04 お父様は毒親でした。

シュガード公爵ボガド、つまり父の執務室を扉をノックする。


タジオの記憶だと新年の挨拶をした半年前だろうか。ボガドとまともに会話したのはその時以来。なかなか、希薄な親子である。




「タジオ! お前という奴は!!」


「うっ!」


私がドアを開けるとボガドがツカツカとこちらにくるなり、私の頬を平手で殴った。


「…ボガ…ドさ…、父様」


殴ったね。親父にもぶたれたことないのに…。いや、今の父、ボガドさんが殴ったから、そうは言わないか。ひ弱な体のタジオ、つまり私はヨロヨロと後退りする。ボガドはそれでも構わず、私の両肩を持つと、ガクガクと揺さぶった。


私はジンジンと殴られた頬を抑えて、ボガドを見ると、顔が真っ赤で大層怒っているのがわかる。両肩に食い込む手も痛い。


「お前は何てことをしてくれたのだ!!」


「はぁ…」


私は、つい先日タジオになったばかりなので、実感が湧かず、なんとも気の抜けた返事を返す。それも気に触ったのか、さらにボガドは殴ろうと手を振り揚げた。


「旦那様、お辞めください。タジオ様の顔・に傷がつきます!」


すかさず、できる従者セルフが前にたち私を庇う。




「くぅ…、お前は、どうしても次期王の側近にならなければいけない!!」


殴ろうとした手をグッと握りしめるボガド。きっと、王子の側近候補から外された事を言っている。


気に入らないと暴力を振るう、タジオと似た者親子だ。今まで、ボガドはタジオにかまけている暇がなかったから、殴られたことはなかったけど、初めてとも言って良い親子のふれあいが暴力とは、厳しいなぁ。




殴りはしなかったが、ガクガクと再び私の肩を強くゆするボガド。




おや? なぜ、この父はこんなに怒り、あせっているのだろうか?


タジオが側近候補から外れたとしても、公爵という地位は揺るぎないものだし、潤沢な財産もあるだろう。しかも、領地は豊かだし、多少、王族から離れてもそれなりに豪勢に生きていけるだろう。


どこか、資金繰りに困った中小企業の社長みたいな。あまりにも必死すぎる。




「王子に謝罪しに行くっ! 用意しろ!!」


ガッと、乱暴に私から手を離したかと思ったら、ドカリとふかふかのソファーに腰を下ろして、疲れたようにボカドが言った。


せっかくのピチピチでハリのある白いきめ細やかな肌が赤くなっているだろうなと思っていたら、セルフがさりげなく冷えたおしぼりを渡してくれた。私はジンジンする頬におしぼりを当てた。




「は〜あ、謝罪ですか〜?」


「私がなんとか取り持って、王子に拝謁を許された。お前は王子に謝り、なんとしても側近候補を取り戻すのだ」


ガシガシとこめかみをおさえるボガド。






父ボガドにとって私が王子の側近候補から外れるというのは大問題らしい。


いくら世間に疎いタジオでも、今のボガドにとってどれだけそれが大事かなんとなくわかっていた。


つい先日、現王、いわゆる王子の父が病床に倒れた。


今、この国の長は王代理となった、王子なのだ。


王子の父である王は愚鈍だ。全国民が認めるダメな王だ。だから、このボガド以下、側近が今までは我が物顔で王を操り王政の実権を握ってきた。いくら、高位な役職につく貴族といっても、ボガドが王宮からいただく報酬は驚くほど多い。


だが、王と違って王子は賢い。予算の大半がどこに流れていっているのか、すぐにばれる。できる王子が実権を握った今、タジオの父親ら、甘い汁をすっていた側近達がいずれ粛清されることは必至だ。




だから、王子の側近候補に私がならないといけないらしい。


王子に気に入られ、将来、王の側近に私がなり、息子の私を通してボガドは保身と再び甘い汁を吸い続けようと目論んでいる。こんな時だけ、息子を利用する。きっと、自分の欲のための一つのコマぐらいにしか思ってないのだろう。このボガドなら、自分のためであれば血のつながった息子など、平気で切り捨てる。


私はもう辰雄の意識し・か・ないから、初対面のボガドに情などはないし、自分の欲ために息子を使おうとするボガドの言いなりにもなりたくない。


候補から外れても全然良い。むしろ、それが良い。


私の異世界での新生活の目標はのんびり田舎暮らしである。




「タジオ、なんとしても王子の心を掴み、側近になるのだ。そのためならその体を差し出せ。お前はアンナ母に似て、父親の私から見ても美しい。王妃とはいかないまでも、なんなら側室でもいいぞっ!」


こめかみを押さえながらボガドがとんでもない事をいいだした。


タジオは男の子だ。体を差し出して…、王妃、側室でも…って、かわいい息子を売る気満々、とんだ毒親だ。




…あ、そうか、私のいた世界よりもそのへんは進んでいる。この世界は男同士の婚姻も認められている。タジオの記憶がそう教えてくれる。




王子を色仕掛けしろってことか。ん、それは無理だな。私は妻もいる、恋愛や性的対象は女性である。男とどうにかなるなんて、考えられない。




ただ、どうもタジオは王子にほのかな恋心を抱いていたようだ。それはずいぶん、歪んだ方向に向いていた。候補を外されたのはタジオの過激な色仕掛けのせいもある。王子は頭が良く、ストイックだ。そうとう、このタジオは鬱陶しがられていた。






王子の側近候補とは、将来、王の側近となる貴族の子息達。王子と年の近い者がなる。もちろん、候補になるにしても厳選される。




都合のいいことに王子は同じ年だった。高い位のシュガード家の嫡子であるタジオは、家と父の力によって、その側近候補になったのは14歳になる春だった。シュガード公爵を筆頭に高位から、子爵、男爵、特例として、学業、武芸で優秀な平民に至るまで、タジオの他に十数名の候補者がいた。


その中から、王子自身によって選別されるのが慣例だ。この国の側近とは、一人の王につき、3,4人。




王子は見栄えも頭も良く、剣の腕も確かな、申し分ない少年だ。自分が大好きなタジオでさえ、認め、憧れ、そして好きだった。確かに側近となれば、剣の腕とそれなりの頭が必要だが、タジオは勉強嫌いで学力が足りないし、弱い。だから、その線では王子の御眼鏡に適わないと思っただろう。自分の唯一の取り柄である美しい見た目で王子に気に入られ、ボガドに言われなくても、王妃、側室の座を密かにねらっていた。


王子と会う日は、ピラピラのレース?の服を着て、ピカピカに磨いた。大層な気合を入れて、自分を着飾った。女の子のように、薄化粧もしていた。まあ、この顔だったら、さぞ化粧映えするだろうが、しなくても、綺麗だ。


そして、プンプンに臭い香水の匂いを振り撒き、不敬と紙一重で王子にベタベタし、大いに媚を売った。


だが、王子はそんなタジオを煙たがり、無視したが、タジオは追いかけ回した。


しかも、ライバルである候補者を悪い手をつかって貶めようとしていた。聡明な王子はそれもちゃんとわかっていただろう。


うざいタジオを王子は避け続けた。


どうして、地位があり美しい自分を否定するのかわからず、その行動が次第にエスカレートしていき、そんな悪循環がここ最近続いていた。






そして、とうとう堪忍袋の尾が切れた王子はタジオを断罪したのだ。












つづく


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