健全な男子高校生
学校に鳴り響く、チャイムの音。
そして担任の先生による連絡が終わり、いつもの通りの言葉で1日が締めくくられる。
「はい、さようなら」
普段であれば、誰かしらと他愛もない話をして教室を後にしているだろう。だが、今日に至っては、そんな気はサラサラない。
【ら】を言い終えた瞬間、まるで忍者の様に素早く音もなく……俺は教室を後にし、生徒玄関から一気に正門を駆け抜けた。
「ふぅ」
自分でもまるで忍者の様な身のこなしだと感心する。それと同時に、何処からともなく安堵感が湧き上がる。
とりあえず、誰からの追及も受けなかったな。
元凶は、間違いなくあの女性陣6人。あの集合劇は戦慄としか思えない。しかも屋上では仲良く女子会なんて催しやがって。最終的に置いてけぼりだぞ?
それだけでも虚しい気持ちにさせられたって言うのに、そんな失意のまま戻った教室では、一斉に視線を向けられ、何とも言えないザワザワ感に襲われた。
追い打ちをかけるかのような笹本の声が、頭の中に響いたわ。
そりゃ、時間が経てばほとぼりは冷めるかもしれないけど、今日だけはあの雰囲気の中には数秒たりとも居たくない!
よしっ、さっさと行こう。
★
かつて、こんなにも帰り道に安心感を覚えた事はあっただろうか。いや、思い当たる節はない。
しかも今日に至っては、その静けさに加え見た事のない風景が広がっているのも相俟っているかもしれない。
いつもの帰宅路じゃない。1ヶ月に1度の商店街へ向かう道でもない。
むしろ学校からだと、初めてと言って良いほどの道のりだ。
その目的は1つ。
「えっと、着いた着いた。ヘアサロン リラ」
カランカラン
「こんにちわ。美耶さん」
「あぁ! 空くん。学校お疲れ様」
美耶さんに髪を切ってもらう為だ。
「ささっ、座って座って」
ここ、ヘアサロン リラは美耶さんの美容室。
白を基調にした店内には窓が多く、自然光を多く採り入れる様になっている。観葉植物も多く、リラックスできる雰囲気が特徴だ。
美耶さん1人って事で、バーバーチェアは2台しかないけど……会話を楽しみながら、リラックスというのがコンセプトらしく、人気だそうだ。まぁその中には美耶さんの人柄や雰囲気も含まれているのは間違いない。
髪自体は、結構前から美耶さんに切ってもらってはいたけど、ここ数年はもっぱら家で切ってもらってた。しかし、あの2人が近くに居ると……ははっ。自分の好みの髪形にしようと外野からの声が多いもんで、美耶さんの迷惑になると思い今回は店へと足を運んだ。
「なんかここに来るの久しぶりですね」
「そうね。ごめんなさいね? 家で切ってると2人がうるさくて」
「全然ですよ」
「本当? ありがとう。それじゃあ、今日はどんな感じにしましょうか?」
「そうですね……いつもより短めに切ってもらって良いですか? テニス始めたら、今の長さだと髪が気になっちゃって」
「ご注文承りました。あれ? 学校では頭髪の校則ってあるんだっけ? 私の時代は、余程奇抜じゃない限り大丈夫だったけど……」
「今もそんな校則ですよ? ですので、常識の範囲内で美耶さんにお任せします」
「いいのぉ? 任せちゃって」
「もちろんですよ」
「了解しました」
それから髪を切って居る間、俺と美耶さんは何気ない話で盛り上がった。
というか、家に居れば父さんも美由、美世ちゃんがいるし……ここ最近2人で話をしたのは、あのお風呂騒動の時以来だ。
とはいえ、元来の話しやすさを持つ美耶さんとの会話に、そんなブランクを感じさる訳がない。
「そういえば、ホントに2人とも邪魔してない?」
「邪魔なんてしてないですよ。むしろ楽しい毎日です」
「本当? なら良かった。何かあったらすぐ言ってちょうだいね?」
「了解です」
「えっと、サイドの長さはこの位かな? んー」
はうっ! 美耶さん? 後ろから前かがみにならないでくれます? その当たってます。やっ、柔らかい……デカイ……って! 気をしっかり持て俺!
「そう言えば、空くん? 2人とはもうしちゃった?」
「えっ?」
こっ、このタイミングでそんな話!? いやもう、美耶さんってマジでいきなりこういうこと言い出すんだよな。
「前にも言ったじゃない? 空くんだったら、あの2人を任せられる。そういう関係も全然問題じゃないし、むしろ私は望んでるのよ?」
「いっ、いや……」
「それとも、2人は空くんのタイプじゃない?」
「タイプって……」
「私に似て、中の中な顔だし……えっと、前髪はこの位かな?」
って! 今度は俺の横に来て覗きこまないでくれます!? その! 見えてます! 谷間が見えてます! くっ、見てはいけないのに……こんな大きな山脈があったら、見ない男子居ないですって!!
