月下の光




「はぁ~」


 体を覆う熱気が冷めやらぬまま、俺は廊下で未だ零れ落ちる汗を拭う。


 何とかタイミング見計らって出て来れたけど、めちゃくちゃあっつ。海パン履いてるとは言え、流石に湯船から出る勇気が無くて……ずっと浸かっていた代償かな。


 ただ、目の前には一種の中庭の様な場所が広がって居て、開いている窓からは心地良い風が体を包む。

 そして、その真ん中に高くそびえ立つ大きな木。その存在感もさることながら、月の光に照らされ、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる。それは不思議と、体の中のモヤモヤしたもの全てを浄化してくれるような気がした。


 それにしても、家に中庭もヤバいけど、木が植えてあるってますますヤバくね? ……あっ、ここから中庭行けるんじゃないか?


 目の前に見つけた扉。それに手を掛けると、何なく中庭への道が開けた。そして俺は徐に置いてあったサンダルに足を通すと……何かに導かれる様に、その木の方へと足を進めた。


 見れば見るほど立派だな。マジのお金持ちの家にしかないだろうよ。樹齢何年くらいなのかな? 結構だとは思うけど、その間、この木はずっとここで月の光を浴びながら過ごしてきたんだろうな……


「お風呂どうだった?」


 なんてしみじみと思いに耽っている時だった。不意に聞こえて来た声に、思わず振り返る。するとそこに居たのは……一月さんだった。


「一月さん。もう最高でした」

「それは良かった。喉乾いてない? はい、お水」


「あっ、ありがとうございます」

「ふふっ。あっ、空くん? もし時間があったら、少し話さない?」


 一月さんはそう言うと、すぐ隣に見える石の方へと視線を向けた。丁度2つ置かれた、まさに腰掛石というやつだろうか。まさにザ・日本庭園を思わせる空間に腰を下ろせるなんて願ったりかなったりだった。


「はい。良いですよ?」

「ありがとう。じゃあ、そこに座りましょうか」


 ……よっと。なんか変な感じだな。烏真さんのお母さんである一月さんが隣に座って、一緒に星空を眺めるなんて。それこそ、烏真さんの事とか色んな事を聞きたい願望はあるけど……あんまり詮索するのも良くないか。


「空くん? 本当に家に来てくれてありがとうね?」

「いえ、俺はおまけみたいなもんですから」

「それでも、来てくれた事には変わりないでしょ? 美由ちゃん、美世ちゃんにも……感謝しないと」


 なんか本当に安心してる表情だな。俺達からすれば、お邪魔してすいません状態なんだけどな。


「それはこっちのセリフですって。お邪魔してすいません」

「全然よ。さっきも言ったけど、一華がお友達連れて来たのは初めてだから……嬉しいのよ」


 確かに言ってたな。にしても、初めてって……なんか引っかかるよな。お嬢様って雰囲気のせいで遊びに来ようとする友達が居なかったとかか?


「あの子、あんな感じで大人しいから。親戚の前では冗談も言うし、明るいんだけどね」


 まっ、まさかの一月さんから烏真さんの話題振ってくれた! これはチャンスでは? この際、気になる事聞けるんじゃ。


「あの、親戚の前って……結構人数多いんですか?」

「まぁ、血は繋がって無いけど烏山村の皆はほぼ親戚並みの仲の良さかしら」


「なっ、なるほど……」

「あとは、私の自身にも妹弟が結構多いかもしれないわね?」


「多いって、何人くらいなんですか?」

「えっと、名前は分かりやすくて、私一月から末っ子は七月なつきまで……計7人妹弟ね?」


 ……ん? 7人……7人兄弟!? 現代社会に置いて、少子高齢化に対抗してるっ!


