03 わがままな子は断罪されました。

…ううう、まずい…。


私、タジオの現状を思い出す。


母親はタジオが幼い頃になくなっている。


その後、可愛い子供と言われて蝶よ花よと甘く従者たちに育てられた。なぜなら、公爵である父親は国の宰相で忙しく、ほとんど屋敷に帰ってこない。


実の父親の顔を一ヶ月以上見ていないって事はザラだった。彼の身の回りの世話をする従者はたくさんいたが彼の寂しさを埋める肉親はいなかった。




彼は寂しかった。


タジオのシュガード家は、王族に次ぐ身分の高い家で、領地も豊かだ。父のボガド・シュガードは王城では宰相、それなりに報酬、王城勤で、もしかして、裏で悪い事をしているのか?ってぐらい、驚くほどの高収入だと思う。




そう、すごく金持ちなのだ。


それが、悪かった。


お金だけ湯水のごとく与え、放置状態、タジオを甘やかす従者。


自分の世話をしてくれる従者に暴力を振るうくらい、凶暴なわがままになってしまった。屋敷では彼を咎めるものはなく、全てが彼の思うまま。父親も放任という後ろめたさがあったのか、金だけ与えて注意することもなかった。


いや、父ボガドは自分のことだけで、タジオなど眼中にはないのだと、私は思う。




地位のある貴族で贅沢三昧の暮らし、そして絵に書いたような美少年。愛だけしらず、全てをもっているタジオの暴君と化したわがままな暴走を誰も止めることができなかった。使用人の中で将来を憂いて注意しようものなら、すぐにクビにした。


悪くもないのに当たり散らすように鞭を振るうことも日常茶飯事だった。


この家の使用人はタジオのわがまま、そして暴力を恐れていた。


そんな職場環境だ。いくら、高給といってもタジオに我慢ならない使用人はやめていった。残ったのは、タジオの言う事を全て聞く「YESマン」な従者と、心からタジオを心配して残った育ての親といってもいいくらいのセルフぐらいだった。セルフは亡き母が実家から一緒に連れてきた従者だ。タジオの事を見捨てられなかったのだろう。


気絶前に暴力を振るおうとしていたのは、いつもタジオの世話を献身的にしてくれている従者のセルフにだった。




わがままタジオが私の中に吸収された今、この問題は私自身の事。これは悔い改めなければ、このわがまま息子は断罪され地に落ちるかもしれない。


いや、もう断罪への道を転げ落ちる最中だろう。




そして問題はここからだ。


なぜ、私が中に入る前、タジオは従者のセルフを鞭で打とうとしていたのか。


それは、昨日、城で王子より、通告を受けての八つ当たりだった。




「タジオ、お前の奇行は目に余る。私は知っている。自分よりも下に見た者への嫌がらせ、使用人への暴力、高慢な態度。そして、自分本位で自分を着飾ることしか考えぬ愚かなところ、今までは目を瞑ってきたが、もう我慢の限界だ。私の側近候補から外す」


王子の冷たい言葉。


「そんな、お待ちください!」


タジオは必死で、王子に手を伸ばした。その手をピシャリと払われて、


「タジオ、ベタベタ私に触るな!!気持ちが悪い!!」




候補者やその関係者が集まったパーティで言われた、最後通告。いや、もうそれは断罪と言ってもいいだろう。


まあ、私的には王子の気持ちがよ〜くわかる。タジオの今までの行動は最低だ。それを言われたのが昨日、その言葉にショックを受けたタジオは屋敷に戻り、いつも以上に暴れた。


それを止めにはいったセルフに暴力を振るおうとした。完全な八つ当たりだった。


王子から愛想つかされてもしょうがないと、今の私も、そう思う。自分の寂しさを周りに当たり散らしていた。本当にわがまま息子で最低な子だ。


タジオは側近候補から外される。




なんなら、私はそれでもいい。




ただのわがままなだけで極刑はない。王子に不敬を働いたわけでもない。


せいぜい重くても、公爵家の領地に返されるぐらいだろう。タジオの記憶だと、幸い、シュガード公爵家は魔獣の少ない豊かな領地を持っている。将来の王様の側近から外されて、領地で穏やかに田畑を耕すスローライフでもいいのではないだろうか。私、辰雄は40年ちかく、企業戦士として働いてきた。ここでようやく、定年を迎えて第二の人生を謳歌しようとしていた矢先に、愛犬と共に死んだ。


私の計画では、これからは穏やかに、過ごすはずだった。


この若返った体で、田舎で流行りのスローライフでもいいのではないか。


おお、むしろ、そのほうがいい。


普通の日本人だった私がこのヴィス国で王子…将来は王様の側近として、この国を動かしていく。そんな大それたことはできない。


この国は絶対王政だ。民主主義ではない。側近となれば、王の隣で国を動かしていく。


しかも、この世界には恐ろしい魔獣がいる。王は誰よりも強く剣に秀でていなければいけない前提で、剣に自信がない王は、側近に腕の確かな者を手元におく。


それが、側近のもう一つの顔なのだ。バッタバッタと魔獣を倒す。


無理だ…そんな事、私にできるわけがない。私の中のタジオ少年は剣が強いわけでない。それに、勉強をサボっていた分、頭もそれほどよくない。


ただ、父親、家柄が良い顔だけの少年だ。




そう思えば、気持ちも落ち着いてきた。


だったら、王子の断罪を粛々と受け入れよう。


そうして、田舎の片隅で穏やかに暮らしていく。


これこそ、私が求めていた定年後の人生だ。




そうだ、それが良い!!




そう決めればこの異世界に飛ばされてもなんとかやっていけるような気になってくる。


とりあえず、多少の常識外れではあるが、タジオのこの世界の知識もある。


「ふふふふ…」


私は鏡の前で、声を出して笑っていた。


ふむ、笑ってもこの美少年は絵になる。








「タジオ様!! お加減はいかがですか?」


そこへ、血相をかえて従者のセルフがドアをノックせずに入ってきた。


従者の鑑のセルフにしては珍しい。


「あ、セルフさん! 怪我はなかった?」


私はセルフに鞭を打とうとしていた。


「…あっと、タジオ様…。私は大丈夫です」


いつも怒鳴り散らしている私タジオがセルフの身を案じて、『さん』付だ。それに驚いたセルフは思わず声を詰まらせる。


「え…あと、旦那様がタジオ様をお呼びになっております」


だが、そこはさすがなセルフ、すぐに自分のなすべきことを思い出して、用件を伝える。


ふむ、確か、シュガード公爵ボガド、つまり、タジオの父親が私を呼んでいると。




「ボガドさ…ん…が、え〜っと、お父様が…?」




こんな朝に父ボガドがいるのは珍しい。










つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る