義姉のターン
「はぁー」
湯船から零れるお湯の音。
溢れんばかりの湯気。
体に染み込む熱めのお湯が今日の疲れを癒してくれる。
それにしても美由の奴、あの後本当に何事もなかったかのように普通だったな。
まさか、お風呂場に突撃する気じゃ……いや、今日も部活だから帰りはいつもの時間だろう。
それにしても……なんか気が気じゃないなぁ。
なんて俺の予想とは裏腹に、当の美由は……それこそいつも通りだった。
晩御飯にしても、
「あっ、お兄ちゃん! 美世のおかずあげるね?」
「えっ? でも……」
「いいからいいからっ! はい、あ~ん」
「それはいいよっ!!」
「こら美世? 空くんが困ってるよぉ?」
なんというかいつも通り。
食後のまったりとした時間でも、
「お風呂先入るね?」
「はいはーい。じゃあ美世はお兄ちゃんの隣でテレビテレビ」
「って、美世ちゃん! くっつき過ぎだって」
くっ、やっ……柔らかい。流石美由と同じくらいの、たわわな胸。
にしても美由の奴、いつもならこんな姿見たら、一言二言言ってたと思うんだけど……それもなくお風呂?
逆に心配になってきたんですけど……
「ねぇねぇお兄ちゃんー!」
「だっ、だから近いってー! 美世ちゃんっ!」
★
それから、なんて事もなく刻々と時は過ぎ……俺は今、自分のベッドで横になっている。
もう11時か。流石に考え過ぎだったのかもしれない。
「……寝るか」
そのまま瞼を閉じ、数分。
もはや意識が無くなりそうだった時だった……
ミシ……
何処からともなく聞こえる軋む音。
さらには、どことなく沈む感覚を覚える体。
ん?
とはいえ、もはや眠りにつく寸前の俺はそれが現実か夢かの区別がつかずにいたものの……
ミシっ!
再び聞こえた軋む音。
さらに、下半身に感じる温かい何か。
完璧に、かつ明らかに感じるそれには……思わず目を開けるしかなかった。
なっ、なんだ!?
ぼやけた視界の中、誰かが居る。それも俺の上に跨るように。温かい感覚が人肌だとは分かっていても、それが誰なのかはまだ分からない。
ただ、そんな疑問は……いとも簡単に解決した。
「ねぇ……空くん」
跨っていた人が、体を寝かせる。上半身には、柔らかい感触で溢れ……急接近する顔。黒くて長い髪に、整った顔。
それはまさしく、美由だった。
「なっ、美由?」
「シー。大きな声出しちゃダメだよ」
人差し指を口元につけながら、そうつぶやく美由。
しかしながら、互いの顔の距離の近さに……小声だろうと少しの吐息を感じる。
しかも、至る所から漂う良い匂い。シャンプーだろうか、ボディソープだろうか?
なんにしても……
「ダメって……いったい何を……」
今日の美由は何かが違う気がした。
今までも、寝ている所に来た時はあった。けど、俺が落ち着かせると、なんだかんだ言いつつ隣で寝るだけとか……そういう行動で留まってくれてはいた。
けど、なんだ? 今日は雰囲気が……違う?
「ごめんね空くん。やっぱり家じゃ我慢できないよ」
「がっ、我慢?」
「美世ならまだしも、他の女の人と仲良く話してる空くん見たら……ね? 学校では我慢できたんだけど……」
「他のって……っ! いやだから、九条先輩は……」
「同じ女だから分かるんだよ? 九条先輩も空くんの事が好き」
「はっ、はぁ?」
「そういう雰囲気出してたもん。気付かなかった? 空くん。でもね? 好きな人に他の人がそういうの出してるの見ると……ね? しちゃうんだよ?」
「しちゃうって……」
「嫉妬……だよ?」
そんな息を吹きかける様な言葉が、徐に耳へと直撃する。くすずったく、何とも言えない感覚が体全身に響いた。
うっ……なんかヤバくね? 本当にいつもの美由じゃない。どうにかしないと……っ!?