「なっ、何言ってるんですか。美耶さんは美人ですし、美由も美世ちゃんも可愛いとは思います。むしろ上の上レベルですよ」
「そう? じゃあどうして……? 魅力ないのかしら?」
「そういう事じゃ……」
「それとも積極性かしら……」
「あれで積極性がないんですか?」
「だって、空くんが居ない時に2人ったら、発情期の猫みたいに私にたくさん聞いてくるのよ? 顔真っ赤にして」
ちょっ、ちょっと美耶さん? 娘の事とはいえ、それを俺に言うのはダメじゃないですか?
あの、ちょっと2人を見る目が変わりそうで……
「はっ、はは。もちろん、2人共魅力はあります。けど、俺の中では姉妹なんです。長らく経験できなかった姉妹。仲の良い家族の一員。だから、まだ……1人の女性として見れないんです。今の……美耶さんを含めた家族の関係が楽しくて、嬉し過ぎて」
「空くん……」
「だから2人の行動も、向けられた気持ちも嬉しいんです。けど、どうにもできないんですよ。今は……」
「そうね。けど、私も嬉しいわ。空くんがちゃんと考えてくれてて」
「美耶さん……」
「ふふっ。いつでもいいから、あの2人の気持ちに応えられる準備が出来たら……いつでも襲っちゃってね?」
「えっ、おっ襲うって……」
「あっ、でも2人相手するのは良いけど、前にも言った通り高校卒業するまではちゃんと……」
なっ、なんでそうなるの!? 良い感じにまとめたでしょ? しかもここ仕事場なんだから!
「あの、美耶さん? 一応ここ仕事場って事もありますし……はい。あのちゃんとつけますんで」
「流石空くん。ありがとうね?」
ふぅ。焦ったぁ……けど、気持ちに応えられる準備か……
出来るのか? 俺……
★
「どうもありがとうございました」
「全然よ? じゃああとでお家でね?」
「はい!」
カランカラン
それからも何気ない会話を楽しみ、無事にカット終了。
サイドを若干刈り上げ、いつも以上にさっぱりとした髪型は自分でも新鮮で……何処か生まれ変わった気がした。
ちょっと攻めすぎたか? いや? 丁度……っ!?
なんて考えながら、美耶さんの店を後にし、体の向きを変えた瞬間だった。
「キャッ」
そんな女の人の声と共に、上半身に柔らかい感触を感じたかと思うと、
ドサッ
視線の先では、女性が尻持ちをついてしまっていた。
って、やばっ!
「大丈夫ですか!?」
そんな光景に、急いで手を伸ばした俺。ただ、その手の向こうには……
「ごっ、ごめんなさい……大丈夫です」
白いスカートの中からガッツリと秘密の花園が見えていた。光沢のある黒に、鮮やかなデザインの白いレース。
M字開脚の様な体勢からは、文字通り丸見えだ。
やっ、ヤバい!
流石にまずいと思い視線を上へと向けると、女の人は俺の手を握ってくれた。
「あっ、ありがとうー」
なんて言葉を聞きながら、引っ張り上げようとした途端、今度は女性の胸元が目に入る。
なっ、デカイ!!
ところがどっこい、その女性のそれはあまりにもデカイ。言うなれば、美耶さんや、詩乃先生と同レベル。
思わぬ連続攻撃に、男子高校生は視線を逸らすも……なぜか顔すら見る事が出来なかった。
ヤバい。色んな意味でヤバい。しかも絶対見てたのバレてる気がする。早くこの場を離れないと。
「本当にすいません。怪我ないですか?」
「大丈夫。それにしても優しいねぇ」
「そんな事無いです。本当にすいませんでした」
傍から見れば、挙動不審な人物に間違いはない。ただ、俺にとっては精一杯の行動だった。
すかさず女性の脇を通り抜け、早歩きで少し距離が出来た事で……やっと我に帰る。
はぁ……びっくりした。
まさかぶつかって、パンツが丸見えとは。しかも胸デカイし、思わず見ちゃったし。
カランカラン
「お久しぶり~」
「きのさ~ん」
って、この音! まさか美耶さんの店に?
振り返ると、そこにはもはや女性の姿はなかった。
えっと、ヤバいな……もし美耶さんの常連客だったら、さっきの話するよな? 俺の事も言うよな?
たっ、頼むから今さっきの事はなかった事にしてくれませんかね?
家に帰ったら、美耶さん……笑顔で何食わない顔で……
―――そういえば空くん、お店出てから女の人とぶつからなかった? パンツとか凝視しなかった?―――
なんて、お願いだから言わないでくださいっ!!
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