04:婚姻
わたしが食事を終えるとフリードリヒは新聞を畳んで席を立った。
そう言えば……と思い出す。
彼は新聞を捲っていなかったような……
もしかしてわたしが食事を終るのを待っていてくれたの?
わたしは慌てて席を立ち、執事を連れ立って食堂を出ていく彼を追いかけた。フリードリヒは真っ直ぐ玄関に向かって行く。
それを追いかけて、玄関口で彼に声を掛けた。
「フリードリヒ様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
わたしの声にフリードリヒは振り返り、不思議そうな表情を見せた。しかしそれは一瞬で消えていつも通りの無表情へ。
「行ってくる」
容姿には自信が無いから、せめて笑顔を絶やさぬようにと見送ったのだが、返って来たのは愛想の欠片も無い返事。
しかし執事が微笑ましそうに見ていたから、きっと彼が返事をすることの方が珍しいのだろう。
わたしはもう一度明るい声で「行ってらっしゃい」と言って送り出した。
わたしは玄関から戻るその足で、さっそく婚姻の書類にサインをした。
書類はその日のうちに受理されて、昼下がりには、正式にフリードリヒの妻となった。合わせて、客室を出て夫人用の部屋に移された。
リューディア=フォン=ザカリアスからフォンが抜け、彼の妻になった事で今度はリューディア=リースと名が変わった。
ここ一ヶ月で随分と名が変わったわね。
フリードリヒは今朝の宣言通り、夕刻前に屋敷へ帰って来た。
玄関で出迎えて書類が受理されたことを伝えたが彼の態度は変わらず、「そうか」と素っ気ない返事が一つきり。そのまま執務室へ籠ってしまった。
しかし夕食は部屋から出てきて一緒に食べたので仕事は終わったのだろう。
部屋に戻って夜の準備をすると、やっとわたしにも緊張がやって来たようで、途端に動悸が激しくなってきた。
だが待てども待てどもフリードリヒはやって来ない。
よくよく考えてみれば、妻にとは言われたがそれは商売のためであり、本来の役割を望んだわけではない。
きっとここには来ないわと頭の片隅に思い。しかし別の片隅では確認くらいすべきかしらと思い悩む。
ハァとため息を一つ。
意を決してわたしは夫人部屋の隣にある、
だがいくら待てども返事は無い。
もしかして寝ているのかしら?
とても
んんっ? そもそも気配が無いような……?
ええい!
わたしは取って付けた様な「失礼します」と言う台詞と共にドアを開けた。
やはり部屋の中はもぬけの殻だった。
どこに?
そう思って真っ先に思いついたのは執務室だった。
フリードリヒと会ったのは昨日が初めてだ。たったの二日。だが彼が嫌と言うほど無愛想で実直なのはよく理解している。
さて夜は遅く執事は暇を貰っている。そして使用人もとうに就寝中だろう。
誰とも会わないと思えば着替えるまでも無い。わたしは寝間着の上からガウンを羽織って部屋を出た。
執務室の場所は知らなかったが、広くも無い屋敷だ。行ったことのない所へ向かっていくと、ドアの隙間から灯りが漏れている部屋を発見した。
はぁと息を吸ってからノックをした。
『なんだ?』
ドア越しでくぐもっているが間違いなくフリードリヒの無愛想な声が聞こえてきた。
安心してドアを開けると、
「なんだリューディアか。こんな時間にいったいなんの用だ」
「お仕事中ですか?」
「見て分からんのか」
ちょっとだけ苛立った声。
「お手伝いします」
「手伝いだと? 貴女には商いの経験があるのか」
「いいえありません。ですが計算や書きつけるだけの書類もありましょう」
「あるにはあるが……
本当に頼んでも良いのか?」
「ええ勿論」
普通ではない結婚をしたのだし、結婚初夜が二人で書類仕事と言うのもある意味
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