一枚、二枚、三枚も上手




 一気に静けさが増す、天女目家のリビング。

 そんなテーブルに3人の姿。


 申し訳なさそうな烏真さん。

 バツの悪そうな美耶さん。

 そして俺は、少し怒っている。


 ……美耶さんが居たから良かったものの、俺1人じゃヤバかったぞ? いや、自分も居るからと思って、バスタオル渡したんだろうけど……それは違うからな? 美耶さん! 


 あの後、急いで脱衣場に避難させると、俺は急いでボディーソープを洗い流して、シャツとパンツを装備。

 美耶さんは止血作業に勤しみ、俺の様子……視線は下の方だった気がするけど、それを確認して、烏真さんを連れ再度浴室へ。ぬるま湯に調整しながら、烏真さんについていたボディソープを流してくれた。


 その後、着替えまでしてくれた事には感謝するよ。

 数分後に烏真さんが何事もなく目を覚ましてくれた事も良かった。


 けど……だからOKではないですよね? 


「美耶さ~ん?」

「はっ、はい?」


「俺は少し怒ってますよ? 美耶さん。聞けば笑顔でバスタオルを貸したそうじゃないですか?」

「そっ、それは……」

「違うんです! 私が、烏真家ではこういうお礼の言い伝えがあって、やりたいって言ったんです。私がお願いしたんです」


「いっ、一華ちゃ~ん!」

「だから怒るなら私を……」

「烏真さんの行動も、烏真家の言い伝えについても色々言いたい事はあるけど、とりあえず最初に美耶さんでしょうよ」


「そっ、そんな……天女目さん」

「そっ、そうよねぇ……」

「言い伝えとはいえ、それがどういう事なのか……良識があり、知性で溢れ、常に余裕感じさせる大人の見本ともいえる美耶さんが、分からないはずないですよね?」


「良識? 知性? まぁ、そんなに言われたら照れちゃ……」

「美ー耶ーさーんー?」

「はっ、はい。ごめんなさ~い」


「でも天女目さん? 元はといえば、最初に言い出した私が悪いんです。ごめんなさい。美耶さん……」

「いやいや、一華ちゃんが謝らないの。私も若い力に感化されて、ちょっとした悪ノリしちゃったし」


 ……はぁ。やっぱりそうですか美耶さん。ちょいちょい俺達と同じノリする時あるもんな。それが普段とのギャップにもなって良いんだけど……今日はちょっとダメですよ? あと、自覚がある様だけど烏真さんも烏真さんだからな?


「俺から言わせてもらうと、烏真さんも同罪だよ? いくら言い伝えとはいえ、冷静に考えたらあり得ない行動だって分かったでしょ?」

「はい……」


「それに今回は美耶さんが居たから何とかなったけど、俺1人だったらどうなってた事か。怪我とかの心配も考えてね?」

「肝に銘じます」

「でも……良かったでしょ? 空くん」


 はっ、はい?


「よっ、良かった?」

「道中予期せぬ事は起こったけど……一華ちゃんのお背中流し気持ち良かったでしょ?」

「みっ、美耶さん!?」


 この状況でそんな事聞くんですか? いや……その過程は言いたい事たくさんありますけど、その行為自体は……えぇ! 最高でしたよ? 良くなかったなんて、嘘でも烏真さん目の前に言える訳無いでしょ!


「そっ、それは良かったですけど」

「えっ! 私ちゃんと出来てましたか? 嬉しい」

「うんうん。良かったねぇ一華ちゃん」


「はい! ありがとうございます。美耶さん!」

「全然よぉ~」


 あれ? なんだこれ? 結果として良かったで話し終わらそうとしてません?


「あの2人共?」

「はい?」

「なにかしら?」


「気持ちが良かったのは認めますし、烏真さんにも感謝してます。ありがとう」

「お礼だなんて……そんな勿体ない」

「照れちゃって~可愛いなぁ一華ちゃんは」


「ですけど! 行動自体はあり得ないですからね!? 世間的にも健康面でも! そこは分かって下さいよ!? 2人共!」

「はっ、はい!」

「分かりましたぁ~」


 ふぅ。烏真さんは良いとして、美耶さん? あなた絶対反省してませんよね? ったく、やっぱ時折見せるんだよなぁ……無邪気な感じ。でも、そこは大人だ。危険も付きモノな事に関しては、今後はしないだろう。


「たっ、だいま~」


 おっと。姉妹が帰って来たな。


「あっ、美世さん達が……」

「おかえり~」

「良いですか? さっき起こった事は、2人には伏せましょう。誤解が誤解を招き、大変な事態になりかねません」


「わっ、分かりました!」

「そこ! 何かを企むような笑みを浮かべてる年長の方! 良いですよね?」

「だっ、大丈夫よ~」


 本当に大丈夫か?


「疲れた~って、あら? あなたは確か美世の……

「あれ? 一華ちゃん? どうして家に?」

「その……」

「今日自主練手伝ってもらってさ。お礼も兼ねて、家で休んでもらってたんだ」


「そうなの~?」

「はっ、はい。お邪魔してます」


 ……とりあえず、当たり障りのない理由だし、2人共信じてる感じだ。あとは、このまま烏真さんが帰るだけ……


「そうそう。お話聞いてね? 私も初めてお目に掛かったものだから……あっ、そうだ! 晩ご飯でも一緒にどうかしら? 一華ちゃん?」

「えっ!?」


 はい?


「いいの? 母さん? いいじゃん、食べてってよ一華ちゃん!」

「でっ、でも……」

「母さんが良いって言ってるんだから、遠慮しないで? 一華さん」


 おっ、おい? 2人まで何言ってんだよ。烏真さん困ってるだろ? そうだ、無理強いは……


「私が良いって言ってるんだから、良いわよね? 一華さん。あと、もし良かったらお風呂もどうかしら。バスタオルならバッチリよ? 」


 ぶはっ! なっ、何言ってんだよ美耶さん! 今さっきの話をぶり返すような言葉を言いやがって……はっ! もしかして美耶さん、プレッシャー掛けてるのか! 暗に俺と烏真さんしか知らない様な言葉で、断ったら言っちゃうぞ? 的なニュアンスを醸し出してる?


 なっ、なんて卑怯な……これが大人の知恵というものなのか? スマートなやり口なのか。


「えっ!? あっ、じゃあ……母に連絡してみます!」

「やったぁ! 一華ちゃん!」

「晩ご飯、楽しくなりそう」

「ふふっ。そうねぇ~」


 そりゃそう言わざるを得ないよな。美世ちゃんに知られたくないだろうし……それにしても美耶さん。


 なかなかの小悪魔だな……


「空くんも良いわよね?」

「もっ、もちろん!」



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