第13話

 待っていたクライヴとサラに事情を説明して支度を整えると、レオン達はすぐに雫の泉に向けて出発した。急がなければならないが、泉までの場所は遠く、目を覚まさないリラを抱えての行く道となれば数日はかかる見通しだった。魔物の襲撃がある事も考えると、慎重に進み事が望ましいとクライヴは進言した。


 サラについて行き眠るリラの元へ行く、二人の顔は驚くほどに似ていた。大きな違いと言えば髪の毛の長さくらいであった。


「私とリラは双子なんだ。エルフの双子はとても珍しい」


 サラが眠るリラの頭を優しく撫ぜながら言う。


「リラは私と違って内気だが優しく芯のしっかりとした子でな、二人そろって神子の修行を受けていたが、私は弓の方が好きでサボってばかりだった。結果リラが神子に選ばれて私はそれでいいと思っていた。リラならそこに相応しいと思った。しかしこんな事になるまで私はリラが大いなる責任を負う事を理解していなかったんだ、助かる望みが出来た今、私の心は一つだ。必ず、必ず助けてやるからなリラ」


 力ないリラの手をしっかりと握りしめてサラは誓うように言った。その姿を見ていたレオン達も気持ちを一つにした。


「必ず助けようサラ」

「私も全力で手伝うよ!」

「微力ながら私も力になります」


 三人の心強い言葉を受けて、サラはゆっくりとリラを抱きかかえた。


「皆よろしく頼む」


 雫の泉までの道中は、元々深い森の中の更に深い道を行く事になった。エクスソードにかけられた魔法に従ってレオンが先導する、サラはリラの安全を第一に考えて戦闘には参加せずに身を守る事に徹した。


 先を行くレオンは敵意に感覚が鋭く、魔物の気配を誰よりも早く察知する。レオンが剣の柄に手をかけると、ソフィアもクライヴもすぐに戦闘準備に入る。


「グオゴロロロ!!」


 けたたましい叫び声を上げて、茂みから魔物が飛びついてくる。レオンはそれを避けて腹を蹴飛ばす。怯んだ魔物は少し離れた位置から威嚇して姿勢を低くする。大型の猫に似た魔物だった。


「ソフィア分かるか?」

「マーダーパンサー、強靭で鋭い牙と爪に素早い動きに気を付けて」


 運動性能が高い事は先ほどの蹴りの感触でレオンには分かっていた。相手の勢いに乗せて蹴り飛ばしたが、思っているより手ごたえが軽かった。


「クライヴ前に!」


 レオンの指示と同時にクライヴが大剣を担いで前に飛び出す。一振り、マーダーパンサーは後ろに跳んで避ける、しかしクライヴもそれは想定済みですかさず構えなおし鋭い突きを放つ、それを紙一重で避けたマーダーパンサーはクライヴの体勢が整う前に、後ろ脚に目一杯力を込めてクライヴの喉元目掛けて飛びついた。


『堅き護りを!プロテクション』


 ソフィアはそのタイミングを待っていたように防護魔法をクライブにかける、クライヴは魔法で保護された大剣で攻撃を受け止め、マーダーパンサーの姿勢を崩す。大きな隙を晒した所を見逃さず、レオンの一閃がマーダーパンサーの首と胴を別けた。


 何度か魔物の襲撃を受けるもそれを退け、レオン達は適当な場所を見繕って野営をしていた。見張りは交代するが、ソフィアの結界のお陰である程度安全は確保出来る。食事をとって交代で体を休める。レオンはたき火のそばでお茶を飲んでいると、サラが隣に腰を下ろした。


