小休止?

 



 昨日の出来事は現実だったのか。

 そう思うほど、朝の光景はいつもと変わらなかった。


 まぁ強いて言うなら、起きた時既に美由が居なかった事ぐらいだろうか。


「いただきます」

「いただきまーす」


 ただ、目の前ではいつも通りに朝ご飯を食べている。

 だからこそ、余計に昨日のは夢だったんじゃないか……そう思えてしまう。


 ……なんか美由の奴、普通だな。昨日のはやっぱり夢……


 その時だった。不意に美由と目が合う。そしてその瞬間に浮かべる、柔らかい微笑み。


 じゃないな。


 あざとく唇を舌で舐める仕草は、


 あの出来事を思い出して


 そう、暗に示しているかのようだった。


 マジか。やっぱあれはマジか……

 途端に脳裏によぎる昨日の出来事。


 抑えられていたとはいえ、ハッキリと断れなかった。

 柔らかい感触。鼻を通る美由の匂い。口に広がる甘い味。


 ただ、気持ちが整理できていないのに、こういう行為を許した自分も許せなかった。


 ……まだ、2人の事はまだ純粋に家族として見ている。昨日の行為は、互いにこういう関係にならないと、してはいけない。

 はぁ……中途半端な状態で、何してんだよ俺。


 とにかく、今までは俺が断れば越えてくれなかった壁を、美由は越えた。これからどんどんエスカレートしなきゃいいけど……


 そんな一抹の不安を感じる俺。

 けど、その不安は……取り越し苦労だったのかもしれない。




 ★




 気が気ではない俺をあざ笑うかのように、美由の様子はさほどいつもと変わらなかった。

 登校時も、美世ちゃんと分かれた後も。


 学校でも、元々そういう行動は控えめだったけど、あの出来事以降もそれは変わらず。むしろ前より控えめか。お昼を誘いに来る以外は、滅多に教室にも来ない。

 休み時間も友達と居る方が多いみたいで、前は目が合えば手を振っていたけど……今は優しく笑うだけ。


 家でも、美世ちゃんと一緒に隣に来る事はあっても、それ以上……キスをねだったりとかはない。

 そんな日が、数日続いた。




 ★




 てっきり学校でも求められるかとヒヤヒヤしたし、家でも密室に連れ込まれて……なんて事を想像していたけど、ある意味拍子抜けだったなぁ。


 なんて事を考えながら、俺はいつもの様に風呂に入っていた。


 よっし、次は頭っと……にしても美由の奴、あれ以来布団にも潜り込んで来なくもなったな。 ……なんか逆に怖いな。


 てっきり、どんどんエスカレートするかと思ったけど、ある意味前と同じ現状維持って感じだ。もしかして、キス出来たから……ある程度の満足感に溢れてんのかな?


「……そうかもしれない。だとしたら、問題は……」

「お兄ちゃ―ん」


 ……来たぞ? 今現在の不安要素第1位。


「美世ちゃん? あれ、今日部活は?」

「今日はお休みなんですー。それより……」


「それより?」

「お邪魔しまーす!」

「はぃ!? うおっ!」


 その瞬間、勢いよく浴室のドアの音が響き渡り、途端に背中に感じる柔らかい感触。


 くっ!! 美耶さんは背中全体が覆われる感覚だったけど、なんか肩甲骨辺りに集中して滅茶苦茶柔らかいものが当たってる感じだ。 ……って何比べてんだよ俺! なんで背中に当たってるのがあれだって分かるんだよっ!


 ととっ、とにかく落ち着け!


「お背中流しますねー?」

「ちょっ、美世ちゃん! だめだって」


 マジかよ! 美耶さんは別として、美由も美世ちゃんも流石に今まで風呂場には突撃してこなかったぞ?  


「大丈夫ですよ―? 水着着てますからっ。と言うより、夏用に買った水着を見てもらいたくて来ちゃいました」

「なっ、みっ水着?」


 いやいや、水着着ててもダメだって。


「それでもダメだ……うおっ!」

「見てよー? 見てくれないと、ずっとこうしちゃうよぉ?」


「わっ、分かった。ちゃんと見るから、ちゃんとシャンプー流させてくれ。あと、タオルも準備させてくれ」

「はぁーい! 分かったよぉ」


 って、だからぁ……


「ちょ! さっきより押し付けてない? って、脇腹止めて! 首を……くっ……」

「へへへぇ~」


 無邪気に見えるから、余計にタチが悪いんだよ! 美世ちゃんはっ!




 ★




「はぁ~」


 静かで薄暗い部屋の中、なぜか今日に限って……俺はなかなか寝付けずにいた。

 まぁその原因には思い当たる節がある。なぜか落ち着いている美由に代わり、積極性を見せている美世ちゃんだ。


 まさか風呂場に来るとは。けど、黄色い水着はヤバかったな。しかもやっぱりデカイ……ってバカか俺っ!


「……ヤバいヤバイ。煩悩を消し去る為に、一旦水飲んで落ち着こう」


 俺はそう呟くと、ベッドから体を起こし、部屋のドアへと歩みを進めた。

 さすがに時間は夜中。音出して、皆起こしたら悪いからな。ゆっくり……


 こうして、静かに部屋のドアを開け、階段へと歩いて行く。するとどうだろう、階段の辺りに何かうごめく影を見つけた。


 最初は暗闇に目が慣れず、誰なのかは分からなかったけど……次第に見え始めた視線の先。


 ん? 誰だ? 人……だよな? んー……あっ。


 そこにいたのは……美世ちゃんだった。


「美世ちゃん?」


 思わず俺は、囁くように呼びかけていた。

 するとどうだろう、


「はっ!」


 美世ちゃんは、俺の顔を見た途端にそそくさと自分の部屋に帰ってしまった。


 ……あれ? 


 この時、俺は知らなかった。

 なぜ美世ちゃんが、夜中に階段辺りにいたのか。

 そして、美世ちゃんがなぜそそくさと部屋に戻ってしまったのか。


 その理由が分かったのは、次の日だった。



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