Ⅳ.
「
通行人が、そう教えてくれた。
白い髪と髭を丁寧に撫で付けた老紳士だった。よく見れば彼の手には緑色の鉛筆が握られていて、そこから同じ色の燐光がキラキラと零れている。エメラルドのような美しい緑の燐光は、道の傍らに新しい家を創り出していた。どうやら老紳士は通行人ではなく、ここで仕事をしていたらしい。
「貴女は『お客様』かな? マテリアスタがまだ物珍しいようだ。創水晶というのは、貴女の手の中にある万年筆の破片や、私のこいつのような物の総称だよ」
マテリアスタが力を振るう核にするこの水晶には『創水晶』という名前があり、マテリアスタの相棒とも言える仕事道具であることを老紳士は丁寧に教えてくれた。
「私も先代と先々代の相棒をそこに埋葬したよ。こいつで三代目だ。代替わりの時にはきちんと生き永らえることができるか不安になるものだよ。代替わりというのは、命懸けだからね」
「命懸け……」
なんて物騒な言葉なのだろう。この『創水晶』という代物は、マテリアスタの命と繋がっている物なのだろうかと、私は手の中にある折れた万年筆に視線を落とす。
そんな私を見て表情を曇らせた老紳士は、何かをこらえるような声で言葉を続けた。
「マテリアスタにとって創水晶というのは、息をするための道具と言ってもいい。変わってしまうと、息の仕方が分からなくなる時がある」
マテリアスタとしての力を一切振るわず生活している人間もこの世界には多く存在している。だから人間が生きるのに創水晶が必ず必要というわけではないのだと老紳士は言った。ただマテリアスタにとっては命に等しい代物でもあるのだと、老紳士は語った。
「きっとその万年筆の主も、今頃息苦しいことこの上ないに違いない。無事に代替わりを終えることができれば良いのだが」
そう言葉を紡ぎ、痛ましげに眉をひそめる老紳士を見ていたら、ふと何かが引っ掛かった。
まるでそれは、頭の中にかかった霧の向こうに、何かの輪郭を見たような心地で。
「あの……」
「申し訳ないが、私はここで仕事中でね。道案内をしてあげたくても、ここを離れるわけにはいかないんだ」
でも、私がその何かを口に出すよりも、老紳士が話を切り上げる方が早かった。
「この道沿いに真っ直ぐ行くと右手に
そう言って、老紳士は仕事に戻っていった。新しい家を創り出す緑の燐光は、実に生き生きとしていた。
なぜか彼には、この万年筆の主が私ではないことが分かっていたようだった。
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