疑念以上の存在感
平日のサンセットムーン。
そこで偶然遭遇した樫乃。
嫌味を言われるかと思いきや、その表情は今までのそれとは違っていた。
そんな姿に少し疑問は感じたけど、バイトを控える人を呼び止める程、自分は空気が読めない訳じゃない。
それにそんな一瞬浮かべた表情より、自分の記憶に強く残っているのは冷たく罵る姿だ。
ガットの修復が終わり、再び訪れた時には、また入口でバッタリみたいな事もなかったし、ただの気のせいだと思う事にした。
まぁそれ以上に、新しくガットを張り替えたラケットが嬉しくて仕方がなかったんだけどさ。
★
こうしてラケットが復活し、自主練を再開した俺。
けど、その嬉しさのまま限界突破……なんて事はせず、あくまで詩乃先生の指示を守り続けた。
そして瞬く間に時間は過ぎ、週に1度の診断の日。
俺は1人、サン&ムーンへと足を運んでいた。
よっと、なんかここへ来るのも慣れた感じがあるよな。まだ3回しか来た事ないのに……んっ?
すると、あと少しで到着というところで、俺は前方の人影に気が付いた。それは多分500mくらい先からでも分かる程の存在感。
ジーパンがその足の長さを際立たせ、タイトなTシャツがスタイルの良さを引き立てる。そして極めつけは美しいその金髪。
いやいや、やっぱ目立ち過ぎですって。
「あっ! 空っち~」
桐生院先輩。
「おはようございます」
「おはよ~」
美由の話によると、桐生院先輩は週に3回はヨガ教室に通っているらしい。その内の1日は土曜の午前中。つまり、この時間帯は高確率で行き会う事になる。
私服の桐生院先輩と会えるなんて、桐生院先輩は意識してなくても、男子生徒からしてみればかなりのご褒美に違いない。
とはいえ、
「あっ、そう言えば前に美由ちゃんがね?」
あのいきなりヨガ体験からというもの、会話の多くは美由絡みが多くなったけど。
あれから美由も月城さんのヨガ教室の生徒となった。けど、土曜は部活があるって事で平日の部活終わりに来ている。
月城さん曰く、全ての女性が誰でも気軽に! をモットーに、1日2部構成で開催されているのが多くの女性陣の需要に合っているらしい。
専業主婦やマダムは午前中。
働いていたり学生さんは午後。
上手い具合にすみ分けが出来ている。
おかげで美由も平日に通え、桐生院先輩とも仲良くヨガが出来ているらしい。
同じ高校生のヨガ仲間が出来たのか、桐生院先輩は心底嬉しそうだし、美由も家で結構ヨガの話や桐生院先輩の話なんかをしている。
最初はどうなる事かと思ったけど、思わぬ形で仲良くなれたよなぁ。
「じゃあ、私ヨガ教室行くね? バイバイ」
おかげで、何の心配する事無く先輩と話出来るんだけどさ?
「はい。それじゃあ」
桐生院先輩に挨拶すると、俺は2階への階段を上がって行く。そして、茶色のドアを開けると、慣れた様に挨拶をした。
「おはようございます」
「はーい。おはよう」
すると現れたのは、月城さん。今日も相変わらず美しい。
それにしても、月城さんの旦那さん……つまりここの社長さんってどんな人なんだろう。話によると今は海外に出張中らしく、帰ってくるのは半年後の予定だとか。
まぁこの月城さんをモノにしたとなると、相当なイケメンなんだろう。そして会社を立ち上げ、ここまで成長させるという事は頭も良い。
完璧超人か? 天は二物を与えないというのは嘘だろうな。
「今日はちゃんと日南先生いるから、入っちゃって?」
「ありがとうございます。失礼しまーす」
なんて、少しガッカリしながらも俺は詩乃先生の居る診察室へと歩いて行く。そしてドアの前で立ち止まると、1つ大きく息を吐いた。
ふぅ。先生の言いつけは守った。
壁打ちは連続で10分までで、休憩の時は水分補給を忘れない。
1日の練習時間は1時間。その他ランニングは大丈夫って事だったから、朝のランニングの時間を減らして、壁打ち後のランニング時間と距離を増やした。
動きのキレは大分良くはなった。肘に痛みは……ない。
大丈夫大丈夫。悪い方向には行って無いはずだ。よし。
そしてゆっくりと、ドアをノックする。
「はーい」
「天女目です。失礼します」
