再燃
私、樫乃茜は鳳瞭学園に通う高校1年生だ。
中学の途中までは京南中学にいたけど、お父さんの仕事の都合で引っ越す事になって……そのまま転校した。
……うぅん。違う。
本当は転校なんてしなくて良かった。引っ越し先からでも電車を使えば京南へは通学できる距離。
それでも私は転校した。
名門鳳瞭学園中等部に転入して、そのまま高等部へ。周りのクラスメイトは良い人ばかりで、それはそれで充実している。
かといって、京南の皆が嫌いなわけじゃない。居心地は良くて、転校の話をした時には泣いてくれる子も居た。
私だって皆好きだった。きっと皆もそうだと思ってる。いや違う……1人を除いては。
その子はたぶん……確実に私の事が嫌いだと思う。でもね? その理由は私自身も良く知ってるから、その子を責める気にもならないし……私はその子が嫌いじゃない。
むしろ……
好き。大好き。
小学校の時からずっと……ずっと。
その子の名前は天女目空。私の初恋の人。
小学校の時から一緒のクラスで、私自身男勝りな性格だから、自然と仲が良くなるのにそこまで時間は掛からなかった。
最初は男女関係ない友達感覚。
冗談も良い合えて、私の女の子っぽくない言葉や行動なんかを、いつも笑ってノッてくれたり……優しい子だった。
そんな友達の印象が強かった、空に対しての印象が変わったのは……ある姿を見た時だった。
そう、テニスをしている姿。
学校での話で、テニスをしている事は知っていたんだ。けど、ある日公園のテニスコートで実際にプレーしている姿を見た時……コートの中に居たのは、私の知らない空だった。
目は狼に様に鋭くて、その行動1つ1つに気合が入る。
ポイントを取った時の咆哮に、悔しさをにじませる叱責。
空じゃない空の一面。
空の中の男を知ってしまった私は、その時……気持ちを全部持って行かれた。
学校ではいつも通り。けど、内心テニスをしている時のギャップに悶えていた。
試合には予定が合わない日を除いて、全部見に行ったよ。別に空が気付いてくれなくても問題なかった。逆に観客の中に、空が私を見つけてくれた時は嬉しくて嬉しくて仕方がなかったっけ。
こうして順当にテニスが上手くなっていく空は格好良くて、その度に好きな気持ちが大きくなる。
けどね? そんな気持ちを表には出せなかった。私のせいで、テニスに支障が出るのが怖かったんだ。
空がテニスを好きな事は知ってる。テニスが私に気持ちを教えてくれた事も事実。
だから、テニスっていう一種の繋がりが壊れるのだけは嫌だったんだ。
けどね……そんな恐れていた事が起きちゃった。私も想像して居なかったところから。
空の怪我。
全中でベスト8まで登りつめて、私は空以上に嬉しかったんだよ? けどそのあと、空は怪我を繰り返して……教室ではいつも通りを装ってはいたけど、その表情は明らかに曇ってた。
私は、今まで通り明るく接して……応援する事しか出来なかった。心の底で、空はテニスが好きだし、怪我を乗り越えてまた復活してくれる。そう思ってたんだ。
ある日の空の言葉を聞くまでは。
私だって知ってる。怪我を繰り返す事の怖さと、同じ部活の子達に追い越されるという悔しさ。
空の顔を見たら、限界なんだって分かったよ。
もう仕方ないって感じたよ?
でも……私はどうしても信じたかった。縋りたかった。
大きな我儘だって分かってる。でも、もう1度見たかった。
コートの上で、ガッツポーズをする空の姿を。
だからね? 私は……私を利用した。
ごめんね空。いきなり冷たくして。
ごめんね空。触れて欲しくないだろうテニスの事を散々言って。
『あんた、ちょっと仲良くしてあげただけで、勘違いしてない? そもそもテニスも続けられない軟弱な男の事、好きな奴なんて居ると思うの?』
自分で言っても苦しかった。どれだけ我儘なんだろうと葛藤した。
それでも信じてみたかった。
こんな私のクソみたいな態度と、最低な言葉を見て聞いて……空が怒ってくれる事を。
見返してやるって思って欲しい。
あの女に目に物を見せてやるって怒り狂って欲しい。
理由がどうであれ、テニスを続けるキッカケを作りたかった。
それからすぐ、引越しの話が出た。
転校はしなくても良かったけど、あえて転校した。
言うだけ言って居なくなれば……その分私の事が腹立つでしょ? 苛立つでしょ?
どんな事であれ、私は空の記憶に残っていたかった。
好きだから、大好きだから……だから好きな人が好きだと思ってる事を応援したって良いでしょ?
どんな事をしても。
けどさ? 実際に離れてみて、冷静に考えると……自分がした事は正しかったのかって思う様になった。
本気で悩んで、やっと決意したのに……それを考え直せって言うのが、本当に自分の我儘だと思った。
私は空がテニスを好きなのを知ってる。
本当は辞めたくないんじゃないか。私自身辞めて欲しくない。
それが好きという感情から思った事なのか、ただの我儘なのか良く分からない。
あの時、テニスを続けさせようと考えずに……自分の気持ちを伝えていたらどうなっていたんだろう。
そう思う様になった。
そんな時、偶然再開した空。見た目が何処か大人っぽくなって、嬉しかったよ? けど私は自分で選んだとおりの自分を演じる事しか出来なかった。
結果がどうであれ、自分自身で決めた道だから。
お父さん再婚したんだね? ちょくちょくそんな話はしていたけど……美人で可愛い姉妹が出来て良かったよ。もうね? 雰囲気で分かるよ? 2人共空の事が大好きで仕方ないんだって。
私を見る目が怖かったもん。
空を傷付ける人は絶対に許さないって。
そんな光景見てたらさ? テニスが無くても、空が幸せそうなら……良いのかなって、ちょっと安心したんだよ。
なのに……
「テッ、テニスまた始めたの!?」
まっ、まさか平日にサンセットムーンの入り口で会うとは思わなかった。バイト前で完全に油断してたんですけど。しかもその手には、テニスラケット!?
もしかして!?
「あっ、あぁ。怪我が再発しない様にゆっくりとだけど」
やっ、やっぱりだ!
「そっ……か。そっか」
ラケットを手にしている姿を見るのは何年ぶりかな。その姿だけでも嬉しい。
そして空の口から出た再開するって言葉で耳が幸せになる。
けど、だめだ。ここで変にな表情を見せたら……空に可笑しな奴だって思われちゃう。ここは、何とかいつも通りに……バイトへ行くっ!
「頑張ってね。じゃあ、私行くから」
うっ、上手く言葉言えたかな。
さり気なく、バイト行く素振り出来たかな?
……ヤバい。いきなりはズルいよ空。
ラケット持って、再開するなんて……いきなり過ぎてビックリしちゃうよ。
あぁ……本当にヤバい。今、空と話したのは一瞬だったのに……どうしてこんなに……
胸が熱くて仕方ないの?
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