を合わせ終えた女性の方から話しかけてきた。


「重ね重ね今回の事ありがとうございました。夫の無念もきっと晴れた事と思います」


 女性は深々と頭を下げる。


「やめてください、俺は間に合わなかったんです」


 レオンの物言いに女性は驚いて顔を上げる。


「間に合わなかったとは?」

「俺達がもう少し早くこの村に着いていたなら、この旅の始まりがもう少し早かったなら、彼を救えたのではないのかと思ってしまうんです」


 レオンは胸の内を打ち明ける、間に合わなかった今どうしようもない事だと分かっていても口をついて出てきてしまった。


「何だかよく分かりませんが、私は貴方は十分間に合ったと思っていますよ」

「でも彼は死んでしまった!あんなむごい死に方で、貴女と子供を残して…」


 無念だった筈だ。そう言おうと思った時女性が言った。


「この村はあの魔物から目を付けられていました。最初の内は一体二体がふらふらと村の周りを歩いているだけで、村の男達でも追い払えた。でも魔物はそうやって村の戦力を計り、集団で襲うタイミングを見ていたんですね。今なら分かります」


 座りましょうと誘われて、近くの岩に一緒に腰を下ろす。


「私達は油断していました。私の夫は何度も魔物を追い払っていたから、今日も上手くいくと思っていたんです。そうしたら一体に気を取られている内に後ろから一体が近づいてきて頭をかち割りました。魔物は一斉に現れて、私たちは逃げ回って家に隠れて震えている事しか出来なかった。そんな時に貴方達が現れたんです」


 そんな経緯があったのかとレオンは思った。ゴブリンは賢く立ち回り、村人の油断を誘ったのだ。


「貴方が彼を助けられなかったと嘆いてくれる事、妻として嬉しく思います。だけど貴方達が村に訪れるのがもっと遅かったら、私達村人は全滅していたと思います。子供達も明日を見る事が出来なかった。だから私は悲しいけれど感謝しています貴方達が勇敢にも戦ってくれたから、生きていられる。だからありがとうございます」


 レオンは女性の言葉で気付かされた。自分驕っていた事を、すべてを救う事はもう王国が滅びた時点で出来ない事だった。なればこそ残った希望をかき集めて、一つにまとめて魔族に立ち向かう、その為にエクスソードを抜いたのだ。


「ありがとうございます。俺は、俺のできる限りを尽くして人を救って敵を倒します。それが今分かりました」

「貴方の為になったのなら良かった。そういえばまだお名前を伺っていませんでした。お聞きしても?」


 座っていたレオンは立ち上がって答える。


「俺の名はレオン、オールツェル王国の王子です」


 女性は驚いて飛びあがる、信じられない物を見るような目でレオンを見て言

う。


「そ、そんな、生きて、生きておられたのですか?」

「ええ、待たせてすみません。きっと王国を取り戻し、魔族を討ち果たし、子供達が安心して暮らせる明日を取り戻す事を誓います」


 大切な事を教えてもらったレオンは女性の手を取ってしっかりと握りしめた。約束を果たすと誓った。

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