「どうぞ~。早速診察始めようか」
★
それから先生による診察は始まった。
まぁいつもと変わらない感じで、至って真剣な診察なんだけど……やっぱり、その近い距離間と体に触れまくるおっぱいの感触には全然慣れる気がしない。いや、一生慣れる気がしない。かろうじて、テントが張りっぱなしじゃないだけ進歩したと思いたい。
なんて違う意味での格闘を終え、一通りの診断を終えた先生と対面する。そして少し笑みを浮かべた先生の口から聞こえたのは……
「さて、今日はこれ位かな? うん、問題ないね」
なによりも嬉しい言葉だった。
「本当ですか?」
「うん。痛みもないみたいだし……ちゃんと練習とケアのバランスが取れてる感じね?」
良かったぁ……とりあえず一安心だ。
「けど、心配なのはこれからなんだよねぇ。痛みが無くても進行する場合もあるし、それを天女目君が認識できるのは難しい」
「えっ? じゃあどうすればいいんですか?」
「前にも言ったよね? 私は診察のお手伝いは出来る。けど、ケアの方法……直接的な疲れを取ったりするのは専門外。いくらアドバイスは出来てもね?」
確かに、前言ってた。
『マッサージとか専門家が居れば鬼に金棒なんだけどね? 心当たりある人はちょっと留守中だし……とにかく私の出来る範囲でその辺もカバーするね?』
つまり、先生が言ってた心当たりのある人が居たら……って事だよな。留守中って事は、いつもは居るけど今は居ないって事なんだろう。じゃあ、いつ戻って来るんだ?
「あの先生? 前に言ってた、マッサージの専門家の人って……」
「おぉっ! 流石空くん、記憶力良いねっ。そうそう、言おうと思ってたんだ。私はケアの方法なんかアドバイス止まり。けど、空くんが良かったら……その専門家に会ってみない?」
まっ、マジですか!?
「そっ、そんなの聞くまでもないじゃないですかっ!」
「ふふっ。空くんならそう言うと思って、準備してもらってるよ」
「えっ? 本当ですか?」
「もちろん。それじゃあ付いて来てくれるかな?」
そう言うと、詩乃先生は徐に立ち上がり、診察室を後にした……かと思うと、2歩ほど進んだ先で立ち止まってしまった。
「えっ、詩乃先生?」
「まぁまぁ。その助っ人さんは、ここに居るんだよ」
余程不思議そうな顔をしていたのか、俺の顔を見るなり詩乃先生はそう呟くと、あるドアを指差した。
そこは詩乃先生の診察室の隣。
あれ? 確かサン&ムーンの奥には3つのドアがあって……その左端が詩乃先生の診察室。右端が父さんの部屋だったよな? そして今先生が指差してるのが、謎の真ん中のドア。
もしかして、サン&ムーンにいるのか? マッサージの専門家が!?
「えっ? もしかしてここには居るんですか? マッサージの専門家が!?」
「ふふっ。もちろん。サン&ムーンはプロトレーナーズカンパニーだよ? メンタルマネジメントのプロが居て、体を見守るプロが居るなら当然……体のケアをするプロも居なくっちゃ」
まっ、マジか?
体の不調は詩乃先生が。
精神的なサポートは父さんが。
そして肉体的な疲労は、このドアの先に居る先生が?
俺、ここの事まだ甘く見てたかもしれない。マジであらゆる状況に対応できる場所じゃないか?
「まぁ陸くんとは親子だから気が合うのは当然として、私と気が合うなら……大丈夫だよ」
「えっ? どういう……」
コンコン
なんて何やら意味深な事を言ったかと思うと、詩乃先生はいきなりドアをノックした。
すると、聞こえて来たのは……
「はぁ~い」
なんともまた、女の人の声だった。
一瞬、まさか女の人なのか? なんて驚いたけど、そんな俺の気持ちなんて関係なしに、詩乃先生はドアを開けた。
「じゃあ入るよ―」
勢い良く開いたドア。そしてその先の光景が一瞬にして広がる。
パッと見、その中の様子は……詩乃先生の診察室と同じような作りだ。右側にベッド、左側には本が並べられた棚。そして真っ正面には、机と椅子に座っている白衣の人物。
ただ、その人物の後ろ姿が……なぜか、診察室で俺を待っている詩乃先生と被る気がした。
なっ、なんだ? 髪の毛は詩乃先生より少し長い。けど後ろ姿が……なんか詩乃先生に似てる?