「どうした?少しでも眠った方がいいぞ」

「少し話がしたくてな、いいだろうか?」


 レオンは勿論と返事した。お茶を空いているマグカップに入れてサラに渡す。


「ありがとういただきます」


 サラは両手でマグカップを持ってお茶に口をつける、一口飲み込むと甘くて華やかな香りが口内で広がる、すっきりとした味わいが喉を潤しほっと息を吐いた。


「美味しいなこのお茶、香りも味もなんだかとても落ち着くよ。これは君が淹れ

たのか?」

「そうだよ、俺が淹れた」

「見事なものだ、お茶が好きなのか?」


 聞かれたレオンはうーんと唸って首を捻る。


「どうした?」

「いや、ごめん上手く言葉に出来るか自信が無くてさ、お茶は死んだ父から教わったんだ」


 レオンは自分のマグカップに残ったお茶を飲み干すと話し始めた。


「父は多忙な人でね、いつも働いて回ってたからあまり親子の時間とかは無かったんだ。だけど少しでも時間が取れると父は母と俺を茶会に誘って一緒に過ごした。親子水入らずで過ごした時間の多くは、今思うとこの茶会が殆どだったな」

「そうか、寂しくはなかったのか?」

「正直言ってもう分からなくなってしまった。俺は寂しく思っていたのか、それとも鬱陶しく思っていたのか、父は死に国は亡びた。あの時間はもう一生返ってこない、そう思うと何故かあの時の感情が思い出せなくなる」


 たき火に薪を足しながら、舞う火の粉を眺めてレオンは続けた。


「だけど何故か父が教えてくれたお茶の淹れ方や、茶葉の作り方材料の選び方何かは不思議と覚えている。お茶について語っている時の父の姿は何故かよく覚えているんだ、楽しそうに嬉しそうに話してくれた。淹れ方のコツや、どんな素材がお茶になるかと教えてくれた時も楽しそうだった」

「成程な、このお茶は父上との繋がりでもあるのだな」


 そう言ったサラの顔を、レオンは驚きの表情で見つめた。


「ど、どうした?何か変な事を言ったか?」

「ああいやそんな事ないよ、むしろその逆さ、とてもしっくりときたんだ。俺がお茶を淹れるようになったのは、父が死んでからだ。自分では特に理由もなく、手元に偶々材料があったから始めた事だった。だけど俺は、心の奥で父との思い出や繋がりを無意識に求めたのかもしれないと、今サラに言われて気が付いたんだ」


 レオンは上を見上げた。木々の間から覗く夜空が美しい、あの光の一粒の中に父がいるのだろうか、溜まる涙が零れないように必死にこらえながらそんな事を考えていた。


「ごめん、話がしたいと言ったのはサラなのに俺がペラペラと話してしまったな。それでサラの話は何だ?」


 レオンがサラに振ると、レオンの話に聞き入って忘れていたのか、思い出したかのように話し始めた。


「いやなに、本当に大した事ではないんだ。ただ君たちは強いなと思って、それを伝えたかった」

「そうかな?俺とソフィアはまだまだ戦闘慣れしてないし、クライヴがいないと誰かを守りながら戦うなんて事出来ないよ。強く見えるとしたらクライヴのお陰だな」


 レオンの言葉にサラは首を振った。


「私が言いたい強さとはその事じゃない、勿論君達が戦闘でも頼もしいのは間違いないが、その事とはちょっと違う」


 レオンが分かっていない顔をするので、サラは話を続ける。


「レオンは辛く悲しい目に遭ったのに、それでもなお立ち上がって古の王の剣を手に前を歩いている。ソフィアだって自分にかかる重い責任から目を背けず、知らぬ誰かの為に祈る事が出来る、優しくて慈愛に満ちた美しい心だ。クライヴ殿だって祖国を守れなかった負い目を、決して表に出さずに冷静沈着にいる、二人から一歩身を引いて、常に二人の為にどうすればいいのかを見ている。騎士の鑑とはあの人の事を言うのだろうな」

