お嬢様の心内
すっかり日も暮れ、星空が綺麗に映る時間。
少し山奥にある自宅の前は、月明かりの光と何とも言えない静けに包まれていた。
こんな所まで送ってくれるなんて……あとで美世ちゃんにストメしたら、お父さんにもよろしくって伝えてもらおう。
そんな事を考えながら、私は自宅の玄関を開けると、
「ただいま戻りました」
いつも通りの言葉を口にする。
「おかえりなさーい」
すると、そんな声と共に奥から現れる人影。それは間違いなく、いつも通りのお母さんだった。
名前は烏真
ふぅ。今日、本当は天女目さんの自主練のお手伝いに行ったはずなのに……あれよあれよとご飯までご馳走になっちゃった。
誘ってくれたのは嬉しくて楽しかったけど……ご迷惑じゃなかったかな。
「どうしたの? 一華」
あっ、顔に出ちゃってたかな?
「うん。美世ちゃんの家でご飯御馳走になったけど……迷惑じゃなかったかなって思って」
「最初連絡来た時は驚いたよ? でも、親御さんからもお誘いされたんでしょ?」
「うん」
「楽しかったんでしょ?」
「うん」
「だったら、そこまで気にする必要はないんじゃない?」
「そうだけど……」
そうは言っても、人の本心は分からない。うぅん。美世ちゃんや天女目さんを始め……皆が陰で悪口を言う姿は想像もできないし、有り得ないとは思う。でも、それでも迷惑を掛けていないか心配になる。
「ふふっ。一華は優しいね。そんなに不安なら、今度は皆をウチに招待すれば良いんじゃない?」
「えっ? 良いの!?」
「良いも何も、一華のお友達なら大歓迎。そもそも、今までそういう話をしなかったのは一華でしょ? お母さんはそういうの大好きだし」
確かに……お祝い事とか、率先して計画している気がする。
烏真家は、結構親戚が多い。むしろお母さんの兄弟が多いっていうのもあるんだけど……その人数の多さに比例して、すこぶる仲も良い。お正月やお盆、お祭りがあればウチに集合。どんちゃん騒ぎの宴会がスタートする。
私もそんな雰囲気は好きで、従姉妹達とは気軽に話せるんだけど……そんな環境が仇となったのか、昔からどうも他人との会話がぎこちなくなってしまっていた。
話せないから大人しくなる。すると、なぜかお嬢様だから大人しいという話が耳に入り、知らぬ間に見事に誇張されている。
そもそもお嬢様とは? 正直、何の事を言っているのか分からない。
だから、みんな誤解しているのかもしれない。私は優しくも、お淑やかでもない。
ただ、自分の意見が言えない……そんな子なんだ。
でも……美世ちゃんは違う。最初出会った時から、その周りは輝いて見えて……それでいて何故か言葉が詰まらない。自分の言いたい事をスラスラ言えるなんて、自分でも驚いた。
美由さんも、まるで本当のお姉さんのように優しい。
お父さんも気さくで明るい。
美耶さんも、お淑やかで……どこかお母さんと同じ雰囲気を感じる。
そして……空さん。
男の人に言い寄られて、怖くて仕方がなかった時……助けてくれた。
それに落とした定期入れまでも拾ってくれてた。
あの時……胸が痛くなった。締め付けられるように痛くなった。
痛いけど……不思議と嫌じゃない。
何度も何度も味わいたい痛み。
テニスしてるって分かった時は心が弾んだ。共通の話題が出来たのは嬉しかった。
ジャージだって……いい匂い。できれば返したくなかった。
自分でも変だって分かってる。おかしくなったって分かってる。でもね? 仕方ないよ。今日だって、別に約束してたわけでもないのに、テニスの練習着来て……空さんを待ってちゃってた。
あの胸の痛みがいっぱいして。そのたびに嬉しくて……
水溜りから守ってくれた時なんて、心臓が飛び出るかと思った。全身から力が抜けて、立っていられないかと思うくらい。
そしてお風呂場……背中が大きくて綺麗だった。それに、思い出すだけでまた鼻血が出ちゃいそう……
「一華? どしたのー?」
はっ! いけないいけない。まだ玄関だよ。お母さん目の前だよ。何思い出してるの私!
「なっ、何でもないよ?」
「そう? 妙に顔赤くなってたし、ボーっとしてたけど熱でもある?」
「ないない! 元気です! とりあえず中入ろう?」
「そっ、そう? なら良いけど……」
危ない危ない。顔に出ちゃうなんて私のバカ。でも、本当に楽しかったな。一杯笑ったな……じゃあ、私がするべき事は1つだよね。
「じゃあ改めて、ただいま戻りました。あれ? お父さんとお爺ちゃんは、いつもの晩酌?」
「2人の生きがいだもの。健康に害が出るまでは、本人たちの好きにさせてあげましょ?」
「そうだね。あっ、お母さん? さっき言ってくれたことなんだけど……」
「さっき? あぁウチに呼ぶって話?」
「うん。それ、美世ちゃんに聞いてみても良いかな?」
「もちろん。いつでも大歓迎よ?」
「やったね」
美世ちゃんも美由さんも……空さんも! ウチに招待しよう!
そして出来れば、今日のリベンジを……
「って、一華? あなた鼻血!」
「えっ? 嘘?」
させてくださーい!
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