05 王子はお怒りでした。
私は今の父ボガドと王子の執務室に頭を垂れてたっていた。
前には、現在、この国の政を担っている王代理のトラッシュ・ヴィス王子。
「トラッシュ殿下、何卒、我が愚息をお許しください!」
ボガドが猫撫で声で王子に謝罪している。私はずっと黙って頭を下げたままだ。
「私は貴様の息子を側近にするつもりはない!」
感情の籠らない声が王子の意志の固さを物語っている。まあ、そうだろうな〜と、私タジオのことだが、他人事のようにその声を聞いていた。父親の手前、一緒に謝罪に来たが、別に許してもらわなくてもかまわない。
私の目指すところは定年後の穏やかな時間。
この世界は自然が豊かだ。畑とか耕してみようかな〜。家庭菜園もしたことはないけど。
二人のやりとりを聞きながら、関係のないことを考えている。
「そこをなんとか! タジオ! 何を黙っている。お前からも殿下に謝罪しろ!!」
ボガドが頑なな王子の様子に焦り、私の腕をぐいっとひっぱる。
「…はあ。申し訳ございません〜」
なんとも気の抜けた謝罪をとりあえず、言ってみる。それが王子に見透かされたのか、
「タジオ、貴様のどこが悪いのかわかっているだろう? 私の目を見て言ってみろ!!」
王代理となった王子は忙しく、こんな誠意のない謝罪をする私に呆れたのだろう。断罪の決定打を放つために、顔を上げて言い訳を言ってみろと言った。
まあ、つい先日この体に入ったばかりで、私のせいではないのだが、仕方がない。このまま怒りに任せて、打首ってことにならないとも限らない。
タジオの記憶をたどり客観的に言うしかないな〜。
私は言われた通り、顔を上げた。
「パト…トラッシュ!!」
私は驚きのあまり、王子の前で不敬にも大きな声をあげそうになり、慌てて口を両手で塞いだ。
私の目の前に、私を庇って一緒に死んだ。心の親友、かわいい愛犬パトラッシュがいた。
執務室の書類がうず高く積まれた机の前に座り、眉間に皺を寄せこちらを見ている美丈夫。
髪が白銀で、その色の眉と長めのまつ毛を持つ。少し大きめの切長の瞳の色は透明な薄茶色。すっと鼻筋が通り、薄い唇。欧米人のように白い肌をもつ。しかも、シミ、ソバカス、ニキビの一つもない美しい透き通る肌。座っているが、すっと伸びた足は長く、高身長で、筋肉もちゃんとついていて、体躯もしっかりとしている。どこをとっても非のない、完璧な容姿。
私タジオも絶世の美少年だが、その彼は系統のちがう美少年、いや、すでに美青年といっていいだろう。
私の挙動不審な態度に苛立ち、眉間の皺がさらに深まる。それもそれで、ハ・ン・サ・ム・だ。
私の生きていた世界で、こんな完璧な容姿をもつのは映画スターでもいないんじゃないかな。
だが、私はそんなカッコいいトラッシュ王子の姿に驚いたのではない。
タジオの記憶が王子の格好良さを誇張ぎみに教えてくれていたのでわかっていたから。それ以上だったけど。
そ、それよりもだ。
王子の中に私の愛犬、パトラッシュが転生している。
私のかわいい息子、ホワイトシェパードのパトラッシュ。
絶対に間違うはずがない。私はすぐにわかった。王子の中にパトラッシュの魂がいる。
だが、王子…パトラッシュは私の顔をみても表情が変わらない。苛立った様子で私を見ている王子。その表情は冷淡で、視線は冷たい。
パトラッシュは悲しいことに私がわからないのだ。きっと、トラッシュ王子の意志が強すぎて、パトラッシュの意思を打ち消している。私がタジオの意思をどこかに抑えたように。
不覚にも私の目が潤み出す。歳をとって涙もろくなった…。今は若者だが。
そして、ハラハラと涙がこぼれた。美少年の涙、きっと美しいに違いない。だが、王子は私の涙などに眉ひとつ動かさない。むしろ、うんざりしように私を見ている。タジオは度々王子の前で泣き落としをしていたようだ。慣れている。
タジオ、男の涙はここぞという時にとっておくもんだぞ。
まあ、涙もろくなった私が言えた義理はないが。
「また、泣き落としか? お前の虚言癖には、うんざりする」
トラッシュ王子の吐き捨てるような言い方。ハンサムだからそんな言い方も様になる。
パトラッシュ私だよ。
パパだよ。
ずっと一緒だったろ? パトラッシュ!
嫁さんから寝室を別にされてから、いつも一緒に寝てたよね。
家の中では君だけが私の味方だった。
会社で晩年、上司と部下の板挟みの中間管理職だった私のストレスがわかってくれて、いつも慰めてくれたパトラッシュ。
とてもかっこよくて頭がいいパトラッシュ。
いつも散歩したよね。君の白銀に輝く毛をブラッシングしたらツヤツヤになったね。
嫁さんに怒られながら、いっしょにお風呂にも入ったよね。
私の大好物のお刺身を君にこっそり、あげたら、君は感謝の意を込めて、私をめいっぱいペロペロと舐めてくれたね。
最後は私を庇ってくれた命の恩人。
じゃないか、一緒に死んだから、一緒に旅立った私の友。
ああ、パトラッシュ。
私だよ。
佐藤辰雄だよ…。
私だけの心の親友、そして息子。
私は一つの考えが浮かぶ。
この世界に一緒に飛ばされたのは何かの縁えにし。
私の命を守ろうとしたパトラッシュ。
今度は私が君のそばに居よう、そして君を守ろう。
何がなんでもパトラッシュの魂をもった、この怒り満載のトラッシュ王子のそば居ることにするとそう決めた。否、そうしなければいけない。
この異世界でパトラッシュと共に第二の人生を歩む。
私の頭の中に描いた田舎でののんびりの計画は吹っ飛んだ。
どうしてもパトラッシュと一緒にいなければいけないという、謎の使命感にかられた私。
「黙っているつもりか、ここにお前は謝罪に来たのではないか?」
私の茫然とした態度にさらに怒りをあらわにするトラッシュ王子。
パトラッシュ、私はずっと君のそばにいるよ!
私は綺麗なフリフリのブラウスの袖口で涙をぬぐって、
そして、
「私の不徳の致すところによって、トラッシュ殿下に不快な思いをさせたこと、ここに誠心誠意、お詫び申し上げます! 」
「「!」」
私は王子の前に二、三歩躍り出て、ふかふかの赤の絨毯に膝をつき、頭を絨毯に付けた。
ザ、土下座だ。
サラリーマンをして40年弱。
人生、何度目かの土下座をした。
父、ボガドとトラッシュ王子の驚きで、息を呑むのがわかった。
私は企業戦士…会社に命をささげた男、人は私を社畜と言っていた。
つづく
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