「そんな風に言われると少し背中がむず痒くなるな、言う程立派なものじゃないさ、俺達はただ出来る事を探して無我夢中なだけだよ」


 レオンはそう言って謙遜するが、サラはレオンの肩を叩いて言った。


「いや、後ろに立って見ていると分かる。私も君達のようにありたいと思う、前に進もうとする意志が君達の強さだと感じたよ」


 そう言ってレオンに微笑みかけるサラ、レオンは赤面する顔を誤魔化すように下を向いて鼻の頭を掻いた。


 二度夜を越えてレオン達はとうとう目的の場所、雫の泉に辿り着いた。木々の枝葉に隠されているその場所は一見するとまったく何もない場所の様にも見える。周りが木で一杯なのもその印象を強くさせる。


「俺が見た光景では、怪我人を抱えた人がここの前に立つと道が開けたんだが。サラ、リラを連れて前に出て見てくれ」


 言われた通りサラはリラを抱えて前に出る。すると木々は動き始め、まるでカーテンを開けるかのようにその枝葉をどけて、神々しい輝きを放つ泉を目の前に現した。


「ここが、雫の泉…」


 あまりの絶景に皆少し圧倒された。不思議な光と雰囲気に包まれたその場所は、どこか浮世離れしているように見える。


「サラ、見とれている場合じゃない。リラを泉に」


 レオンがハッと我に返りサラに促す。サラもその声で気が付き、リラを抱えたまま泉に近づいてゆっくりとその体を泉に浮かべた。


「リラ、どうか目を覚ましてくれ、今フィオフォーリにはリラの力が必要なんだ。私もどんなことでも力になると誓うよ、だから目を開けてくれ」


 サラの祈りに応えるように、泉の木漏れ日はゆっくりとリラの元に集まり始めた。泉の水が輝きを増して眩く光っている、その光が一段と強くなっていきレオン達はその眩しさに目を閉じた。ゆっくりと目を開けていく、輝きはすでに弱くなっていき先ほどの泉と同じ程に戻っていた。


「お姉ちゃん、ここはどこ?」


 泉から聞こえてきた声に皆が驚いて集まる。リラは眩しそうに目をぱちぱちとさ

せていた。サラがリラを泉から引き上げる、そしてその体を強く抱きしめた。


「おかえりリラ」

「どうしたのお姉ちゃん、苦しいよ」


 サラはリラを抱きしめながらぼろぼろと大粒の涙を零した。そんな姉の背中をリラは優しくさすった。


「いやあ感動の場面ですねえ、僕は感動してしまいましたよ」


 急に背後から聞こえてきた声にレオンとクライヴは剣を抜いて向き直る。ソフィアは目を覚ましたばかりのリラを庇うように前に立った。


「おやおやこんな感動的な場面にそんな物騒な物を持ち出して、無粋な人たちですねえ」

「お前、見た事ないけど分かるぞ。刺さるような嫌悪感、悍ましくまとわりつくような殺気、そうかお前が魔族だな」


 レオンがそう言うと、魔族の一人ランスが可笑しそうに笑い声を上げる。


「はははっ分かりますか、そうですかそうですか、僕の接近には気づけなかった癖に勇ましく吠えますねえ」


 事実レオンはその姿を目にするまで一切気配に気付く事は出来なかった。気を抜いていた訳ではない、常に警戒を怠らないようにしていた。それでも気づけなかったのは対峙した今ならレオンには分かった。実力が違いすぎる、剣を握る手がぶるぶると震えているのを止める事が出来なかった。


「レオン様失礼します」


 クライヴはレオンの襟首を掴むと、泉の方へ投げた。投げ飛ばされたレオンはどさっと音を立てて地に伏せる。


「クライヴ何を!?」

「すみません、皆さん全員足手まといです。今は私にお任せください」


 クライヴがそう言うと、泉を覆い隠していた木々が動き始めてレオン達を閉じ込めた。それはレオン達の身を守る為の木々の意思だった。


「クライヴ!クライヴ!!」


 レオンは強固に固められた木を叩いて外に居るクライヴに呼びかける、しかし木はびくともせず固く閉じていた。

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