「マジですか? そりゃ多いですね。だからこそ、この大きい家なんですね?」

「そうね。昔は騒がしかったわよ。それこそ、今は別の所に住んでる子もいるけど、まだ家にいる子も居る。ただ、丁度仕事やらなんやらで居ないって状況ね」


「そりゃ寂しい感じにもなります」

「そうね。だからこそ、一華もあんな性格になっちゃったのかしら?」


「大人しいって事ですか?」

「小さい頃から親戚が近くに居て、村中の人が見てくれるから保育園なんかにも行ってなかったの。でも小学校は都市部じゃないとダメでね? その時点で、ちょっとミスだったわ。無理矢理でも都市部の保育園に入れておけばってね?」


「あぁ、なるほど。初めて会う人との接し方が分からないとかですか?」

「正解。小学校に入学したのは良いけど、初めて会う子ども達とどう接して良いか分からないみたいでね? 私達は勇気出して話して見たら? なんて言うんだけど、本人からするとなかなか難しかったみたい。それでも徐々にクラスの子とも話せるようになって、普通の学校生活は遅れてたみたいだけど……」


 ……家に誘えるほどの友達は出来なかったって事か。烏真さんの気持ちも分かるし、小学校から今のお嬢様雰囲気醸し出してたら、クラスの子達も踏み込んで行けなかっただろうな。


「なるほど。まぁ烏真さんは、何もしてなくてもお清楚お嬢様オーラ出まくりですからね。クラスの子も、おめおめ話なんて出来ない気持ちも分かりますよ」

「必要最低限の礼儀を教えたつもりなんだけど……逆効果だったみたいね」


「そんな事無いですよ? あの容姿に、教養が合わさった結果ですよ? 実際、烏真さんの言葉遣いも礼儀正しさも、俺からしたら凄いの一言です。さぞ素晴らしいご両親に教えられたんだと」

「そう言われると嬉しいわ」


「本音ですもん」

「ふふっ。正直、あなた達とあんなに楽しそうに話してる娘の姿見たら嬉しかったわ。空くん? これからも一華と仲良くして頂戴ね?」


「もちろんです」

「ありがとう。そう言えば、美由ちゃんと美世ちゃんって妹さんにあたるのよね?」


「そうですよ? あぁ、義が付きますけどね?」

「あぁ、なるほど」


 ん? なるほど?


「なるほどって……」

「ふふっ。いやぁ、なんか2人共空くんの事好きだってオーラが凄く感じちゃって。それも家族としてのそれじゃなくて、異性としてって感じのね? だから一瞬驚いちゃったわ」


 えっ? オーラって……そういうの見えるんですか!?


「えっ……そう言うの感じるんですか?」

「あらやだ。何となくよ? 女の勘ってやつ。でも、今の反応を見る限り当たってそうね?」


「ははっ、半分ほど……」

「モテる男はつらいわね? でも、空くんは優しそうだし、なんか強い芯を持ってる気がするわ」


 芯って……いつ折れてもおかしくないですけど?


「言い過ぎですよ? 俺だって男ですよぉ?」

「怖い怖い。でも、空くんにだったら任せられるかも」


「ん? なんですって?」

「何でもないわよ?」


 聞き違いか? 任せられるって言わなかったか? なんの話しか分からないけど……


「さっ、体も良い感じにリフレッシュできたんじゃないかしら?」

「そうですね? 最高に良い気持ちです」

「だったら、女の子達がお風呂上がるまで……おはぎ食べましょうか? 残して置いてるわよ?」


 あっ! すっかり忘れてた! お腹の空きも十分だし……美味しくいただきます!


「マジですか? めちゃくちゃ楽しみです!」

「いっぱい食べてちょうだいね? ……あと、ついでにあの子も……」


 ん? なんか最後小声でなんか言ってたよな? 


「ついでに……なんですか?」

「何でもないわよ? じゃあ行きましょう」


 ……なんだ? 気のせいか。まぁぶっちゃけそんなのどうでもいいや。

 今はとりあえず……


 おはぎ第一だっ!


「了解ですっ!」



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