いつもの美由じゃない。その雰囲気から察した俺は、どうにかして美由を止めようと思った。だが、それが著しく難しいと理解したのは一瞬。
この状況になって、初めて分かった。俺の腕は、自らの体と跨っている美由の両足に見事に挟まれていたのだ。
必死に動かそうとしても、少ししか動かない。か細い美由の足にどれほどの力があるのか疑問に思う程に。
「ごめんね? 空くん。今日だけは、止めてほしくなくて……腕、挟めちゃった。でも痛くないでしょ?」
「いや、痛くはないけど……って、何する気だ?」
「そんなの決まってるよ? もちろんキス」
「キス? それなら今までだって……」
「今まではほっぺでしょ? 今度はちゃんとお口で……ね?」
「なっ、マジで言ってんのか?」
今までも散々2人にはキスをせがまれた。けど、ちゃんとそういう気持ちの相手、2人にしてもちゃんとした気持ちを持ってなかったらダメだと思って……やんわりと拒否してきた。
その変わり、ほっぺにキスという事でなんとか2人共落ち着いていたのだが……
「本当。いいでしょ? 空くん。キス……しよっ」
マズいマズい! 美由の表情がどこかトロンとしてて、マジだ! けど……ダメだ。そういうのは気持ちにしっかり確信が持ててからだ。
「ちょっ、待ってよ美由。そういうのは、本当に好きな人とするべきだって」
「何言ってるの? 前から言ってるじゃない。私は空くんが好きなの。大好きなの。だからキスしたって問題ないでしょ?」
胸を押し付け、体を俺に預ける。
そして首をかしげながら、俺を見下ろす美由。
明らかにいつもとは違う雰囲気。
全身に感じるのは……女の色気というものだろうか。
緩んだパジャマの首元から見える胸の谷間と、漂う香りが……自然と鼓動を早めてしまう。
「だっ、だからって……」
「ふふっ。お姉ちゃんの言う事は聞かなきゃダメだよ? それに空くん? ファーストキスはとか……そういう事考えてると思うけど……」
そっ、それを知っていてどうして。いつもの美由なら、この辺りでほっぺにキスして、嬉しそうにして……隣で寝てくれてるだろ? なのに……
「空くんだけだよ? まだキスしてないと思ってるの」
……えっ?
「まって、それってどういう……」
「今まで、何回隣で寝てたと思う? それだけの回数があるなら、空くん寝ている間にするでしょ?」
「はっ? もっ、もしかして……」
「ふふっ。寝ている空くんとは……もう何度もキスしてるんだよ? 私も美世もね?」
まっ、マジかよ……寝ている間にファーストキス奪われてたって事か? いや、それが事実かは分からない。そういって、俺を諦めさせようとしているのかもしれない。
「そっ、それが事実かは分からないだろ?」
「だよねぇ。そう言うと思った。でももうそんな事は関係ないの。今日はするんだから。お互いの意識がある……本物のキス」
「美っ、美由!」
「はむっ……ちゅーちゅー」
その瞬間、鎖骨辺りに感じる温かい感覚。柔らかく、ぬるぬるとしたそれは……今まで経験した事がなかった。
しびれる様な、くすぐったいような……そして時折、皮膚を吸われる痛痒さ。
思わず……口から息が零れる。
「っはぁ……美由……」
「どう? 空くん。空くんの体ならどこだって舐めてあげる。ちゅっ、ちゅー」
「うっ、ダメだって……」
「
「こっちって、一体な……んっ!!」
「んっ……んっ……」
それはあっという間の出来事だった。顔を上げたと思った美由の顔が眼前に迫ったかと思うと……唇がふさがれていた。
柔らかく、どこか甘い。
唾液同士が絡まる音はどこか妖艶で……その甘美な行為は、次第に心地良くなっていく。
「空くん。んっ……んっ……」
美由は、なにかタガが外れたかのように、絡み続け……俺は余りの経験に、何も考えることが出来なくなっていた。
それからどれ位経っただろうか、徐に顔を上げる美由。
糸を引く唾液の先に見えた美由は……まるで恍惚としたような表情を浮かべていた。そして、
「ありがとう……空くん。大好き」
そう呟くと、軽い口づけをし……崩れる様に俺の横に寝ころぶ。
満足したんだろうか、寝息が聞こえるまで……そう時間はかからなかった。
……あぁこれは現実か? あの美由は本当に美由なのか?
もはや途絶え途絶えの意識の中、俺の頭の中にあったのは……そんな淡い疑問だけだった。
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