恐ろしい嗅覚




 スッキリとした髪型を携えて、俺は家へと帰宅した。

 鞄やら何やらを部屋に置くと、少しうなじ辺りに違和感を感じる。

 カットした髪が入り込んだんだろう。このチクチクした感覚も久しぶりだ。


 風呂入って流すか。それにしても……あの人大丈夫だったかな。

 帰って居る間なるべく考えないようにはしたけど、家に着いて一段落すると余計に考えてしまう。

 別に怪我を心配している訳じゃない。現に何事もなく美耶さんの店に入って行ったし。問題はそこじゃない。


 まず1つ。不可抗力とはいえ、丸見えのパンツを凝視してしまった。

 そして2つ。更に不可抗力とはいえ、谷間をガッツリ見てしまった。

 最後に3つ。少しだけ聞こえて来た美耶さんとの会話。親しげであり、初来店のお客とは思えない。つまり、知り合いの可能性がある事。


 その3つから導き出されるのは、俺のしでかした事が美耶さんに伝わっていないかというものだ。


 ……とりあえず風呂入りながら考えよう。




 ガチャ


 湯船にお湯を溜めつつ、俺はシャワーで髪を洗い始めた。温かさが全身に伝わり、さっと手を触れただけで、所々に感じた違和感が消えて行く。

 しかしながら、依然として問題は解決していない。


 さて……どうするか。

 どうにもこうにも……俺にはどうする事も出来なくね? そもそもあの黒と白のパンツを見たのだって一瞬……って、色とデザインまで覚えてるって、体感一瞬だと思い込んでただけで、実はかなり凝視してたのか? ヤバいな。自分に自信か持てなくなってきた。


 となれば、胸の谷間の時もか? いやいや、それこそ一瞬だっただろ?

 けど、よく女の人は男がどこ見てるのか、一瞬だと思っていても視線で分かるって言ってたよな。だとしたら、あの女の人には俺がどこを見てたのか丸分かり。


 ……そうなるよなぁ。となれば、次にあの女の人がその出来事を美耶さんに言うかどうか。

 これに関しては五分五分だ。仲が良いから話す人も居るし、仲が良いから違う会話を楽しみたい人も居る。

 じゃあ、最悪の想定で対策した方が良いのか?

 この流れだと、正直に言った方がいいかもな……下手にしら切るより。


 そこにパンツがあったからっ! いや、言い方は別としてさ? そうだなもし聞かれたら、正直に言おう。




 ★




 そんな決意をしながら俺は風呂から上がると、美耶さんが帰って来るのを待った。

 ところが、意外にも美耶さんの様子はいつもと変わらず……あえてリビング居たけど、髪型の具合は聞かれてもあの女性の話は一向に出て来なかった。


 あれ? 考え過ぎか?


 ガチャ


「ただいまー」


 あっ、美由帰って来たな。


「おかえりー、美由」

「おかえり。あれ? 美世ちゃんは?」

「中学のチア部でミーティングあるみたいで先に来ちゃった。って! 空くん!」


 リビングに入り、俺の顔を見た美由は驚いた表情を浮かべる。そして、


「かっ、格好良い」


 そう呟くと、密着するように隣に座り込んだ。

 相変わらず近いな。


「流石母さん。めちゃくちゃ格好良いよ空くん。あぁぁ~好き好き」

「あっ、ありがとう。けど褒めすぎじゃ……」

「そんな事ないよ? ……あれ?」


 ん?


「ねぇ空くん? なんか女の人の匂いがする」

「えっ?」


 なっ、何言ってんだ? ちゃんと風呂入ったし、そもそも女の人って……はっ!

 その瞬間、脳裏に浮かんだのはあの黒いパンツの女の人だった。けど、ぶつかったとはいえ、その間わずか数秒。それだけで、しかも風呂上がりの俺に女の人の匂いなんて残っているのか。疑問と驚きを感じた。


「何言ってんだよ。ボディソープの匂いじゃないか?」

「そんなのは毎日嗅ぎ慣れてるよ。それに母さんの匂いでもない」


 ……マジか? 嘘だろ?

 その一言で、俺の体には瞬時に悪寒にも似た寒気が駆け巡る。


 美由の勘の鋭さは分かっていたつもりだ。けど、まさか嗅覚まで……犬並みか?


「まっ、髪型格好良いから全然良いけどねっ! じゃあ、部屋に荷物置いてくるよ」


 いっ、行ってしまった。

 それにしても……今のはマジか? マジで匂いを? だとしたら恐るべし美由……


 ガチャ


「ただいまー」


 あっ、今度は美世ちゃん帰って来たな。


「おかえりー美世」

「おかえり」

「よっこいしょ……って! お兄ちゃん!」


 リビングに入り、俺の顔を見た美世ちゃんが驚いた表情を浮かべる。そして、


「かっ、格好良い」


 そう呟くと、密着するように隣に座り込んだ。

 反応が美由と一緒じゃないか。しかもこの距離感……流石姉妹か。


「流石母さんのカット技術だね。凄く格好良いよ~お兄ちゃん。好き好き」

「あっ、ありがとう。けど褒めすぎじゃ……」

「だって本当の事だもん~。 ……あれ?」


 ん?


「ねぇお兄ちゃん? 女の人と会った? 私の知らない女の人の匂いがする」

「えっ?」


 なっ、何言ってんだ? マジでちゃんと風呂入ったし、そもそも美世ちゃんの知らない女の人って……はっ!

 その瞬間脳裏に浮かんだのは、またしてもあの黒いパンツの女の人だった。


「何言ってんだよ。ボディソープの匂いじゃないか?」

「それはいつもの匂いだから分かるよ。母さんの匂いでも、お姉ちゃんの匂いでもないなぁ。先輩達のでもない気がする……」


 ……マジか? 嘘だろ?

 その一言で、またしても俺の体には瞬時に悪寒にも似た寒気が駆け巡る。


 美由同様に、美世ちゃんの勘の鋭さも分かっていたつもりだ。けど、まさか嗅覚まで……美由と同じレベル。姉妹揃って犬並みか?


「まぁ、もっとお兄ちゃんが格好良くなったから全然良いけどねっ! じゃあ、荷物置いてくるっ!」


 いっ、行ってしまった。

 それにしても……今のはマジか? マジで匂いを? だとしたら恐るべし姉妹……


「あっ、空くん~?」


 あぁなんですか美耶さん。娘さん恐ろしいっすね。


「なんですか~?」

「今日ね? 空くんの後に来たお客さん、女の人なんだけど……途中ですれ違ったりしなかったかしら?」


 はっ! まさかこのタイミングでですか!? いや、あの2人がタイミングで良いといえば良いんですけど……唐突過ぎませんっ!


「えっ? おっ、俺の後ですか」

「そうそう。顔とか覚えてたら良かったなって思ったんだけどね?」


 顔? 良かった? いや、なぜ? 


「どっ、どう言う事ですか?」

「実は、その人……日南先生のお姉さんなのよ」


 えっ? 日南……詩乃先生のお姉さん?


『お久しぶり~』

『きのさ~ん』


 さん? そして先生……マジか?


「どうせなら、顔知ってた方が良かったと思ってね? 残念」

「そっ、そうだったんですか……ははっ」


 いや、美耶さん? そのある意味……


 俺のド変態行為が拡散される可能性が、増えたんですけど!!



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