「よっと」
そんな言葉と共に、椅子がクルリと回転する。そしてそこにいたのは……
先生と言うには童顔で可愛らしい……詩乃先生にそっくりな人だった。
はっ!? はぁ? 詩乃先生……が2人?
「えっ? あれ?」
俺は思わず隣に立っている詩乃先生と、椅子に座っている先生の顔を何度も交互に確認してみた。ただ、何度見てもその顔は似ている。いや、正確には微妙に違う部分はあるんだろうけど、この一瞬ではまさに瓜二つだ。
「ふっ、双子?」
「「ふふっ」」
驚きを隠せずにいた時、思わず零れた言葉。それを聞くと、途端に2人が笑い出した。
とはいえ、俺としては状況が分からない。
「双子に見えちゃう? やったね。私もまだまだ若いって事かっ」
「それはどう言う意味かなぁ? 私の方が老けてるって?」
えっ、あの……2人で会話しないでくれます? 俺蚊帳の外なんですけど。でも、双子に見えちゃう? 若い? 詩乃先生が老けてる? と言う事はもしかして……
「あの、もしかして……姉妹ですか?」
「はい。その通りだよっ」
「正解、空くん」
やっぱりぃ!?
「えっと、初めまして。詩乃の姉で、ここサン&ムーンで整体師として働いている、
「よっ、よろしくお願いします」
そう話すと、希乃さんは立ち上がり軽く会釈をする。俺も反射的に頭を下げてしまったけど、それ以上に驚いた事があった。それは……
って! この人もおっぱいデカッ!!
詩乃先生と負けず劣らずの胸の大きさだった。
会釈した瞬間、大きな塊が姿を現したぞ? てか、良く見ると普通の状態でもヤバい。まさしく巨乳。
しかも、顔も身長も詩乃先生に似てるし……まっ、まさか合法ロリ巨乳がもう1人だとっ!?
なんだここは……パラダイスか?!
「あれ? そういえば空くんって陸くんの息子さんだよね? という事は……美耶ちゃんの事も知ってるんだよね?」
ん? 美耶さん?
「えっ? あっ、はい。家族ですから……」
「もしかして、この前美耶さんの所にヘアカットしに来てなかった?」
「えっ?」
それは、そのおっぱいとダブル合法ロリ巨乳にテンションが舞い上がっていた俺の心を、冷静にさせる一言だった。
なぜなら、希乃さんの放った一言は……なぜか一瞬にして、自分の頭の中である事と結びついてしまったのだから。
えっ? 髪切りに行ったけど……なんで希乃さんが知ってるんだ? なんで……
はぁ……びっくりした。
まさかぶつかって、パンツが丸見えとは。しかも胸デカイし、思わず見ちゃったし。
カランカラン
『お久しぶり~』
『きのさ~ん』
……はっ!? きのさん? 希乃さん? ふと頭に浮かんだ、あのヘアサロン リラから出た瞬間の光景。
気まずさに助けた後、逃げる様に逃げてしまった。
そしてその時、後ろから聞こえて来た美耶さんが……放った名前。
まさか……まさか……
「えっ? ちょっと前に行ったかもしれないです」
「やっぱり? 顔が少ししか見えなかったから、最初は気が付かなかったけど……やっぱり、あの時の優しい男の子だよねっ?」
「えっ? 希乃姉、空くんと会ってたの?」
「うん! 美耶さんのトコに髪切りに行った時、ぶつかっちゃってね? その時優しく助けてくれたんだよ?」
「へぇ~、やるねぇ空くん」
まっ、待ってくれ? つまり話を整理するとこうか?
マッサージの専門家として、今後お世話になるのは合法ロリ巨乳シスターズの姉、希乃先生。
そして先生は美耶さんと知り合いで、髪を切りに行った。
その時、俺とぶつかって……助けられた? つまり……
あの、光沢のある黒と鮮やかな白いレースがデザインされたパンツを履いてたのが……
「ふふっ。まぁ、何はともあれよろしくね? 空くん?」
希乃先生だったって事ですかぁ!?
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